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短編・ショートショート

見習い薬師と魔女の森

作者: いと

「よし、今日はこの辺で引き返そうかな」

 毎日の日課である近所の森の薬草集め。

 他人から見たら雑草にしか見えないけれども、僕からすれば、今採取した草も立派な薬になる材料である。

「この薬草を煎じれば、解毒効果も得られる。あとは……」

 普段よりも多く手に入った薬草を見直し、帰った後に何ができるかを想像しながら来た道を引き返す。

 すると、途中に見慣れない道がぽつりと現れる。

「あれ? こんな道、あったかな?」

 近所の森と言うだけあって、僕にとっては森同然であるここは、幼い頃から見尽くした場所でもある。幼いと言っても僕自信はまだ十歳だけれども。

「……今日の分は集めたけれど、とりあえず籠に余裕はある。行ってみよう」

 そして僕は決心をする。

 誰も入ってはいけないと村では言われている場所。


『魔女の森』に。 


.見習い薬師と魔女の森


 魔術が一般的になった時代でも、薬というのは未だに需要があった。

 魔術での医療には魔術師が患者の場所へ出向く必要がある。一方で薬は離れた場所でも直すことができる。

 欠点と言えば、即効性。または呪いなどは魔術でのみ治すことができ、薬にも限度はあった。

 それでも僕はまだ薬の可能性を研究し、お師匠様の近くで勉強していた。

 そんなある日、いつも薬の材料を集める場所で、見慣れない道を発見した。

 その道はとても細く、油断すれば足に怪我をするほど草木が鋭く、まるで生きているかのようだった。

「こんな道、見たこと無い」

 独り言を漏らしながらも進んでいく。そして、ようやく日の光の浴びた場所へ到着する。

「……これは?」

 見つけたのは小さな家。

 それも、森の奥とは思えない立派な一軒家がそこに建設されていた。

 それよりもさらに気になったのは、周りの草木だった。

「純度、成長、全てにおいて立派な薬草が多い。何だろうここは」

 見る人が見れば、ここはこの世では無くあの世。それほどこの周辺に育っている薬草は完璧な状態だった。


「あら、人間のお客様?」


 聞こえてくる声に反応し、振り向く。

 そこには、さっきまで誰も居なかったはずの場所。

 しかし今は、僕よりも背の高い、黒いローブに大きな帽子を被った女性が立っていた。

「こんにちは坊や。どうしてここにたどり着いたのかい」

「……道があったから進んだ」

「そう。嘘は言っていないようだね。認識阻害が解けたのかしら」

 なにやら独り言を言っている。

「坊や。名前は?」

「シグレット。薬師の見習いです」

「そう。じゃあ今から言うことを聞きな。まずここをまっすぐ歩いて、来た道を戻るんだ」

「……どうして?」

「どうしてって、ここは私の家さ。誰もきちゃ行けない禁断の魔女の家。もし坊やの親がここに来たと知れば、驚くだろうね」

「魔女の家……」

 小さい頃に聞いたことはある。

 近所の森の中には、魔女の森という場所があり、そこには魔女が住む家がある。しかしそこにだけは決して近づいてはいけないと。

 まさか本当に実在しているなんて思っていなかった。

「つまり、貴女は魔女さんなんですね」

「坊やは魔女を目の前に冷静だね」

「……魔術師が多い時代です。魔女も魔術師と思えば、それほど怖くは無いです」

 実際は凄く怖い。

 魔術師は魔力を持った人間。場合によっては職業ともいえる人たち。

 魔女は、この世界では魔物と同等の扱いか、それ以上の危険対象として扱われている。

 しかし、僕の目の前にいる女性は綺麗で、とても悪い人にも見えない。

「はあ、調子が狂うね。でもお姉さんの言うことは聞くもんさ」

「おねえ……さん?」

「ああ?」

「あ、いや」

 確かに綺麗だけど、お姉さんというには少し年が上に見えたから反応してしまった。とりあえず魔女でも年齢を気にしているという新しい発見が見つかった。

 それにしても確かに綺麗な魔女ではあるが、目の下にクマがある。これは……酒か?

