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14話 マオ

 5歳の男の子シュンはゴールデンウィークのある一日、動物園にいた。

 両親と、そして従兄(いとこ)と一緒に。


「シュンくん、アシカだよ」


 と言ったのはその従兄マオである。


 シュンは父の兄の息子であるマオと気が合ったので、両親は『シュンを動物園へ連れて行くがマオくんもどうか』と兄夫婦に聞いてみたのだ。

 兄夫婦は『助かる』と言った。

 マオには少し年が離れた兄姉(きょうだい)がいるが、その子達も誘ったものの『行かない』と断られた。

 どうやらゴールデンウィークに家――両親と二世帯住宅で同居中の家――に集まった親戚のこども達でゲームをするらしい。

 と聞いたからシュンの父は『マオくんもゲームの方がいいんじゃないか?』と聞いたが、それに対して兄は


『いや、ゲームよりシュンくんと動物園へ行きたいと言っているよ。

シュンくんに会いたいって』


 と言うと可笑しそうな顔をする。


『マオはシュンくんのこと尊敬しているんだよ』


 と言う兄にシュンの父は苦笑いを返した。

 マオは小学2年生。シュンより2つ学年が上だ。

 この年で2学年上、は大きいだろうに、シュンを尊敬しているとは。


(でも、わからんでもないかな)


 とシュンの父は思った。


(俺もシュンのことちょっと尊敬しているし)


 シュンには『心の広さ』と言うものを感じることがあると父はよく思っていた。

 そしてシュンを見て少し自分を改めようと思うときがあるのだ。

 ときどき不愉快な場面に出くわしたときに『シュンならどうするだろう?』なんてシュンをロールモデルにすることすらある。

 5歳の息子を手本にするときがある、なんて誰にも言えないけどな、と父は自分で自分に苦笑いした。

 

 両親がシュンとマオがアシカを見ている側へ近付くと、マオが一生懸命案内板を読んでアシカの説明をしていた。

 シュンは真剣に聞き、頷いている。


 両親はそんな2人を微笑ましく見ながら、会話をしていた。


「ゴールデンウィークなのにあまり混んでいないわね」


「そうだな。

こんなに人が少ないとは思っていなかったな。

田舎の動物園だからかな」


「人が少ない方がゆっくり見られるわ」


 と言うと妻はアシカを眺めつつ、


「シュンくんは1人でも手がかからないけど。

マオくんがいるとなおさらね。

2人で行儀良く遊ぶんだもの」


 と言うと可笑しそうに言う。


「やっぱり従兄弟よね。

マオくんはシュンくんに似ている」


「子どもらしくないところが、だろ?」


 と父は我が子と甥に聞こえないよう声を低くして言った。

 母は『ふふ』と笑うと、


「あなたもあんな感じの子どもらしくない子どもだったの?」


 と可笑しそうに夫を見る。

 夫は肩をすくめた。


「全然」

 

 笑うと、


「俺も兄貴もクソガキだったよ。

なのにシュンみたいな子どもができたのは『(とび)(たか)を産む』ってやつかなあ。

マオくんも大人っぽいし。

まさか兄弟とも鷹の子ができるとはね」


「私もクソガキだったわ」


 と妻は笑った。


「シュンくんを見ていると、自分の子ども時代に罪悪感を抱くのよ。

私、シュンくんみたいな優しい子どもじゃなかったなあ、って」


「はは。

同じだ」


 夫婦は笑い合った。



※※※


 子どもたちは動物園の花形、ライオンの展示室前にいた。


「かっこいいね」


 とシュンは言った。


「冷たい目をしている」


 とマオはジッとライオンの目を見つめる。

 シュンも頷き、


「ほしょくしゃのめだね」


 と言う。言ってから、


(またジジイくさいことを言ってしまった)


 と思うが、マオは真剣な顔で頷くと答えた。


「『弱肉強食』の世界で生きている目だよ」


 シュンは感心した。


(マオくんの年で『弱肉強食』などと言う言葉を知っているとはなあ。

さすがマオくん。大した男だ)


 とシュンは考える。


(俺も年の割に落ち着いていて大したものだと言われるが。

それは皆が俺を5歳だと思っているからに過ぎない。

100歳、いや前世と今世の年を合わせて105歳のジジイとして考えると、俺は何とも子どもっぽい男だ。

しかしマオくんは齢7歳でこれだ。

何てスゴい子どもだろう)


 シュンはマオがあまりに大人っぽい落ち着いた男だから、自分と同じ『前世の記憶がある子ども』なのではないか? と考えたことがある。

 そのためわざと難しい言葉を使ってマオに探りを入れたこともあった。

 が、そんなときマオは『ちょっと何言っているかわからない』と言う顔でシュンを見てきたので『前世の記憶があるわけではないようだ』と結論付けた。

 しかし最近はそんなマオ自身が難しい言葉を使うようになった。

 シュンが


『マオくんはむずかしいことばをしっているね』


 と言うと、マオは照れながら


『シュンくんが時々難しい言葉、使うだろう?

