配役論の心得⑨
時は仲夏__別称雨月、皐月とも呼ばれる__五月に差しかかっていた。
理事長の命を受けて約半月程経過したが、以前変わらず代替の配役論の講義を受け続けている。
最初は六人全員戸惑っていたが、何度か受ける内に、慣れというものが生まれ始めた頃だ。
満開だった桜は消え、新たな緑が誕生しているこの時期に、ある事件が起こる。
「さて、ネクストにおこなーわれる配役論なのだが、特別講師をお呼びしている。くれぐれも失礼の無いよーに。頼むーよ」
朝のホームルームでのマダムス教官の一言で、教室内は少し騒ついた。臆人もそれを聞いて心が騒つく。
一体誰が来るのか、勿論悪役に関する人が来るのだろうが、恐らくはOBかそれに準ずるお偉いさんが来るのだろう。
前者ならば歓迎する話だが、後者ならばそれほど良いものではない。どうせ、長ったらしい説教紛いの話になるに違いないのだから。
こうして本日の授業は滞りなく終了したが、やはり生徒間で話されるのは特別講師という存在についてだ。
酒場でもその話で持ちきりになり、色々と口論されていたが、結局は誰が来るのか分からず迷宮入りと言うことで話は収束した。
そしてその二日後の配役論にて、特別講師は登場する。生徒もやはり、となるOBの登場だった。
さて、こうして登場したOBは、各々の学科に一人ずつ教室を借りて話をするらしい。
教室の場所はその日の朝のホームルームに、黒板に張り出されているので、そこに向えばいいだけだ。
六人は昼食後、それぞれ代替された配役論の場所まで移動し、話を聞くことになる。
さて、それでは勇者論を受けている五十嵐愛未から話を進めていこう。
「こんにちは。僕の名前は青空彼方と言います。今日はどうぞよろしくお願いします」
そう自己紹介した後、ぺこりとお辞儀をしたのは美形の男性だ。朗らかで中性的な顔立ちに、少しウェーブをかけた黒く艶やかな髪は波打ちながら襟の辺りで止まっている。
前髪は真ん中で均等に分け、輪郭に沿って垂らし、瞳は薄茶だ。童顔美青年とは正に彼の事を意味してるに相違ない。
こうなると、女性陣は色めき、黄色い声が飛び交うのだろうが、生憎様ここは勇者科であり、ほぼ全員が男子という形を取ってしまっている。
現に、男子の反応は薄く__この教室にはほぼ男性しかいない__醜悪な瞳でその勇者を見つめる。
ほぼ男性しかいないと銘打ったが、実際女子はこの教室には一人しかいない。無論、それは愛未である。
この半月の間、勇者論のみしか受けていない愛未は不思議な存在扱いされている。
ひょっこりと現れて、勇者論を受けて午後のホームルームには居ない彼女は別称不思議少女だ。未だ都合のいい事に、何故だと直接聞いて来る者はいない。
これからの事は分からないが、取り敢えずは今の現状にホッとしている愛未であったのだが、その理想的想像はあたかも崩れ去る事になる。
「あれ?一人可愛らしい少女がそこにいるね。君は勇者希望なのかい?」
「え…あ、はい。そ、そうです…ね」
ゴニョゴニョと語尾を詰まらせつつもそう答えた愛未に、青空彼方は目を輝かせる。興味津々といった顔だ。
「良ければ何故この学科を志望したのか聞かせて貰えないかな?ごめんね、ちょっと興味が出ると問い質したい性格で……」
おっとりとした印象を受ける彼は、どうやら追求欲は人一倍あるらしく、愛未に対してどんどん踏み込んでいく。
こう言うと偏見かもしれないが、文系そうに見えてどうやら理系体質らしい。
「えっと……そうですね。私は、勇者というものに憧れを持っていました。なのでこの学科を志望しました。そして勇者となって人々から……」
「あぁなるほど。分かった。もういいよ。大丈夫。君の言いたい事は伝わった。もう座ってくれて構わないよ」
青空はそう言うと、煌めいていた表情を一気に冷却させた。感情が目一杯表に出ていて、とても心情が読み取りやすい。
今彼はきっと__
「実につまらない解答だね。まあ、事情が少しありそうだけど、まあいいよ。こんな余興に期待してもやっぱり無駄ってものだったかな」
何て棘の含まれた一言なのだろうと、愛未は思った。これ程まで直接的に、且つ初めての相手にここまで口悪く言われるのは初めての経験だった。
慣れてない事に口から声が出ない。それを見て、ハッと我に返ったように口を開け、やってしまったとばかりに顔を下げる。
「僕ってこういう顔立ちだから温厚なイケメンっていう属性になってしまうんだけどね。中身は結構サバサバしていて論理的なんだ。気を悪くしたらごめんね」
「あ……いえ……」
言葉が出ず、愛未は席に座る。暫し無言の静寂が襲った所で青空は口火を切った。その顔はとても苦々しく、落ち込んでると如実に表れている。
「はあぁ……だから僕はこういう場所に来たくなかったんだ。何を話していいかも分からないしね。空気も壊しちゃうし、良いところ無いなぁ」
「す、すいません。一つ質問しても良いですか?」