「魔女さん。良かったらこの薬を飲んだ方が良いよ」

「……これは?」

「お酒の飲み過ぎは良くないです。多少ですがお酒の成分を分解する効能がある薬ですよ」

「……へえ。まさか人間から何かを貰うとはね」

 そう言って、魔女さんは僕から液体の入った瓶を受け取る。

 そして躊躇いも無くそれを飲む。

「え、少しは疑わないの?」

 この時代では、薬師と言えど薬い関しては疑う人も多い。副作用で発作が起きて死亡した事例もあることから、薬ではなく毒では無いかと思う人も稀に存在する。

「ふん、坊やは嘘を言っていないからね」

「魔術で読んだの?」

「そんな所さ。さて、それよりも研究に戻るかね。坊やは帰りなよ」

 そう言って、魔女さんは家の中に戻っていく。

 僕はと言うと……。



「なんでここに居るんだい?」

 僕は魔女さんの家にお邪魔していた。

「え、薬が効いているかを確かめるのも、薬師の役目だよ」

「薬ってそんなに早く効くのかい?」

「液体は早いよ。それよりも魔女さんの研究が気になった」

 研究という単語には少し惹かれる。同じ研究者としての血だろうか。

「……特に卑しい思考も無し。坊やはなんなんだい?」

「ただの見習い薬師だよ」

「そうとも思えないけれど」

 呆れつつも魔女さんはせっせと道具を集めてテーブルに乗せる。

「ミノクテ草にサエリアの枝。その赤い液体はわからないけど、何かのポーション?」

「まさか見ただけで草と枝を当てるとはね。そうさ。これからポーションの作成をするのさ」

「魔女さんも薬師?」

「いや、これは私のは趣味さ。これがあれば魔力を回復できる」

「魔力を回復?」

 普通はあり得ない。

 魔力は人の中で生成され、個人個人で回復量は決まっている。それを回復するには、他人から分けて貰うか、魔術の道具を使わなければ回復しない。

「ああ、だからこれは魔法薬とも言えるね」

「魔法……薬?」

 効いたことの無い単語に少し首をかしげる。

「この赤い液体は魔物の血さ。魔物の血には魔力が詰まっているからね」

「魔物の血にそんな秘密が?」

「魔道士や魔女の界隈では常識さ」

「そんな……」

 お師匠様からも効いたことの無い話に、少しショックを受ける。

「魔法薬の利点は、スクロールと違って保存が利くこと。そして効能は魔術師にとって欲しいと思える物ばかり」

 作成した魔法薬だろうか。机の上にいくつか小さな粒を置く。色は様々で緑色や青色のガラス玉のような物がいくつか。

「ただ、今のままでは中毒性があって、数回使用すれば手が離せなくなる」

「手が離せない?」

「そうさ。一度は良い。ただ三回四回と数を重ねると、その心地よさ、便利さが癖になってね。私もその一人さ」

 そう言って青い粒を飲む。

「魔物の血……少し見せて貰って良いですか?」

「ん? ああ、いいさ」

 魔女から小瓶を渡される。

 赤くどろっとした液体は、人間の血と少し異なっている。よく見ると緑色の小さい粒などがある。これは不純物だろうか。

「……このまま使用したのですか?」

「そうさ。魔物の血は鮮度が大事だからね」

 おそらく中毒症状の原因は魔物の血の不純物が原因とも思える。だとすれば、これを取り除けば……。

「へえ、見た目と違って色々と鋭いね」

 またしても心を読んだのだろうか。魔女や魔術師ってそうも簡単に人の心を読めるのか不安になってきた。

「心を読まないでください」

「はいはい。それよりそろそろ日が暮れるが、良いのかい?」

「……僕は帰れるのですか?」

「何を言ってるんだい?」

 魔女に会ったら最後、色々な実験の末、死が待ち受けているとも聞いたことがある。

 子供が森に近づかない様にという話なのに、表現が子供向きでは無いと子供ながらに思う。

「今日はそんな気では無い。そういえば満足かい?」

「……では今日は帰ります」

 荷物をまとめて扉の外に向かう。世の中には良い魔女というのも居るものなんだなと思った。

「今、今日はって言ったかい?」

 魔女さんのつぶやきも聞こえたが、それを無視するように僕は外に出る。

 課題は、魔物の血から不純物を取り除いた液体の採取と、魔力回復の薬の作成だ。



 あれからどれくらい経っただろうか。

 単純に数えれば五年といったところか。

 魔女さんと出会ってから翌日、道具を持って再度森に入ったが、あったと思っていた場所に道は存在しなかった。無理矢理入っても、小さな川が流れていたり、風景が異なっていた。

