お祝いのスピーチ ー海斗ー
そろそろパーティ始めようか。パーティと言う言葉が似合わない居酒屋弁二の店内のテーブルには少しでもパーティらしくしようと海斗が考えたメニューが並んでいる。
四人がけのテーブルの一つに弁二と佳奈恵と里奈と弁二の兄の金二が座っていた。
隣のテーブルに海斗と美奈と徹が座っている。
「10周年おめでとう!」
みんながビールで乾杯する。
「居酒屋弁二がここまでやってこれたのはみんなのおかです。ほんと、ありがとう。」
佳奈恵が改まった口調でぺこりと頭を下げる。
「いやー佳奈恵ちゃんこそよくこんな弁二みたいな頑固ものに良くついてきて頑張ってるよ。」
おしゃべり好きの金二が陽気なトーンで佳奈恵に言う。
「はじめはキャベツの千切りも出来なかったのになぁ。」
金二がそう言って弁二の肩をぽんぽんと叩く。
「今はどうだ、これ。このふわふわキャベーツ」
金二はコロッケの横についているキャベツをつまみ上げ、うんうんと頷く。
本当はそれ自分が切ったんだけど。と思いながらも海斗も頷いてみせる。
「うちの親父、キャベツの千切りは基本だーってよく言ってたよなぁ。昔はさーおまえの千切り見て、基本が出来とらんーってね。はっはっは。そりゃ、こんなぶっとかったもんだからさ。」
金二は海斗の方を向いて親指と人差し指でその太さを表そうとしている。
海斗はそれに愛想笑いを返した。
金二はいつのまにか二つのテーブルの間に立って演説でもしているようにみんなの注目を集めていた。
「あと、厚焼き玉子ね。親父の厚焼き玉子に対するこだわりは、すごかったよな。」
そう言った金二に弁二が相槌をうった。
「厚焼き玉子評判いいですよ。常連の今井さんいつも奥さんと娘さん用にお持ち帰りされるんですよ。ここのが一番美味しいって。」
佳奈恵が自慢するように言う。
「そりゃ、美味しいよ。弁二はあの親父に鍛えられたからねー。」
「あの親父」を知らない海斗は怖そうだ。とか、厳しそうだ。とか想像しながら金二の話を聞いていた。
「でもほんと、よくやってるよ、おまえ。親父にこの姿見せたいくらいだよ」
金二は急にしんみりと言った。
「弁二さんは喜んでますよ、きっと」
遠い目で佳奈恵が言った。
「弁二さん?弁二さんのお父さんも弁二ってう名前なんですか?」
海斗はすかさずそう聞いた。
「そうよ、こいつは2代目弁二。はっはっは。」
赤い顏の金二が爆笑する。このパーティが始まる前から飲んでたに違いない。
海斗は空になった金二のコップにビールを注いだ。
「親父はもう年だったし、もう店締めたほうがいいんじゃないかって言ってたんだよね。誰も後継ぎいないからさ。俺は店継ぐ気なかったし。」
金二は両手を上げて降参のジェスチャーをした。どう見ても料理を作れそうにない厚い手だ、と海斗は思った。
「それなのに親父は弁二に後継がせるって言って聞かなくて、まだこいつが二十歳だったてのに。」
金二はふとカウンターの方を見た。
みんなもつられて金二の目線の方を見た。
居酒屋とはいえカウンターは寿司屋がそのまま残されていた。
寿司ネタを入れるケースに美奈の作った手書きの10周年おめでとうの紙が立て掛けてある。そこは暖かい色の照明に照らされて、特別な空間を作り出していた。
寿司屋は敷居が高いと思う人もいるだろうがこのカウンターなら居心地いいだろう、と思われる温かさがあった。
そのカウンターには一人で来た客や、寿司を食べたい客が大体座る。
あとは4人がけのテーブルが4つあるだけで、こじんまりした食堂のようでもあった。
気がつけばみんな金二の話に聞き入って、テーブルいっぱいの料理に手をつけてなかった。待ちきれなかった里奈だけが口をモグモグモグさせていた。
「里奈ちゃんー美味しい?それね、バンバンジーって言うんだよ。」
海斗は里奈に優しく微笑んでそう言った。
「バンジンジンジー?」
里奈のその言葉でしんみりしていた空気が一気に和んだ。




