13話 歌
5歳の女の子ミヨは母親の要望に困っているところだった。
「ミヨちゃん、『こいのぼり』の歌、お父さんに聞かせてあげて」
と母は言うのだ。
「え~。はずかしいよ」
とミヨはイヤがってみるが母はあっけらかんと
「昼間歌ってくれたときはすごく上手だったじゃない!」
「そのときはシュンくんもいたもん」
とミヨが言うと、ミヨの母親は仕事から帰り妻と子どもより少し遅い夕食を食べながら2人の様子を見守る夫に説明した。
「今日シュンくんとシュンくんのママがひな人形を見にウチに来たの」
「へぇ~。
あのウチの親にこちらの許可なく送りつけられた、ひな人形を見に……」
と夫が可笑しそうに言うのに、
「『どうせくれるならお金の方が良かった~』と言いつつ、毎年飾るのを楽しみにしている、あのひな人形を見に」
と妻も軽口を返した後、娘に視線を戻すと、
「シュンくん来たときに、シュンくんと一緒に『こいのぼり』の歌を歌ってくれたんだよね」
「ひな人形の前でこいのぼりの歌か」
とミヨの父親はニヤリとした。
「そう言う時期だもん」
とミヨの母は笑い返す。
その後結局母の要望に応えてミヨは『こいのぼり』の歌の1番を歌った。
歌唱後、両親はミヨに拍手を送る。
「うまいわあミヨちゃん」
と母親が言う。
「ミヨちゃんはイイ声している」
と父親が言う。
「可愛い声だよ」
「えへへ」
とミヨは笑うと、両親に「もうねるね。おやすみなさい」と言った。
照れて逃げるようにリビングを出て行くミヨを「おやすみ」と見送った後、夫は妻に顔を向けて言う。
「ミヨは本当に歌がうまいんじゃないか?」
「親バカね」
と妻は笑った。
「いやほんとにそう思うんだけど。
俺だけ?」
と夫は真面目な調子で言った。
「俺、昔、甥っ子や姪っ子がまだ小さいとき一緒に遊んであげたりしたけど。
あいつら歌を歌うときは音程外しまくっていたよ。
と言うかウチの甥姪だけでなく、子どもってそう言うもんじゃないか? ――音程を外すもの。
だけどミヨはかなり音程取れていると思うんだけど」
「そう言えば」
と母は不思議そうな顔をすると、
「昼間――シュンくんと一緒に歌ったとき――は、今よりもっと上手かったのよ。
『子どもってこんなに歌上手なの?』と思ったくらい。
さっきミヨちゃん1人で歌って貰ったときより上手だったなぁ……」
と言うと、夫に笑いかける。
「きっとシュンくんが音程をリードしてくれて。
ミヨもシュンくんの歌声につられて、上手に歌えたのね」
「シュンくんってどんな子?」
と夫が興味深げに聞いた。
「ちょっと落ち着いた子ね。
シッカリしていて、賢そう。
何だか大人より頭良さそうに見えるくらい」
と妻は言った後、目をキラリと輝かせて、
「今日昼間、シュンくん、ミヨちゃんのこと『およめにもらう』って言っていたわ」
「えっ」
と夫は驚きの声を上げた後、苦笑する。
「プロポーズには早過ぎるだろ」
「でも、素敵だと思わない?