だから俺も勉強しているんだよ。

辞書を読んだりしてね』


 と言っていた。

 それを聞きシュンはマオのそんな心意気に感動したものだ。


(マオくんは大した男だ。

俺が難しい言葉を使ったことに対して反感を持つのではなく、自分も勉強しようとするとは。

子どもにはなかなかできまい。

それとも子どもだからこそ素直な気持ちでできるのだろうか?

しかし悪いことをしたとも思っている。

前世の記憶があるかどうか確かめるために、子どもに対しわざと難しい言葉を使って混乱させるなど、大人のすることではない。

マオくんには申し訳ないことをした)


「ライオンのオスは自分では狩りをしないでメスにさせるらしいけど」


 とマオはシュンに説明してくれた。


「この貫禄なら、それでもカッコイイ、と言わざるを得ないね」


(『言わざるを得ない』などと言う7歳児がいるとはな。

覚えたての言葉だろうか。

子どもがそのような言葉を使うと背伸びしている感じで可愛いな)


 と思いつつ、シュンは少し考えた。

 先程子どもに対して難しい言葉を使ってしまったことを反省したくせに『自分も何か上手いことを言いたい』と思ってしまったのだ。


「おとこのかいしょうだね」


(何言っているんだ俺は)


 とシュンは思ったが、マオはやはり真剣に頷いた。


「そうだね、シュンくん」



※※※


 シュン家族とマオはお土産屋さんへやって来た。


「可愛いぬいぐるみあるわよ~」


 とシュンの母が言うのに、シュンは首を横に振る。


「いらない」


「シュンはぬいぐるみは欲しがらないよな」


 と父が母にニヤニヤ言う。


「ぬいぐるみより、もっとリアルなものがいいよな?」


 と言うと、動物のフィギュアを見せた。


「どうだ?」


「いらない」


 父はぐっ……と言う顔をする。

 母は父にニヤニヤ顔を向けると、子ども達に聞いた。


「何か欲しいもの選んで」


 マオに顔を向ける。


「マオくんも」


「俺、お金ある」


 とマオはカバンを叩いて見せたが、シュンの母は笑った。


「今日シュンに付き合ってくれたお礼に。

買ってあげるわよ」


「そうだよ。

マオくんも本当は家でゲームがしたかったかもしれないけど。

シュンはマオくんが好きだからな~。

来てくれてありがたかったよ」


「俺もシュンくんと一緒だと楽しいから」


 とマオは答えた。


「動物好きだし」


 その後照れたようにシュンの親から顔を背けると、マオはしばらく前から自分たちから離れていたシュンの側へ行った。

 シュンは本コーナーの前にいる。


「俺、本買おうかな……」


 とマオがつぶやくと、シュンが頷いた。


「ぼくもそうしようとおもってる」


「この本とかイイかな」


 とマオは1冊の本を手に取った。

 シュンが頷く。


「ぼくもそれよみたいとおもっていた」


 マオは少し考えた後、手に持っている本をシュンに向け、


「じゃあ。

シュンくん、これ買う?」


 とお兄さんらしく譲ってみせた。

 がシュンは首を横に振った。


「ぼく、ちがうのかう」


「えっ。いいよ。

シュンくんが先に見つけたんだから」


 とマオが慌てて言うのにシュンは答える。


「ほかのかって、みせっこしたほうがいい」


「えっ……」


「ちがうほんをかって、かしかりをしたら。

2さつよめる」


(シュンくん……!)


 とマオは思った。


(シュンくんはスゴいよ。

自分が見つけた本を俺に選ばれそうになったとき

『ぼくがさきにみつけたのに、マオくんがとった』

とか思うことなく、譲ってくれる。

その後

『ぼくももともとほしかったからマオくんとおなじほんをかう』

とは言わず、違う本を買って『2人で2冊手に入れる』状態にしようとする。

何て言うか……子どもの物欲――独占欲――、みたいなのがないんだ、シュンくんは……)


 2人はそれぞれ選んだ別の本をシュンの母に渡しながら、マオは従弟(いとこ)を尊敬の眼差しで見つめる。


(俺は『大人っぽい』と同級生から尊敬されたりするが。

シュンくんに比べると、全然子どもだ。

今もシェアより自分だけの本が欲しい、なんて思ってしまったんだから。

でもシュンくんは5歳でもう普通に人と分け合う精神ができている。

物欲から自由なんだ……)

 

「マオくん、今日は来てくれて本当にありがとうね!」


 と言いながら買った本をマオに手渡すシュンの母にマオは言う。


「俺も、シュンくんと一緒で楽しかったよ」


「ぼくもマオくんといっしょだとたのしい」


 とニコニコ答えるシュンに、マオは言った。


「シュンくん、また誘ってね!」


「うん!」


 マオは思っていた。


(シュンくんと一緒にいると、自分の小ささを実感できるから、自分の思い上がりを矯正するためにも、シュンくんには度々会いたい。

会うべきなんだ!)

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