12話 ミヨ宅
5歳の男の子シュンの母と5歳の女の子ミヨの母は同じ頃に保育園へ子どもを迎えに行ったので、その日の保育園からの帰り道は4人――シュン、シュンの母親、ミヨ、ミヨの母親――で途中まで歩くことにした。
それぞれ手を繫いだ子どもを真ん中に挟んで歩道を歩きつつ、シュンの母とミヨの母は話をする。
ふとシュンが指差しつつ言った。
「ミヨちゃん、こいのぼりだよ!」
ミヨは「わぁ~」とうれしそうな顔をする。
2人の母親もシュンの指差す方を見て、
「ほんとね~」
「やっぱり、いいものね~」
なんて言うつぶやきを漏らす。
「でもね」
とシュンの母が困ったような笑顔をミヨの母に向ける。
「こいのぼり上げているお宅を見ると、いいなあ、とは思うけど、
自分んちに欲しいか、って言うと、いらないわよね」
「そうね~。
上げるのも大変だろうけど。
しまっておくのもね。
場所取るもんね」
とミヨの母が同意する。
「ウチの親、こいのぼりはともかく『五月人形いらないか?』ってシュンが産まれたとき言ってきたんだけどね。
まあ、カタログとか見て『素敵だな』とは思うけど。
実際は、いらないわよね」
「ウチはね~、あるのよ」
とミヨの母は笑った。
「えっ」
とシュンの母が首をかしげるのに、ミヨの母は可笑しそうに言う。
「ひな人形」
「ああ~」と言う反応を返した後、シュンの母は聞く。
「自分で買ったの?
それとも親?」
「親。
旦那の」
とミヨの母は笑った。
「くれる、って言われたときは正直『いらないな~』と思ったんだけどね。
いざ貰ってみると、案外悪くないの」
「まあ、ひな人形は可愛いわよね~。
私も2月とかお店に行くと飾ってあるの、つい見ちゃうもん」
とシュンの母は言いつつ、
(でも。家にいるか? と言うとやっぱりいらないわよね)
とちょっと思ったが、
「五月人形よりね。
ひな人形は可愛いから、家にあるのもいいわよね」
などと、今までの話の流れで言ってしまった失礼なことを少し挽回するようなことを言った。
ミヨの母は全く気にしていない様子で、
「まあ、たしかに邪魔っちゃ邪魔なんだけどね」
と笑った。
「でもミヨも気に入っているし。
結構な時期、出しておくのよ」
と言うと、思いついたように
「あ。今から見に来る?」
と提案した。
「えっ?」
「ひな人形。
見に、ウチ来る?」
「ひな人形、まだ出してあるの?」
とシュンの母は目を丸くした。
ミヨの母は笑う。
「うん。
4月終わりくらいまでは出しておくの。
ストーブと一緒に押し入れにしまう感じかな」
「へぇ~。
ひな祭り過ぎたらすぐ片付けないとダメ、みたいに言わない?」
「『ひな人形を3月3日以降も飾っておくとお嫁に行き遅れる』みたいなやつでしょ?