 諦めず連日通い、同じ場所を何度も通った。

 そして気がつけば五年という時間が過ぎていた。

 そんなある日、それはいつも通り見つけることができないと思いつつ通っていた日のことだった。


「道が、見える」


 幻覚では無く、五年前に見つけた道がそこにあった。

 考える前に足が先に出た。

 そして行った先には、五年前と同じく小屋があり、周囲には五年前と同じく様々な薬草があった。

「……どうして今日?」

 前回は後ろから魔女さんが現れたが、今回はそういう事がなかった。

 とりあえず小屋へ向かいドアの前に立つ。

 マナーとしてノックをする。

「返事が無い……でもドアは開く。失礼します」

 ゆっくりと扉を開けて、中を覗くと目の前には五年前に見た魔女さんの倒れている姿があった。

「ま、魔女さん!」

「あ、ああ。あのときの坊やか。そうか、認識阻害が解けてしまったか」

「そんなことよりこれは!」

 目には凄まじいクマ。そして部屋中凄まじい生臭い匂いが漂っていた。

 魔物の血である。

 五年前に帰ってから色々な研究をし、その中でも特に集中して勉強したのは魔物の血液である。

 研究用として一ヶ月に少量手に入れ、それを研究しては色々とレポートを書いていくうちに匂いを覚えていた。

「まずい、中毒症状か。でも今日その認識阻害が切れたのであればまだ間に合うか」

 そう独り言を言って、僕は鞄から白い土の様な物を取り出す。

「これを飲んでください!」

「なんだいこれは……これもまた、臭うね」

「乳製品の発酵物で、医学用に研究している物です」

「はは、そんなの飲んでも」

「えい」

「むぐ!」

 無理矢理口にねじ込んだ。いや、そうでもしないと飲まなそうだし。

「ご、強引だね。数年前の坊やとは別人と思うくらいさ」

「あのとき魔女さんに出会ってなければ、こんな研究はしなかったよ」

「それは良い子とかね」

「ええ。結果的に、今や僕が国で問題になっている魔法薬問題の解決に先頭を歩いている所ですよ」

「魔法薬が、国で?」

 魔女さんの弱々しいながらも少し目つきが鋭くなった。

「魔物の血には魔力があることが別の人間によって解明され、その研究結果が広まったのです。そのせいで強い魔法薬が開発されて、中毒者が広まっているのですよ」

「それは大問題ね。でも私は関係ないわ」

「そうです。魔女さんは関係ありません」

「……調子が狂うね」

 このやりとりも五年ぶり。もしかしたら魔女さんにとっては昨日の様な気分なのだろうか。

「今でも魔法薬を作る趣味はやっているのですか?」

「ああ、そしてとうとうできてしまったのさ」

「できてしまった?」


「不老不死の薬がね」



 誰もが望む不老不死という概念。

 悪魔と契約を結び、擬似的な不老不死を得た人や、魔術師の血を飲むことで寿命を延ばす禁忌を行う人が居る中、本物の不老不死というのはまだ存在していない。

 そんな中、この魔女さんは何を言っているのだろうか。

「不老不死ですか?」

「ああ、そうさ」

「どうやって?」

「簡単さ。魔物の血から不純物を取り除いた完全な魔力の結晶。そこに悪魔の爪と精霊の髪。そのほかを魔術を使って混ぜ込みできあがったのがこの不老不死の薬だ」

「……根拠が無い」

「ああそうさ。まだ実験もしていない。だが理論はある」

 魔術的な理論。そう一言で言って終える。

「……でも、魔術を使わないとできないのですね」

「ああそうさ。私も最初は魔術を使わない薬を目指したけど、最終的には無理だったね」

 だが、できあがった薬が本物なら、誰もがたどり着けなかった不老不死の薬。これがあれば死の恐怖を取り除くことができる。

「なるほど。で、それをこれから使うのですか?」

「……最後に気がついたのさ」

 実は僕も気がついていた。

