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話に夢中になっているウォーカーとルルリカにテレーシャが声をかけた。
「またせたね。たーんとおあがり。」
テーブルに皿を並べていく。
野菜のスープとパン、目玉焼きにベーコンだ。
ウォーカーは「いただきます」というと、スープから手を付けた。
お腹の中にポッと明かりが灯ったようだ。すごく優しい味がする。
ここしばらく森で獲った魔犬の肉を焼いたものしか食べていなかった彼にはそのスープがご馳走に感じた。
次々と食事に手が伸びていく。
テレーシャはその食べっぷりに嬉しそうに頷きながら言った。
「おかわりもたくさんあるからね。」
食事を続けながらも会話は止まらなかった。
楽しそうな2人の姿を見ながらテレーシャが言った。
「あんたはもう今日の分の宿をとってあるのかい?」
「いや、俺はいつも森の中で夜を過ごしているんだ。」
ウォーカーが苦笑まじりにこたえると、テレーシャは驚いた様子で返した。
「森の中で?あんたそれじゃあ全然休めないだろう。一人旅なんだろう?寝ている間に魔物に襲われちまったらひとたまりもないだろうに。」
「俺は眠ることができないんだ。それが俺の呪いなんだ。」
その言葉の意味に行き着いたテレーシャがすまなそうな顔をしたが、ルルリカは羨ましそうな顔をした。ルルリカの表情には気づかないままウォーカーはテレーシャに向けて続けた。
「気にしないでくれ。呪いと言っても俺の場合にはかえって助かってるしな。この呪いじゃなかったらこの町に着く前に死んでたかもしれない。」
ウォーカーは少し暗い雰囲気になってしまった部屋の空気を明るくしようとさらに続けた。
「それで力の方はこれさ。ほら。」
手のひらの上にほのかな光を3つほど出現させると。3つの光をくるくると回転させて最後にパッとはじけさせた。
「うわぁ、きれい。」
ルルリカが嬉しそうに言った。
「力は発光、呪いは不眠っていうんだ。ルルリカにはどんな力があるんだ?」
「私は。」
それだけ言うと、ルルリカは右手に持っているスプーンをウォーカーに見せた。
ウォーカーが疑問に思っていると突然スプーンが消えた。
「えっ」
ルルリカはいたずらっぽく笑って左手を見せるとスプーンが左手にある。
「こうやって転移させることができるんです」
「めちゃくちゃ凄い能力じゃないか。」
ウォーカーは驚愕して言った。
「全然そんなことないんです。色んな制約があって・・・。一番つらいのは、距離の問題ですね。私が触ってる場所から私が触っている場所へしか飛ばせないんです。右手から左手へ飛ばすだけじゃ、もちかえるのとたいして変わらないですしね。」
「そうなのかぁ。それでも使い方によっては凄そうだけどなぁ」
ウォーカーは驚いたまま言った。
ルルリカは苦い笑顔で答えた。
「ウォーカーくんの呪いは眠れないことなんですよね?羨ましいです・・・。私の呪いは、悪夢なんです。眠った時には必ず悪夢をみます。小さい頃はよく、悪夢を見たくなくて眠らずに過ごしたものです。」
ネガティブな話題のきっかけになってしまったのが気まずかったのか、この場の空気を変えるようにテレーシャが言った。
「ごちそうさま。ルー、悪いが洗い物は任せるね。私はもう休むよ。あんたたちに付き合ってたら朝まで話し続けてそうだ。年寄りには、もうつらい時間だよ。」
そこまで言うと、テレーシャは立ち上がりウォーカーに向けて行った。
「あんたは何にしろ、今日はうちに泊まっておいき。好きなだけ話していくといいさ。騒いで近所迷惑にはならないようにね。おやすみ。」
テレーシャはそのまま階段を上がっていった。
その姿を見送り、残された2人も食べ終えると、ルルリカは洗い物をすると言い出した。ウォーカーは手伝いを申し出たが、ルルリカは「お客様にそんなことさせられません」と、頑として譲らなかった。
ウォーカーは、そんなささやかなやり取りに幸せを感じた。
眠れないウォーカーと眠りたくないルルリカ。結局2人は朝日が顔を出すまで語り明かした。