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金継ぎ  作者: 有田シア
17/23

役割 ー徹ー

弁二が2ヶ月ぶりに店に戻った日だった。

貫禄のあるスーツ姿の男が4人店に静かに入ってきた。

「こんばんは。」

最後に入ってきたのは常連客の今井だった。

今井が来るのは久しぶりだと思いながら徹は軽くお辞儀をした。

「弁二さん、いつもの水割りよろしく。」

今井は弁二にさりげなく近づいて小声でそう言った。

弁二はコクリと重大な任務を受けたように頷き、準備に取りかかった。

弁二は用意した4つのグラスに焼酎を入れていく。

この間、弁二と海斗が「水割りは水7、焼酎3のナナサンだ。」と言う話をしていたのを徹も聞いていた。

目印もないのにどうやってナナサンを測るんだろう、徹は弁二の手元に注目した。

徹は最後の一つのグラスに焼酎が入っていないのを見て、もう少しで「弁二さん、最後のに焼酎入ってませんよ。」と言うところだったが、すぐに弁二はわざと1つのグラスに焼酎を入れなかったのだとに気付いた。

今井はお酒が苦手なのだ。

海斗が弁二の常連客ノートの情報を教えてくれた。

弁二は3つの水割りと1つの水を作った後、佳奈恵の方をじっと見ていた。

どうやら佳奈恵は会計の金額が間違っているのではないかと客に言われて伝票を見直しているようだ。

今日は美奈が休みなので佳奈恵が忙しい時は徹もウエイターとして料理を運ぶことになっていた。

弁二は徹の方を向いて

「徹、このグラスは水が入ってるからこれを何も言わずに今井さんの前に置くんだぞ。間違えるなよ。」

と言って、お盆をの上にのっている一つのグラスを指差した。

「なんで今井さんお酒飲めないの秘密にする必要があるんですかねぇ?」

徹は湧いてきた疑問をそのまま聞いた。

「お前、今井さんお酒飲めないって知ってるのか?まぁ、いい、黙って持ってけ。お前には分からん、大人の事情だ。」

弁二は諭すように言ってから「行け」と言うように顎で合図した。

徹は腑に落ちないままお盆を持ち上げた。

徹は水のグラスの位置を頭の中に記憶した。

4つのグラスの右下が水で、それを今井に渡す。こんな簡単なことなのに徹は緊張していた。4つはどれも同じに見える。

慎重に歩いてテーブルまで行くと途中で徹の目の前に今井の連れの男が立ちはだかっていた。

「今日美奈ちゃん休みなんだー、いいよいいよ〜これは俺が持ってくから、キッチン戻っていいよ。」

男は徹からお盆を奪い取るとさっとテーブルに戻った。

徹は予想外の展開に戸惑い、弁二の方を振り返って見た。

弁二は目を大きく見開いて固まった無表情のまま動かなかった。

徹が慌てて水のグラスを探そうとした時にはすでに4つのグラスはテーブルに配られていた。

その時、徹は、今井も弁二と同じ表情をしているのに気付いた。

なんとかしなければいけないと思い、徹はパニックになった頭で考えた。

「いっきーいっきーいっきー!」

隣のテーブルから手拍子に合わせた一気飲みのコールが聞こえてきた。

5人の子若い男の子のグループが盛り上がっている。

徹はそれに合わせて自分も手拍子を始めた。

「いっきーいっきー」

徹はそう叫びながら今井のテーブルに近づいていった。

そして今井の前にあるグラスを勢いよく掴むと、一気に飲み干した。

徹は焼酎が胃の中で焼けるのを感じたが空のグラスを握りしめて達成感を感じた。

これでなんとか今井の秘密を守れたか。

だが、徹は残りの3つのグラスが目に入った瞬間この中のどれかに水があると言うことに気づいた。

徹は慌ててその前に座っている男のグラスをひったくるように掴み、飲み始めた。

ビールなら一気飲みしたことがあるけど焼酎の水割りの一気飲みは初めてだった。

これは美味しい焼酎のはずなのに味を感じない。ビールのような爽快感もない。

灯油を飲んで自分が発熱したかのように顔が赤くなっているのが徹にももわかった。

それを飲み終わった頃には徹はもう何も考えられなかった。

隣の席ではまだ一気のコールが続いていたがそれはいつの間にか徹に向けられていた。

徹は自分の前に寄せられた残りの2つのグラスを両手に持って、叫んだ。

「一気飲みのサービスでーす。」

徹は店中の笑い声と一気飲みコールに押されるように、それを体に流し込んだ。

最後のグラスが水だった。


次の日。

徹は思ったよりも二日酔いにならなかったこと不思議に思いながら、居酒屋弁二に出勤してきた。

弁二に叱られることは覚悟だった。

客の酒をいきなりに飲み干した上に、酔っ払ってしまいそのまま帰らされてしまったのだから。

「弁二さん。昨日はすみませんでした。」

徹は心から謝った。

「いや、お前に任せたのが悪かったな。」

弁二は弱々しく言った。

今日の弁二は別人みたいに見える。と、徹は思った。きっと弁二がねじり鉢巻きをしていないせいだろう。今日の弁二には女の人が化粧をし忘れてきたみたいな、素の生々しさがある。

徹は見てはいけないものを見てしまった気分になって、弁二から目をそらした。


それ以外は、いつもと同じだった。

海斗はものすごい集中力で仕込みをこなし、美奈はテキパキ動き、徹は皿を洗う。佳奈恵はお客さんにとびっきりの笑顔を振りまき、弁二はこだわりの寿司を握る。

みんなそれぞれ自分の役割を果たしていた。


徹は閉店後に自分が担当である「ゴミ捨て」という役割を果たす。

これは、弁二が寿司桶を毎日綺麗に洗うのと同じくらい重要なことなのだ。

徹はゴミ袋の口を縛って片手にに持ち、裏のドアを開けた。店内から外に出た徹はシャキッとした外の空気を肌で感じた。

暗くて静かな通りにあるゴミ捨て場が街灯に照らされている。

居酒屋の隣の家はまだ電気がついていたが、ベランダには誰もいなかった。たまに女の子がそこで本を読んでいて、徹に気がつくと「お疲れ様。」と言ってくれる。美人でもないけど愛嬌のある顔だった。「お疲れ様。」は仕事の終わりにみんな言うから特別な言葉ではないのに、その子が言う「お疲れ様。」には優しい労いの気持ちが込められている。ように徹には聞こえた。

外で本を読むには少し寒くなってきたのかもしれない。

今日は外れだな、と思いゴミ捨場に歩いて行く。


徹が倉庫の横にあるゴミ捨て場にゴミを放り投げようとした時、金属製の檻の編み目からロープのようなものが見えているのに気づいた。徹にはすぐにそれが何か分かった。


(隣の家の女の子)


ベランダに出ようとしたら、あの居酒屋のポテト君がごみを捨てようとしてるところだったんだよね。(坊主でずんぐりむっくりしてるからポテト君なんだけどね。笑)

ポテト君は捨ててあるごみをじーっと見てたんだけど、その後ゴミ捨て場の檻によじ登り始めたの!私一体何してるんだろうと思って見てたの。

でも、ポテト君だから、足が短くって登れないよね、やっぱり。

気がついたら私、家の中で持ってけそうな椅子を探してた。やっと折りたたみ椅子見つけたからそれ持って外に出て行ってたんだけど。でももうその時にはポテト君はいなくてー私、本当に恥ずかしかった。

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