 魔物の血液を摂取し続けて、中毒症状を発した後、再度摂取を続けると、死に至る。

 そしてこの不老不死の薬は紛れもない魔物の血の塊である。

 不老不死ではあるが、その分苦しみは代償として受けることになる。

「……悪魔と契約をした方が楽な薬さ」

「とんでもない薬を作ったのですね」

「まあ、そんなわけで私の趣味はこれで終わり。そして魔力が切れて、まもなくここには大勢の人が入ってくる」

「え?」

 そう言った瞬間だった。


 ドアから爆発音が聞こえると同時に、一瞬意識が飛び、体が宙に浮く。


 浮いた体は壁にぶつかり、その痛みがじわじわとこみ上げてきた。


「があ!」

「はは、予想通りというべきかね」

 魔女さんは近くにあった液体の入った瓶を飲み、杖を構える。おそらく魔力を回復する魔法薬だろうか。

「へえ、あまり回復しない。どうやら坊やの薬は本物のようだ」

「それは……よかった……」

 かなり痛むなか、とりあえずの強がり。そして。


「早く出てこい。魔女!」


 外から聞こえる男の声。

 そして、見なくてもわかる大勢の人の気配。

「この通路から出ると良い」

「魔女さんは……?」

「私は……もう時間も無い。このままお縄につくとしよう」

「お縄……そもそも魔女さんは何か罪を犯したのですか?」

「そうだね。坊やには想像できないほどの犯罪さ。そして魔女となった今、捕まれば結末は決まっているのさ」

 死。

 残念ながら魔女と呼ばれる存在になれば、国の軍に見つかり次第死刑。それは昔からの決まりである。

「さて、ここから出るんだ」

「……魔女さんの魔術で逃げることは?」

「残念だけど、軍の魔術師が束にかかれば負けるね。でも一人くらい逃がすことはできる」

「……では、最後に一つ願いを聞いてください」

「なんだい?」


「この不老不死の薬をください」



 人間の寿命というのは何年だろうかと思うことがある。 僕の両親はすでにこの世にはいなく、僕に薬について教えてくれた師匠もこの世には存在しない。

「まさか、あの魔女があの国の元女王だったなんて、今でも信じられないな」

 何年振りにここへ帰ってきたのだろうか。

「……魔女さん。僕は色々勉強してきました」

 何十年振りに魔女さんという単語を口に出しただろうか。

「……魔女さんの研究結果。お借りします」

 何百年振りにこの森へ戻ってきたのだろうか。

 時間というのは魔術で動かすことはできない。

 神でもない限り、永遠の命というのを得ることはできない。

 しかし、僕はその神でも無い限り無理だと言われていた存在となってしまった。


「さて、僕の挑戦は、ここからが本番だ」


 大きな荷物を肩から下ろし、それを床に置く。

 机に広げた道具は、世界から集めた薬にまつわる物だらけ。


『今度こそ、魔術がいらない完全な薬を作ってやる』


 その硬い意思を僕は秘めながら、百年以上前の出来事を思い出すのだった。


 いとです。

 今回のコンセプトは、「説明が殆ど無い物語」を意識して書かせていただきました。

 例えば、見た目や風景。それらを必要最低限を書き、どこまで私が表現できるかということです。

 そして例によって今回の短編も魔術的、異世界的要素が含まれていて、やはり好きなんだなーと実感しているところですね。

 少しでも楽しいと思っていただける方に、届けばと思い、今回はさらなる挑戦をしてみたいとでした。

 では、また会いましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大魔法使いが誕生する序章のようなお話で、とても楽しかったです。
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