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18話 ピアノ

 5歳の女の子ミヨは、母と一緒にショッピングモール内にあるピアノ教室を訪れていた。

 ピアノレッスンを受講することになったのである。


 母にピアノ教室へ行かないかと提案されたときのことをミヨは思い返す。

 唐突に言われたので、ミヨは一瞬戸惑った。


(まさかお母さん、私に音楽の才能があると思ったんじゃないかしら……。

だからピアノを習うと良いと。

もしそうだとしたら、どうしよう?

私、前世の記憶があるから他の子どもより音を取れるだけで、才能なんて多分ないのに)


 と思ったのだ。

 が、ピアノに対する好奇心の方が勝ったので結局あまり深く考えないまま「やりたい」と答えてしまった。


(私、前世の自分自身についての記憶は『90数歳まで生きた』ことしか憶えていないけど。

何となく『ピアノに対する憧れ』があるわ。

もっともその憧れは現世の情報で培われたものかもしれないけど。

私、ピアノ弾いてみたい)


 と思うと、ミヨはふっと笑みを漏らす。


(おばあちゃんの手習い、ね)


「ミヨちゃんがやりたい、って言ってくれて嬉しいわ」


 と母は嬉しそうなミヨを微笑ましそうに見つつ言った。


「実はね、お母さんもピアノ弾きたいのよ」


「えっ。おかあさんもいっしょにならうの?」


 母は首を横に振った。


「ううん。お母さんは習わなくても少しは弾けるの。

子どもの頃、習っていたから」


「あ~。そう言えば習っていたって聞いたことあるような……。

忘れていたな。

あんまりピアノの話しないし」


 と母子(おやこ)の会話に入ってきたのは父だった。

 母は夫に照れくさそうな顔を向ける。


「大した腕じゃないから、あんまりおおっぴらに言うことじゃないし」


 可笑しそうな顔をする夫に、言い訳のようなことを話す。


「子どもの頃って、あんまり習い事一生懸命しないでしょ?

だから結構通わせて貰ったのに、全然上達しなかったの。

今になって、もっと真面目にやっておけば良かったなあと思うけど。

と言っても今更習おうとも思わないけどね」

 

 と言ってから、目を輝かせて言う。


「でも、ミヨちゃんがピアノを習うと言うことで、ピアノを買うなら。

私もそのピアノで一緒に練習しようかな、と思って」

 

 夫はニヤニヤした。


「ふーん。それでミヨにピアノを習わせようと……」


「もちろんそれだけじゃないけど」


 と妻は夫に拗ねた顔を見せた後、娘に笑顔を向け、


「でも。

ミヨちゃんのピアノ、お母さんにときどき貸してね」


「ふたりのピアノだよ」


 とミヨは母の『ミヨちゃんのピアノ』と言う言葉を訂正した。

 母はニッコリした後、夫を見る。


「あなたも使う?

いいよね、ミヨちゃん」


「うん」


 と言ってから、ミヨは先ほどの自分の言葉を訂正した。


「3にんのピアノだよ」


「じゃ。俺も……バイエルから始めるか」


 と父は右手の親指と人差し指を動かして見せた。



※※※


 そんな親子のやりとりがあったことを思い出しながら、ミヨはピアノ教室のテーブルに着いていた。

 隣には母、向かい側にはピアノの先生がいる。

 ただ今レッスン初回前の面談の最中なのだ。


(うち)のピアノは電子ピアノなんです」


 とミヨの母は言った。

 ミヨは電子ピアノにした経緯を思い返す。

 母は『電子ピアノの方がご近所さんを気にせずピアノが弾ける』と夫に主張したのだ。

 ミヨは可笑しそうに考える。


(お母さん、きっとこっそりピアノの練習をしたいのね。

近所の人に聞かれないように)


 子どものミヨと経験者の母とではレベルが違うから、近所に母が弾くピアノの音が漏れたら誰が弾いているかバレバレだろう。

 それが母には恥ずかしいのだ。


(お母さんが楽しそうで嬉しいわ)


 とミヨは思った。


(私は始めは退屈だろうな。

私、多分簡単なものは弾けると思うから。

保育園でピアニカを弾いたけど、弾けたもの)


 と言っても、片手ずつ簡単なメロディーを弾けるくらいで両手で弾くことなどはできそうにないとミヨは考える。

 

(きっと、学校で習う音楽レベルのピアノが弾けるだけね)


 面談が終わると、ピアノの先生は言った。


「じゃあミヨちゃん。

ちょっとピアノの前のイスに座ってみようか」


 そしてミヨは初めてのピアノのレッスンを受けた。

 『ドレドレド』をたどたどしく弾く。

 わざとそう弾かなくとも、ミヨの小さな手ではたどたどしくならざるを得なかった。


(私、音楽の才能があるようには、きっと見えないわね)


 とミヨはホッとしつつ、ピアノの先生の言うことを聞く。


 レッスン後、ピアノの先生は母に言った。


「ミヨちゃんはきっと早く上達しますよ」


(私、音楽の才能があるように見えたかしら)


 とドキドキして、ミヨは先生と母の会話にジッと注目する。


「そうですか?」


 と母は嬉しそうだ。


「ええ」


 と先生は答える。


「ミヨちゃん、とても素直ですから。

手の形とか、ちゃんと言われたとおりにしようと頑張ってくれますし。

なかなかできないんですよ。

自分の好きな感じでとにかく弾きたがる子が多いから」


(私、おばあちゃんだから、先生の言うこと――基本――をちゃんと聞いて置いた方が良い、と経験でわかるけど。

普通の子どもなら、楽しいように――やりたいように――弾きたいと思うわよね)


 とミヨは先生の褒め言葉を聞いて、困った顔をした。


(普通の子ども、って本当に難しいわ……。

どんなに普通の子どもらしくあろうとしても、どうしても違和感が出ちゃうのね)

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