本当にそうなったら……」
とミヨの母親はウットリした顔をする。
「保育園で出会った人とずっと一緒にいて。
後に結婚する。
ロマンチックだよね」
「俺達2人も十分早く出会ったじゃないか」
と夫は妻をニヤリと見る。
「中学から付き合って結婚した、と知り合いに君との馴れ初めを言うとうらやましがられるんだぜ」
「ふふ」
と妻は微笑んだ。
「私も。
よく『理想的だよね』と言われたわ」
夫婦は我が子の話から、自分たちの思い出話へと話を移して行った。
※※※
ミヨは夫婦のラブラブ会話が聞こえ始めたところでリビングのドアの向こうで両親の話を立ち聞きするのをやめた。
何故良心が痛みながらも立ち聞きをしたかと言うと、ミヨの歌の話を両親が始めたからである。
母がシュンとミヨの歌について批評するのを聞いてミヨはひやりとした。
(やっぱりお母さんに『歌が上手い』と思われたわ)
ミヨは以前何の気もなしに鼻歌を歌っていて、母に
『ミヨちゃん歌上手だね! ミヨちゃんアイドルになれるかもしれないよ』
と言われて以来、あまり母の前では歌を歌わないようにしているし、歌ったとしても音程をあやしく歌っている。
もちろんミヨも母の言葉――『アイドルになれる』――を本気の言葉とは思って居らず、ただのおべっかと理解しているが。
少しでも自分に『歌の才能』があるとは思って欲しくなかった。
ミヨがもし歌が上手いとしたら、それは前世の記憶があるからであって『歌の才能があるから』ではないことを、ミヨは十分心得ていた。
(シュンくんと歌を歌ったときは。
シュンくんが私のことを『およめにもらう』って言ってくれた後だったから。
舞い上がってしまって、音程を外して歌うのを忘れてしまったわ)
と思った後、少し考えた。
(それとも。
音を外して、シュンくんの歌の邪魔をしたくなかったのかもしれない)
ミヨはシュンのボーイソプラノの歌声を思い出した。
あれこそ『歌の才能だ』と思った。
(お父さんの言うとおり、私にも『子どもは音程が外れた歌を歌う』イメージあったわ。
でもシュンくんは音程をほとんど外さず『こいのぼり』を歌った。
私はその歌声の邪魔をしたくなくて、自分も音程を外すのをやめたのかもしれない。
それともシュンくんが一生懸命歌っているのに、私はわざと下手に歌うなんて、失礼だと思ったのだろうか?)
※※※
ミヨは両親の話を聞くのをやめると、自分の部屋へ行き布団に入った。
自然とシュンに『およめにもらってもいいかな』と言われたときのことが思い出される。
(とっても嬉しかったな)
と思った後、
『ぼくが、ミヨちゃんをおよめにもらっても、いいかな……』
と言った後のシュンの
『ミヨちゃんがおおきくなっても、ぼくでよければ』
と言う言葉を思い出す。
(とても嬉しかった。
けどシュンくん、大人になったとき、こんな約束覚えていないだろうな)
ミヨは自分は今日の出来事を大人になったときも覚えているだろうと自信があった。
自分は大人の思考を今でもしているから、子どもの頃の出来事でも印象的なことは記憶に残るだろうと。
しかしシュンは子どもだから、憶えていられるかわからない、とミヨは思う。
その後
(もしシュンくんが今日のことを覚えていたとしても)
と少し顔を曇らせて思う。
(きっと大人になったシュンくんは、私のこと好きじゃなくなってるわ。
私の心はおばあさんだもの。
他の女の子が『箸が転んでも可笑しい』と言う感じではしゃいでいるのに、私ひとりだけそうじゃなく浮いてしまうんじゃないか? と今から心配しているくらいだもの。
シュンくんも同い年の無邪気で明るい子が良いに決まっているわ)
しかし。
最終的にミヨは結論付ける。
(でも。
シュンくんの今日私に向けられた言葉は、今日のシュンくんの大切な真剣な気持ちだ。
それを『まだ5歳だから』とか『大人になったら考えが変わるだろう』なんて考えて今から否定するのはシュンくんに失礼だわ。
もっともシュンくんは私が好きでお嫁にもらってくれると言ったのではないかもしれない。
嫁のもらい手がないと嘆く私に同情して言ってくれたのかも知れない)
どちらにせよシュンの優しい気持ちに小さな胸を暖めながら、ミヨは眠りについた。