迷信みたいよ」
シュンの母は「そうなんだ~」と感心したように言ってから、
「ぜひ見たいな。ミヨちゃんのひな人形」
と言うと、我が子に顔を向けた。
「シュンくんも見たいわよね」
「うん!」
とシュンは言った。
「ミヨちゃんのひなにんぎょう、みたい」
「とってもかわいいよ」
とミヨが嬉しそうな顔をする。
「でも、突然いいの?」
とシュンの母はミヨの母に言うと、「大丈夫大丈夫」とミヨの母は答えた。
ミヨの家へ行くと、リビングに飾ってあるケース入りのひな人形をシュンとシュンの母親は興味深げに見つめた。
「素敵~」
とシュンの母親は目を輝かせた。
ケースの中にはお内裏様とおひな様が二人きり並んでいる。
「これなら、我が家にも欲しいわ」
と言うと肩をすくめた。
「ウチ、女の子いないけどね」
「ふふふ」とミヨの母は笑った。
(ミヨちゃんのママは『まだこれからはわからないでしょ?』とか言うタイプの人じゃないわ。
楽ね)
と思いつつシュンの母は息子に顔を向けた。
「シュンくん、どう?」
「とっても、かわいいね!」
「かわいいね」
とミヨもシュンの隣で言う。
※※※
シュンの母とミヨの母がテーブルに着いて話をする間もシュンとミヨはひな人形の前でおしゃべりをしていた。
「さんにんかんにょはいないんだよ」
とミヨが言った。
「ふたりだけなの」
「ごにんばやしもいないね」
とシュンは答えた後、
(随臣も仕丁もいないな。
何とも昔に比べてシンプルなものだ)
と思う。
(きっとそれでいいのだろう。
昔より色々コンパクトになったのだ)
「よめいりどうぐもないよ」
とミヨはさらに言った後、ふとつぶやく。
「むかしはひなまつりがおわったら、ひなにんぎょうをすぐかたづけないと、およめにいけないっていわれていたんだって」
シュンは答える。
「さっきおかあさんたちも、そういうはなし、していたね」
(確かに俺も今お母さんたちの話を聞いて迷信だと知ったところだ。
どうやら前世の俺も、『3月3日を過ぎたらひな人形は片付けるべし』と思い込んでいたようだ)
「そのめいしんがあっていて」
とミヨが言うのに、シュンは
(ミヨちゃん、迷信などと言う言葉をちゃんと理解しているんだな)
と感心しつつ耳を澄ませた。
「わたし、およめにいけなかったら、どうしよう」
そのミヨの言葉にシュンはドキドキした――『じゃあ俺が貰うよ』と思わず思ってしまい、『こんなジジイが何を……』と自分で恥ずかしくなったのだ。
恥ずかしくて少し焦ってしまったからか、
「ミヨちゃんなら、ひくてあまただよ」
などと言ってから、
(『引く手数多』などと子どもが使わない言葉を使ってしまった)
と思い、『ミヨちゃんなら、ぜったいいっぱいおむこさんになりたいひといるよ』と言い直そうとする前に、ミヨが答えた。
「そうかなあ。
もらいて、あるかなあ」
(ミヨちゃん……!)
とシュンはドキッとした。
(この世に『もらい手あるかなあ』などといじらしいことを言う5歳児がいるとは。
小さいながらなんて可憐な女性だろう……)
と思った後、
(ミヨちゃん、よく『もらい手』なんて言葉知っていたなあ……。
『引く手数多』の言葉の意味がわかっていたかどうかは定かではないが、文脈的には合っているし……)
など考えた。
そして
「もし、いなかったら」
と思わず言ってしまった。
「ぼくが、ミヨちゃんをおよめにもらっても、いいかな……」
言った後、
(ジジイが何言っているんだ)
とシュンは思い顔を俯けたが、ミヨをチラリと見るとミヨも赤い顔で俯いていた。
可愛い、とシュンは思った。
ミヨはその後シュンの視線に気付いたように顔を上げ、シュンと目を合わすと、
「じゃあ。やくそくだね。
シュンくん、およめにもらいにきてね」
と言い、目を伏せた。
可愛い、とドキドキしつつ、
「うん!」
と言った後、
「ミヨちゃんがおおきくなっても、ぼくでよければ」
と付け加えた。
自分の心が100歳のジジイであることを思い出したからだ。
(ミヨちゃんも、こんな心がジジイの男は嫌だろう。
今は俺と仲良くしてくれるが、これから成長するにつれ、もっとフレッシュな男を好きになっていくだろう。
俺は100歳まで生きた前世の記憶があるからか、つまらぬ思考をする男だからな)
シュンの自信なげな答えに、ミヨは
「うん!
わたし、とってもうれしいよ!」
と言った。
シュンは嬉しそうなハニカミ顔をしているミヨを見つめ、
(もし大きくなっても、こんな俺でもいいと言ってくれるなら。
絶対に迎えに行くよ)
と思いつつ、
「じゃあ。きまりだね!」
と元気に答えた。
「うん!」
とミヨがニッコリ微笑むのに、シュンは心が洗われる気持ちがした。




