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15話 服

 5歳の女の子ミヨは母とショッピングモールを歩いていたが、母子に声を掛ける者があった。


「あら、ミヨちゃんとママ」


 と言う声でミヨとミヨの母が顔を向ける。


「ああ、こんにちは。

レイナちゃんの……」


 と母は語尾を濁した。

 声を掛けてきたのはミヨの保育園の同級生レイナの『おばあちゃん』だが、他人が『おばあちゃん』と言って良いものか迷ったのだ。

 他人から『おばあちゃん』と呼ばれるにはレイナの祖母は若い気がした――行っていても50代半ばか。


 そんなミヨの母の困惑に気付いているのかいないのか、レイナの祖母はアッサリした調子で、

 

「ミヨちゃんわかる?

レイナちゃんのおばあちゃんだよ。

たまにレイナのこと保育園に迎えに来るおばあちゃん」


 とミヨに顔を近づけ微笑んだ。


「レイナといつも仲良くしてくれてありがとう」


「うん!」


 とミヨは言った。


「こちらこそ」


 ミヨの『こちらこそ』にミヨの母とレイナの祖母は顔を見合わせて笑った。

 ミヨも「えへへ」と照れ笑いしている。


「いつも思っていたんだけど~」


 とレイナの祖母はミヨの母に顔を向けた。


「ミヨちゃんっておしゃれよね!」


「えっ、そうですか?」

 

 とミヨの母は曖昧な微笑みを浮かべる。


「おしゃれよ~。

ウチの()とか、ピンクのブリブリの服しか着ないもの!」


 ミヨの母は『ああ、その話題か……』とわかった。

 ママ友と集まると必ずと言って良いほど出てくる話題の一つだ。――『女の子が自分の気に入った服ばかり着たがるがそれがダサい問題』。


『色はピンクばかり着たがるのよね』


 とママ友の1人が言う。


『黒とか紺は着たがらない。

そう言う服の方が可愛いことあるのに』


『スカートばかり着たがるわ』


 とは別のママ友の言葉。


『フリフリのフリル付きの。

保育園じゃ着ちゃダメだから、家で着させるの。

寝るときも着ているわ』


『キャラクターものも好きよね』


 と言うママ友もいた。


『始めは○ンパンマン。

○ティちゃん、○ニーちゃん。

今は○リキュアね。

次は……何になるのかな?』


 ミヨの母はそんなママ友の我が()の愚痴を聞きつつ、『ミヨにはないわね』と思っていた。

 その気持ちは複雑だった。――『ミヨにはそんなところがなくて誇らしい』のか『寂しい』のか、自分でもわからず。

 『どうしてミヨにはそう言うところがないんだろう?』と思ったり『ないからと言って、心配することじゃないわ』と思ったり。


「ミヨちゃん、今日は黒いカーディガン着ているけど。

着るのイヤがらなかった?」


 とレイナの祖母は聞いた。

 母はミヨを見つめた。

 ミヨは白いカットソーに小さな花柄の薄紫のフレアスカート、下は黒のレギンス。そしてレイナの祖母の言うとおり黒のカーディガンを着ている。

 黒のカーディガン以外はミヨが自分で選んで着た。

 カーディガンだけ母が『寒いからコレ着ようか』と着させたものだが、ミヨは全くイヤがる素振りを見せなかった。


「イヤがらなかった……ですね」


 とミヨの母は曖昧に答えた。

 レイナの祖母はミヨを褒める。


「ミヨちゃんはおしゃれ感覚が今からあるのね~」


「えへへ」


 と照れるとミヨはチラリと母を見上げた。

 母は何とも言えない複雑な気持ちが表情に出てしまっていたが、ミヨの視線に気付くとパッと顔を明るくした。


「ミヨは、ちょっと好みが渋いんです」

 

