6
ウォーカーは中央通りを目的もなく歩いていた。
辺りはすでに夜と呼んでも問題ないくらいには暗くなっていた。
歩いていても自分が歩いているという自覚はなく、頭の中にはランチの言葉ばかり。
忌み子。
それに対する呪詛の言葉。
あの女の子はランチのいう忌み子だったのだろうか?
思考はぐるぐると同じところを回っている。
「ん?おい。こんな時間に町をでるのか?おいったら!」
「え?」
ウォーカーは門番の男に肩を掴まれようやく自分が門まで来ていたことに気づいた。
門番はウォーカーが初めてトカの町に来た時に町のことを教えてくれた男だった。
「おいおい、しっかりしてくれよ。大丈夫か?」
心配そうに自分の顔を覗きこんでくる。随分世話焼きな男の様だ。
「あ、あぁ。すまない。考え事をしていたんだ。」
「そんな上の空で外に出てったら、あっという間に魔物の餌だぜ?しかも、もう日が暮れてる。」
「いや、大丈夫だ。ありがとう。」
ウォーカーはそのまま町を出ようと歩き出したが、すぐに振り返り門番に聞いた。
「そうだ。今日藍い眼をした少女がここを通らなかったか?」
ウォーカー何でもないように聞いたが、肺の下あたりがぞわぞわしていた。
「ん?悪いが俺は今日はさっき交代で門についたばかりだ。だからその少女がとおったかどうか俺にはわからん。ただ、藍い眼っていうと・・・いや、何でもない。」
門番の男は何かを言いかけてやめた。その表情を見ればわかる。
「そうか、わかった。すまなかったな。じゃあ。」
ウォーカーは平静を保って話したつもりだったが、その声は随分細かった。
ぞわぞわした感覚だったものが、ずんと冷え込んでいく。
ウォーカーは町から30分ほど歩いた森の中で木の幹によりかかるように座るとゆっくりと考えた。
自分以外の忌み子に会ったことがない。
会って話したい。
もしかしたら初めて友人と呼べる者になるかもしれない。
ただ、町の人にどう思われる?
普通自分から忌み子に話しにいくものか?
普通だったらあり得ない。
俺が忌み子だとバレるかもしれない。
いや、まて。俺は彼女が忌み子だから会いたいのか?
そうじゃなかったはずだ。
会おう。
ウォーカーは自分の荷物の中の薬草を思い浮かべ、それを彼女に返しに行こうと思った。
ただ、不安な気持ちを何かのせいにしたかったのかもしれない。結局自分に様々な言い訳をし続けた。
夜がふけていくにつれて、少しずつ冷静さを取り戻していった。
明日の予定について考える。
まずはマスターのところへ行こう。朝は客が少ない。
ランチとかいうやつは西側の区画と中央通りの間に少女の家があると言っていた。
家の場所を詳しく教えてもらおう。
それとこの格好だ。最低限、ボロじゃない服を買った方が良いだろう。
あの娘にみすぼらしいと思われたくない。
ウォーカーの心は、すぐにでも町に向かって準備したい浮ついた気持ちと、どうなるのかわからない漠然とした不安を行ったり来たりしていた。
心がうろうろしている間にどうやらかなりの時間がたっていたようだ。
日はのぼり、そろそろ町が活動を始めるころだろう。
眠ることができないウォーカーにとってこれまでの人生の中で一番短い夜だった。
ウォーカーが町に戻ってくると門番の男がホッとした顔をしながら挨拶してきた。
どこかこそばゆい感覚で挨拶を返し、歩みを進める。
マスターの酒場に入ると案の定、朝一は客がほとんどいない。ランチの姿がなかったことに内心ほっとした。
「おぉ、ウォーカー。おはよう。昨日はすまなかったな。大丈夫か?」
「おはようマスター。いや、気にしないでくれ。実は昨日の薬草、あれ女の子が森で落としていったものなんだ。森の中で人影があったもんで俺が近づいていったら驚いて逃げて行ったんだ。薬草を女の子に返してあげたいと思っているんだが・・・。」
気まずそうに話すウォーカーをみてマスターは微笑んだ。
「そうか。多分その娘はランチの言う通りテレーシャの孫のことだろう。」
マスターはそこで言葉を区切り、少し悲しそうな顔で言った。
「忌み子ってことも間違いじゃあない。それでもお前さんはそいつを返しにいくのか?」
「・・・あぁ。その娘の家の場所を教えてくれないか?」
マスターは少し悩んだ末に教えてくれた。
かなりスラムに近づくとのことで路地裏にだけは入らないようにとスリの類に荷物を狙われないよう気を付けるように念を押された。
ウォーカーは礼をいうと酒場を後にした。
酒場そばの商店でまだ売っていなかった魔犬の素材を売り、ここ数日でためた金のほとんどを使い水筒と、革の服を購入した。水筒はかなりしっかりしたつくりのものを購入したが、服についてはみすぼらしくない最低限のレベルのものだ。
すっきりした身なりになったウォーカーは、早速中央通りを外れて西側の区画に向かって歩き出す。
しばらく進むとマスターに教わった場所についた。
「きっとここだ。」
家の窓という窓は割れている。高い位置のガラスまで割れているところを見るに、治安の悪さが原因ではないのだと想像がついた。周りの他の家をみてもここまで色んな物が壊されている家はないようだ。
