1話 良い子
「おとうさんおかあさん、おやすみなさい」
シュンが言うと、両親は「おやすみ」と声をそろえた。
シュンが部屋を出た後、母親は時計を見る。
「まだ8時よねぇ」
「子どもは動き回るから早く眠くなるんだろ」
父親が気のない反射的な返答をする。
「でもね。
ママ友と話していると皆言うのよ。
『子ども、夜なかなか寝てくれないわよねぇ』って。
『保育園で昼寝してくるから寝ないのよねぇ』って」
「へぇ」
と気のない、しかし冷た過ぎるわけでもない返事を返す夫の態度に、妻も気を悪くした様子でもなく続ける。
「でもあの子は夜寝たくない、なんて駄々をこねたことないのよ。
ちゃんといつも少なくとも9時には寝るの。
こちらが言わなくても、自分から」
「と言うか」
夫は妻に可笑しそうな顔を向けた。
「アイツ、何事もほとんど駄々をこねたことがないよな」
夫の面白そうな顔に反し、妻は心配そうな顔を返す。
「そうなのよね。良い子過ぎる」
妻の表情と声音に夫も真面目な顔になると、
「別に俺たち、特別『厳しい親』ってわけでもないよな?」
妻は頷く。
「どちらかと言うと『甘い親』だと思うけど。
あの子はどうしてあんなに良い子なのかしら……」
真面目な顔でつぶやく妻に、夫は明るい顔を作り、
「アイツもしかすると人生2度目なのかもな?」
「えっ?」
「ホラ、言うだろ?
何か落ち着いているような奴のことを
『アイツ人生2度目なんじゃね?』って」
「ああ……そうね。
最近流行っているしね、『転生もの』?」
「そうそう。
で、シュンもそうなんじゃないか?
『人生2度目』。
だからあんなに落ち着いている」
「もぉ~テキトーなこと言っちゃって……」
笑いながら母親は立ち上がった。
「ちょっとシュンくんを見てくるね」
母親はリビングを出ると子ども部屋――シュンが寝ている部屋――へ向かった。
ドアの隙間から子ども部屋の電気が漏れている。
子ども部屋に入ると母親はシュンの寝顔を見つめた。
「布団はちゃんとかぶっているようね」
とつぶやくと、
「ほんと『良い子』で寝ているなぁ~」
付いてきた夫が妻の後ろから声を掛ける。
「でも。
また電気を付けたまま寝ちゃって……。
寝る前は電気消しなさい、っていつも言っているのに」
と母親は文句をこぼした。
「暗いのが怖いんだろ」
父親は妻に可笑しそうな顔を向けると、
「子どもらしいところ、あるじゃないか」
妻はふふと笑い、
「そうね。
ちょっと安心した」
母親は部屋の電気を消して、ドアを閉めた。
しばらく後。
シュンは暗闇の中、目を開けた。
(あぶないあぶない)
ため息を吐く。
(お父さんの本棚にあった司馬遼太郎の小説をこっそり読んでいることがバレるところだった……)
布団の中で本を胸に抱えつつ、反省する。
(もっと子どもらしくちゃんと振る舞わないと両親にいらぬ心配をかけてしまうかも知れん。
俺は少し迂闊なところがあるのだから、もっと気を引き締めねばなあ……)