 とレイナの祖母に笑顔を向ける。


「朝ドラの女優さんの服が可愛いと言っていましたから。

地味好みなのかな」


「へぇ~。

確かに、素敵よね~。

でもアレが可愛いと思うようになるの、大分年を取ってからよね~。

ミヨちゃんすご~い」


 と言うレイナの祖母とミヨの母の様子をミヨはジッと見つめていた。



※※※


「ミヨちゃん、ごめんね。

おしゃべりが長くなって」


 とミヨの母が言うと、ミヨは首を横に振った。「ううん」


「夏のお洋服、買いに行こうか」


「うん!」


 お目当ての子ども服の店へやって来るとミヨの母はミヨに言ってみた。


「ミヨちゃん。

気に入ったのがあったら、お母さんに言ってね」


(そう言えば私、いつも自分でミヨの服を買っていて、ミヨに選ばせたことなかったわ)


 と思ったのだ。


(ミヨは良い子だから私の選んだ服を何一つ文句も言わずに着ていたけど。

本当は自分の趣味とは違うのかもしれない。

ミヨに選ばせたら、ミヨもピンクのキャラクターもののフリルふりふりの服を選ぶのかもしれない)


「おかあさん」


 とミヨの声がして、母はハッと娘を見る。

 ミヨは母の手を取り、店の一角へ連れて行った。


「わたし、あのふく、ほしいな」


 ミヨが選んだのはピンクであるがシンプルなワンピースだった。

 『ピンク』ではあるものの、フリフリではないし、キャラクターものでもない。

 けど、どこかホッとした。――『ピンク』ではあったからか。


(きっとミヨちゃんは私と趣味が似ているのね。

地味好み、と言うか)


 とミヨの母は思った。


(だから、フリフリフリルいっぱいの、キャラクターものを選ばなくても、ミヨは我慢しているわけじゃないのよ)


「ミヨちゃんは色が白いから、薄いピンクの服、似合うわ」


 と母はミヨの選択を褒めた。

 値段を見ると、お手頃価格だった。


(ミヨちゃんって、ほんと高いものを選ばないの……。

オモチャでも本でもお菓子でも何でも)


 と思いつつ、ミヨの母は思った。


(お金のことはただの偶然だろうけど。

他にも私、ミヨちゃんに困らされたことが全然ないんだわ。

そしてそのことに何だか複雑な気持ち――寂しさ――を感じるんだわ)


 ミヨを見つめる。


(あんまりこの子が天使のようだから。

私の子どもとして似つかわしくないような気がして、不安になるのよ)


 ミヨは『えへっ』と言う顔をしている。


(こんなに良い子で良いのかしら? とつい思っちゃうの。

子育てに『困っていない』ことに『困っている』のね。

なんて幸せなんだろう、私って)


 と思うと、ミヨに笑いかけて言う。


「ミヨちゃん、アイス食べて帰ろうね!」


「うん!」


 ミヨの屈託のない笑顔に母はチクリと胸が痛んだ。


(ごめんね、ミヨちゃん。

私、とっても幸せなのに。

イヤなお母さんね)



※※※


 ミヨは会計をしている母の後ろ姿を不安げに見つめた。


(レイナちゃんのおばあちゃんが気になることを言っていたわ)


 とミヨは考えた。


(女の子はピンクのフリフリの可愛い服を着たがる。

私も他の園児の様子を見ていて、知ってはいたけど。

それを選ばないと言うのはむしろ変わっている、とは思わなかったわ……)


 ミヨはレイナの祖母と話すとき母の顔に浮かんだ『困惑』と言える顔を思い出す。


(お母さんにまた余計な心配をかけちゃったわ)


 とミヨは肩を落とす。

 そして自分が選んだ服を思い返してみた。


(あんまり不自然じゃないように、ピンクだけど今まで着ていたものからかけ離れていないものを選んだけど……。

大丈夫かな。

またヘンじゃないかしら、私)



※※※


 家に帰った後、ミヨは母に聞いてみた。


「あのおようふく、きてみてもいい?」


 母はニッコリする。


「いいわよ。

でも、ごはんの後にしようか?