ただでさえスラムそばに見知らぬ人間がいるだけで、どこからともなく、いくつもの視線を感じていたが、この家に近づいていることでさらに露骨に人々の視線を感じた。
ゴクリと喉をならしながらウォーカーは扉をノックした。
少し待つと、ゆっくりと扉が開かれ、随分としわくちゃな老婆が顔を出した。
「どういったご用件でしょうか?」
声はかなりしわがれていたが、穏やかな声だった。
ただその声音は穏やかさだけではなく、かなり警戒している様子だった。
「あ、えっと・・・こちらはテレーシャさんのお宅ですか?」
ウォーカーがやっとこさそれだけいうと、怪訝そうに老婆はゆっくりと頷いた。
「こちらに娘さんがいると思うのですが・・・娘さんはいますか?」
ウォーカーが少しかすれた上ずった声できくと、怪訝そうな顔だった老婆の表情が変わった。
少しきつめの目でウォーカーを睨み付けながら言った。
「うちの孫が何かしたっていうのかい?悪いが帰ってくれ!」
老婆は扉を閉めようとした。
「あっ、いや、違うんです。まってください!」
すんでのところで、ウォーカーが慌てて言う。
その様子をみた老婆は普段町民から受ける攻撃的な感情を、ウォーカーから感じなかったことに気づく。
どうやら訳ありだと察した老婆は、次に近隣からの視線に気づきとりあえず人々の視線を集めたまま話すのは避けた方が良いだろうと思った。
「うーん。まぁお入り。話を聞こうじゃないか」
先ほどよりも随分と柔らかい声音だ。
ウォーカーはあたふたと扉をくぐる。
部屋の中は薄暗かったが、ウォーカーの想像していたよりも随分と小奇麗だった。家の外観から中もボロ屋だと勝手に思っていた。
「ほら、キョロキョロしていないでお座りよ。」
「あ、あぁ。ありがとう。」
ウォーカーが老婆の向かいの椅子に座ると、緊張したウォーカーの様子に老婆はクスりと笑いながら言った。
「それで?お前さんは?うちの孫に何の用だい?」
「俺はウォ、ウォーカーと言います。これを・・・」
ウォーカーは背負い袋から薬草を取り出すと老婆に差し出した。
「これは?」
老婆は驚いた様子でウォーカーから差し出された薬草を手に取った。
「昨日、森の中で、藍い眼の女の子とあって・・・。俺が、びっくりさせてしまったようで、逃げて行ったんです。その時、落として行ったんです。」
一言ずつゆっくり喋るウォーカーの話を老婆は驚いた様子のまま聞いていた。
「わざわざ、ありがとうね。」
ウォーカーに合わせるように老婆もゆっくりと礼の言葉を返した。
「お前さんは、ここいらでは見ない顔だがこの町の人間じゃあないのかい?」
「チーリクという村から、つい先日この町に来ました。」
「それじゃあ、知らないのかね?・・・うちの孫は・・・うちの孫は、世間では忌み子と呼ばれる子なんだよ?」
老婆は、悲しそうな、辛そうな、苦しそうな表情で伝えてきた。
「森で出会ったときには知りませんでした。ただ、こちらに伺う前には聞いています。」
老婆は目を見開いていた。たっぷりと10秒は驚いたあとで口を開いた。
「お前さんは、優しい子なんだね。あの子のことを知ってもこれを届けに来てくれたんだから・・・。」
老婆は遠くを見ながら心底嬉しそうに語りだした。
「あの子はとっても優しい子なんだよ?誰よりも優しい子なんだ。町の人間にどんな扱いをされたとしてもね。両親はあの子が産まれてすぐ町を出て行っちまった。あの子を置いてね。それなのによくあんなにも真っすぐに育ってくれたよ。もうすぐ18になる。この町から追い出されるだろう。あの子は、その後の私のことを心配してくれているんだよ。この薬草もね。私に少しでも金を置いていこうと、毎日森に採りに行くんだ。私が、自分が町を出た後の生きて行くための金にしろって言っても聞かないんだ。」
ウォーカーは羨ましいなぁと思っていた。
この老婆の孫が優しく育ったのはきっとこの老婆のおかげなんだろうと。
老婆がふとウォーカーがそこにいることに気づいたかのように言葉を付け足した。
「あぁ、それで折角来てくれたのに申し訳ないんだが、あの子は今日も森に行っているよ。」
「そうでしたか。」
ウォーカーは返事を返し、言うべきか迷ったが、この老婆には伝える必要があると思い話し出した。
「テレーシャさんは俺のことも優しい子だって言ってくれたけど・・・、実は、実は俺は、俺も、忌み子・・・なんです。」
老婆は驚いた様子だったが、優しい表情を崩すことはなかった。
ウォーカーは続けた。
「もちろん薬草を届けたいと思ったのは本当です。でも、自分以外の忌み子と話したことが無かったんだ。だから・・・」
老婆はふふふと優しく笑いながら言った。
「やっぱりあんたも優しい子だよ。ちょっと馬鹿正直かもしれないけどね。真っすぐした良い心を持っているんだろうよ。あの子もきっと喜ぶだろう。夕方には帰ってくる。まだ時間はかなりあるが折角なんだ。ここで、このババアの相手でもしながら待っておいき。今、茶でも沸かそう。」
老婆は一度立ち上がるとお湯を沸かしだした。
それからウォーカーは老婆が入れた熱い茶を飲みながら、温かい会話を続けた。