10話 将棋
5歳の男の子シュンは、母親と一緒に母方の祖父母の家に遊びに来ていた。
祖母と母親が談笑する横で、祖父とシュンは向かい合って座り将棋を指している。
しばらく後、
「あ~王手か。負けた~」
と祖父が言った。
祖母が
「シュンくんが勝ったの~?
スゴ~い」
と褒める。
「シュンくんスゴいね~」
と母も褒める。
「シュンくん、スゴい。
まだ5歳なのに強いなあ……」
と祖父も褒めた。
シュンは「えへへ」と笑う。
そのしばらく後、
「おばあちゃんとお外、散歩して来ようか?」
と祖母がシュンを連れて部屋を出て行くと、母はシュンの祖父――自分の父親――に顔を向けた。
「どうかな、シュンくん。
ホントに将棋強い?」
と聞く。
「ああ。
コマの動きもちゃんとわかっている」
と父親は娘に答える。
「もしかして本当にシュンくんが勝ったとか?」
と娘は父に楽しそうに尋ねるが、
「いや。
そこまではさすがにな」
と父は苦笑いする。
「やっぱりわざと勝たせてあげたんだ?」
と可笑しそうに言う娘に
「そりゃそうだろ」
と父は笑うが、ふと真顔になると、
「しかし。
前はもっと強かった気がするんだが……」
「えっ?」
「前やったとき――10日ほど前か?――よりも、シュンくん、弱くなった気がするなあ……」
と腕を組んで不思議そうな顔をする父に娘もまた、
「ほんと?」
と不思議そうに首をかしげる。
「シュンくん、将棋の番組を見たり、お父さんに買って貰った詰め将棋の本を読んだり勉強しているけどなあ……」
「そうか」
と祖父は嬉しそうに顔をほころばせた。
娘は少し黙ってから、
「シュンくん、そう言えばね」
と父親に切り出した。
「ん?」
「褒められて伸びるタイプじゃなさそうなの」
と言う娘の言葉に父は目を丸くする。
「えっ?」
「褒められると、『もっと上手くやらなきゃ』と緊張しちゃうのかな?
褒めた途端、失敗しちゃう、みたいなところあるんだ」
と言うと娘はそう思う理由を話し始めた。
「シュンくんが絵を描いているのを見て『上手ね』と言うと、それから雑になったり。
お箸の持ち方を褒めると、その後ぶきっちょになったり。
保育園の先生にシュンくんのそう言う所を話してみたら、保育園でもそうなんだって。
『お片付け上手ね』と言うと、ちょっと動きが遅くなったりとか。
『お歌上手ね』と言うと、声が小さくなったりとか。
シュンくん、褒められるのがダメなのよ」
「へぇ~。そんなにあからさまに褒められると変わるのか……」
と父は感心したように言った。
「じゃあ俺も、褒めちゃダメなんだなぁ……」
「いや、褒めてあげてほしいけどね」
と娘は笑った。
「どうなのかな~。
あまのじゃくな性格なのかな?」
「褒められると出来なくなる、って、俺もわからんでもないがな。
褒められると、期待されている、失望させちゃいけない、って思い詰めてしまってパフォーマンスが落ちるんだろう。
落ち着いて見えるけど、繊細な子なんだね」
「繊細か~。
確かに優しい子ではあるわね」
と娘が言うと、
「シュンくんは本当に優しい子だよ」
と父も娘に同意した。
「しかし。
確かに前1戦やったとき、
『シュンくん、だんだん上手くなっている。すごいなあ。
5歳でこんだけ将棋ができるなんて大したものだよ』
と言ってかなり褒めたなあ……。
それがダメだったのかなあ?」
娘は「シュンくんが弱くなった理由はきっとそれね」と言って笑った。
※※※
シュンは祖母と散歩も兼ねつつ近所のコンビニへ向かって歩いていた。
祖母がシュンに話しかける。
「シュンくん、おじいちゃんの相手してくれてありがとうね」
「うん!」
「イヤじゃない?
将棋するの、つまらなくない?」
「とってもたのしいよ!」
と言うシュンの屈託のない笑顔に祖母は安心する。
「シュンくん強い、っておじいちゃん言っていたよ~」
と祖母はおだてた。
「5歳でこれならプロにもなれる、なんて言っていたわぁ」
と言ってフフと笑うと、シュンは困ったような顔をしている。
祖母は慌てて言った。
「プロ、と言うのはね……」
と言葉の意味がわからなかったのだろうと説明を始める祖母の話を聞きながらシュンは考えていた。
(プロになるなんて期待されちゃ適わんなあ……)
シュンは常日頃から『5歳児の平均』らしくありたいと考えていた。
(俺は前世の知識があるから、今でこそ普通の5歳児より賢く見えもしよう。
しかし直に追いつかれ、追い抜かれるに決まっている。
俺はどうも地頭が特別良いとは思えんからなあ。
家族に過度の期待を持たせて成長後に失望させてしまったら両方にとって不幸だ)
祖父とした今日の将棋について考える。
(お祖父ちゃんの将棋の実力は実はまだよくわからん。
孫相手に本気で勝とうとしてこないからな。
今度他の大人と対戦しているところを観戦したいものだが)
祖父の指した手を思い出す。
(お祖父ちゃんは俺を勝たせようと甘い手を時々指してくる。
俺はその甘い手を時々見逃すフリをしたり、時々お祖父ちゃんのミスに気付いたぞとドヤと言う顔で攻めたりするのだ)
何だか心理戦のようになっているな、とシュンは思った。
(申し訳ないとは思っているのだが。
しかし俺は普通の5歳児でありたいのだ。
成長したら能力的には普通の大人になるのだろうから――心はジジイでも)
そこまで考えたところで
「シュンくん、将棋好き?」
と祖母が聞いてきた。
シュンは少しためらった。
(『本当はあまり好きじゃない』と言っておいた方が、『プロになるかもしれない』なんて期待からお互い自由になれるだろうか?)
と思ったが、
「うん!」
と結局答えた。
「ぼく、しょうぎだいすき」
(ジジイ同士で将棋を指す時間を失いたくないからな)
と思ってから、
(お祖父ちゃんを俺のようなジジイ――100歳のジジイ――と一緒にするのは失礼か。
俺の孫のような年だ)
とも思った。