汚れるかもしれないし」


「うん!」


 とミヨは言った。


「おとうさんにもみせるんだ」


「ミヨちゃん可愛い~。って言うわ」


 と言いつつ母は夕食の準備をした。

 

 父が早く帰ってきて3人で食事を終えると、ミヨはワンピースを着に行った。

 着替えて戻ってくると、父母は絶賛した。


「ミヨちゃん可愛い~」


 と言うのは父。

 母も夫に顔を向けて、


「ミヨちゃんは色白だからね。

薄いピンクがとっても似合うわ」


 とどこか誇らしげに言う。

 両親の前で「えへへ」と照れるミヨを嬉しそうに見た後


「ミヨちゃん、鏡見に行こうか?」


 と母はミヨを寝室にある鏡台の前へ連れて行った。

 ミヨは鏡の中の自分を興味深げに見つめる。

 母はそんなミヨを『やっぱり女の子ね』みたいな暖かな目で見る。

 ミヨは母に振り返ると言った。


「わたし、ピンクにあわないとおもっていた」


 母はビックリして尋ねた。


「何で?

似合うに決まっているじゃない」


(どうして似合わないなんて思ったのかしら?

『色白だからピンクが似合う』みたいな批評めいたことを言うのが逆にプレッシャーになるのかしら。

批評のつもりではなく、ミヨちゃんを褒めたつもりなんだけど。

色白じゃなくてもピンクが似合う人がいるとわかっているし)


 それとも、と母は考える。


(私があまりピンクの服を買わないからかな。

だからミヨは『お母さんがピンクの服を買ってくれないのは、私がピンクの服が似合わないからだ』と思ったのかしら)


 母はミヨを見つめた。


(子どもってわからないわ。

どんなことに傷つくか、とか全然わからない)


 そしてふっと笑みを漏らす。


(あら、私。

子育てで十分困っているじゃない)


 と思うと、ミヨに笑いかけた。


「どうしてミヨちゃん、ピンクが似合わないなんて思ったの?」


 ミヨはモジモジしてから言った。


「わたし、あんまりおんなのこらしくないから」


 母は仰天した。


「えぇっ。

ミヨちゃんはすっごく女の子らしいよ!」


 と言うと、思わず笑ってしまう。


「どうしてそんなこと思ったの?」


 と明るく笑う母にミヨはハニカミ笑顔を返す。


「じぶんではそうおもったの」


 と言うと、鏡の中の自分をミヨは見つめた。


「でも、わたし、ピンクにあうね!」


「そうよ」


 と母は言った。


「ミヨちゃんはとっても女の子だもん」



※※※


 ミヨはピンクのワンピースを脱ぎながら思った。


(私、意外とピンクの服、似合っていたわ)


 鏡の中の自分を思い出す。


(私、おばあちゃんだから、ピンクを着るなんて恥ずかしい、と思っていたの。

でも私、5歳の女の子なのよね)


 脱いだワンピースをクローゼットにかける。


(私の心はおばあちゃんだけど、身体は5歳児。

もっと5歳児らしく生きても良いのかもしれない)


 ワンピースのシワを伸ばす。


(5歳のときしか、着られないものね。

こんなピンクのお洋服は)


 鏡の中の自分にトキめいたことを思い出し、ミヨは笑みをこぼした。


(わたし、こんなおばあちゃんなのに。

やっぱり『女の子』なんだわ。

ピンクの服を着てトキめくなんて)


 ミヨはそんな自分に少し安心していた。

 実際にピンクの服を好ましいと思ったことで、母に嘘を吐く必要がなかったし、『これから5歳児らしいオシャレを楽しもう』と少し気が楽になった。


(でも私、お母さんが選ぶ服も好きよ。

とてもシックだもの)


 とミヨはクローゼットに並ぶ自分の服を眺めつつ思った。

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