僕のデキルこと ー徹ー
里奈の様子を見に行った病院帰り、金二と徹は居酒屋弁二に戻ってパーティの片付けをすることになった。
「里奈ちゃんがああなった原因はまだはっきりわかっていないらしい。」
金二が徹の車の助手席で、まっすぐ前を向いたままそう言った。
徹は車を駐車場に止めて、金二と一緒に居酒屋弁二まで歩いて行く。
徹はあの時の「里奈!」という弁二の叫び声と切迫した表情を思い出していた。
徹は事件現場に戻るように少し緊張ながら店の戸を開けた。
当たり前だが、現場の居酒屋のテーブルにはほとんど手のつけられていない海斗の料理が並んでいるだけだった。
「せっかく海斗がこんなに作ったのなになぁ。」
金二が一口大のピザみたいなのをつまんでホイと口に入れた。
なかなか美味いな、という表情をした。
「海斗くんて本当に才能あるな、こんないろんな料理作れて。すごいな〜。僕なんて毎日弁二さんに叱られてばっかりですよ。」
海斗は社交的で顔も良くてスポーツもできる。できる人は何でもできるのだ。
「練習しても包丁を上手く使いこなせないんです、僕。」
徹のキャベツの千切りはどんなに練習してもふわふわ千切りには程遠い。
「誰もお前にそこまで期待してないぞ。海斗みたいにはなれんだろ。」
侮辱ともとれる金二のこの発言が徹には新鮮だった。
「学校行ってるんだよな、なんの学校だったっけ。」
「I T 系です。」
「人には向き不向きってもんがあるからな。俺は料理人にはなれんから、出来ることをやっとる。」
金二は海斗の料理を綺麗にタッパーに詰めながら、さらっと言った。
「出来ることをやっとる」かぁ。じゃ、僕には何ができるんだろうか。
徹はそう考えながら汚れてもいないテーブルを必死に拭いていた。
「この花瓶どう思う?」
金二がどこからか持って来た花瓶をカウンターに置いた。
徹はその茶色と白と黒のまだらで少し口が広がった形の花瓶に対して何の感想も持てなかった。
よく見たら、粗い雑な作りのようだか、もしかしたらこれが一流のアート作品かもしれない。
この間、親戚のうちに行った時、みんなが巨大な絵画を見て素晴らしいと言っていたが、徹にはただ色を適当に塗ったようにしか見えなかった。徹にはアートを見る目がないんだろう。
「いいですね。」
気の利いたことを言おうしたが、それしか言えなかった。
「俺ね、陶芸教室に行ってるんだよ。」
照れながら金二が言った。
「中年男の趣味としていいかな、と思って。俺も不器用なんだけどね。」
徹は金二の作った花瓶をもう一度見て見る。
やっぱり素人が作った花瓶だ。
「上手く出来てると思いますよ。」
金二が作ったにしてはよくできている、と徹は思った。
「以外だろ、俺が陶芸なんて。」
確かに、スポーツ観戦に熱くなるような金二が陶芸に集中する姿は想像しがたい。
「親父におまえは料理人には向いとらんって頭っから言われて、いやぁ、俺はやる気なかったとはいえ、なんかお前はダメな奴だって言われてるみたいでなんか悔しかったんだよなぁ。だからかな、なんか職人っぽいことやりたかったんだよ。」
「いい趣味だと思いますよ。」
以外にも金二にこんな繊細な部分があったんだと、徹は微笑んだ。
「これ、あそこに飾ろうと思って。」
金二は空っぽの店先のディスプレイスペースを指差した。
「そうだ、割れた酒壺どこにあるんだ?」
金二は思い出したように言った。
責められているわけではないのに、徹は罪悪感でギクリとする。
酒壺は徹が割ったことになっている。
「裏の倉庫です。」
徹は申し訳なさそうに言った。
その時、金二の電話がなった。
「おぅ、里奈どうだ。」
相手は病院にいる弁二だろう。
金二は深刻な顔で頷いている。
「そうか、大丈夫なら良かった。お前も無理するなよ。」
金二は電話を切った後、徹の方をまっすぐ見た。
「原因わかったみたいだ、里奈。ピーナッツアレルギーだったみたいぞ。」
アレルギー。と聞いて徹は友達の勇が小麦アレルギーだったことを思い出した。
「アレルギーですか。僕の友達、小麦アレルギーなんですよね。小麦って以外と色々なものに使われてて、一緒にご飯行く時に面倒くさいんですよ。」
徹がそう言うと金二は怪訝な顔をした。
「でもピーナッツってそんなしょっちゅう食べるもんじゃないですよね。」
徹は何かいけないことを言ってしまったかと思い、慌ててそう付け加えて笑顔を作って見せた。
「可哀想だな。運が悪かったな。」
金二は泣きそうな声で言った。
「今日の料理のどこかにピーナッツ入ってたんですかね。」
金二のトーンに合わせて徹も言った。
「ピーナッツならこれから食べないように気をつけてれば大丈夫だろ。」
金二は弱々しく笑った。
片付けが終わって帰る時、金二はガラガラとダンボールの乗った台車を引いてきた。ダンボールに入っているのは割れた酒壺だ。
「この壺、割れたからって捨てる訳にはいかん。」