その時、生徒が一人手を挙げた。それを見て顔がキュッと変わり、和かになる。
「うん。何かな?」
「えっと……まだお名前しか聞いてないのですが……その…」
「あぁなるほど……経歴の話は好きじゃないけど、致し方ないって感じだよね」
生徒の意図する所を読み取り、青空は話し始めた。自分が一つ前の世代に勇者No.1を勝ち取った背広 青竹と呼ばれる人物の半ば助手のようなものを勤めていたということ。
そして、それは胃が痛くなるほど大変で、一度胃潰瘍という病気に陥るまで至ったこと。その全ての原因は背広青竹によるものだということもだ。
背広青竹__これを聞いて知らないと答えるものはここにはいない。何せこの学校にいる勇者全員を下し、
頂きを持った者だからだ。
しかもマスメディアはテレビ、新聞、インターネットを通じて大々的に発表するしきたり__勝手にそうなっていった__になっているので、例え無関心な生徒であっても、知らないようにするという事が難しいのだ。
だが、その助手を名乗る青空彼方の名前を知る者は見る限り存在しない。それは何故かというならば、助手といっても結局は雑多にいる生徒達の上位版に当たるだけで、それに価値がある訳では無いからだ。
言うも悲しく、やはり注目を集める存在というのは、華々しく一位を取った背広青竹のみに集まってしまうのは至極当然と言えば当然なのだ。
「まあ、無理な話なんだよ。僕があの人の助手__別名としては世話役とか側仕えなんて言い方もするけど、そういう人は言わば陰だ。決して光に当たらない役柄なんだよ。
勇者なのに光に当たらないなんて、矛盾してる話だけどね」
あははと苦笑いする青空に、生徒達はどう反応して良いのか困り、またもや静まり返る。
言わんこっちゃ無い、と言わんばかりにまたもや溜息を吐く彼を見て、愛未は少し近しい感覚を覚えた。
彼女の本職は治癒術師である。傷付いた人々を癒し、元気にさせる事を務めとして日々鍛錬に励み、勇者の仲間として行動を共にする。
勇者が危機に晒されれば手助けし、治療を施して復帰させる。これが無ければ勇者は傷を負ったらそれを背負うか自然回復まで待たなければならなくなる。
だから、こう自分で言うのもあれだが、勇者にとっては居なければならない存在には違いないのだ。
だが、これも陰の努力という奴で、決して光は当たらない。当たるのはそれを糧にして何かを成し遂げた勇者だけなのだ。
勿論、それに激情するのは治癒術師としては紛い物で、鍛錬が足りない所によるものだと吐き捨てられてしまう。
愛未はこういうものだと思っていたが、考えてみれば勇者だけに焦点が合ってしまうのは怒りはするが、喜ぶ事は少ないだろう。
そしてこの現象を生む最大の理由は恐らく固定概念が原因だ。これはそういうものだと位置付けてしまえばそれはもうそれ以上でもそれ以下でも無くなるのだ。
「でも、構いはしないさ。だってあんなにハラハラして、ワクワクしたのは初めての経験だったからね。病気にはなってしまったけれど、あの大切な日々は忘れはしないさ」
まるであの日に遡っているかのように窓の外の真っ青な空を見上げている彼を見て、愛未はもう無意識の内に手を挙げていた。
それに気付き、青空が何気なくどうぞと口を開こうとした時、心臓がドクンと鳴り響いた。目がグッと見開き、手を挙げているか細き少女に見入る。
(何て真っ直ぐな……)
それは昔の彼を彷彿させるような真っ直ぐで、強い意志を持った時に生まれる瞳だ。ただ毅然として青空を見つめるその瞳に、思わず笑みが溢れる。
「何かな……?」
愛未は開こうとした口を一旦すぼめ、何かに迷いながらも言葉を紡ぎ始める。
「勇者って……一体何でしょうか?光に当たること。ただそれだけが勇者の証明なのでしょうか?
それなら私は……勇者になるつもりは毛頭ありません」
「____」
何を言っているんだと、周辺の生徒が騒ぎ出す。眉をひそめる者や、顔をしかめる者、一様にしてその感情は怒りだ。
だが、彼青空だけは違った。愛未と同じ様に毅然として、顔を背けず、表情は無に等しい。
「……君、お名前は何というんだい?」
「五十嵐 愛未といいます」
「愛未さん、と呼んで構わないかな?」
「はい……それで、どうなんでしょうか?勇者とは、どういう存在何でしょうか?」
「そうだね……これまでの学問で学んだきた勇者とは、単に勇ましく在る者。または在ろうとする者。そして、輝かしい成績を後世に残す者の事を指すんだ。
でもね……僕は少し違う考え方をしているんだよ」
「違う考え方……ですか?」
「そう。僕はね、こう考えているんだ。勇者とは“例外を生み出す者”だってね」
ゴクリと、無意識に愛未は生唾を呑んで、次の言葉を待っていた。この人がどの様にしてどう考えているのか、その先を早く知りたいと高鳴る鼓動が脈打つ。
「例えば、諸説あるけど誰にも倒せなかった魔王や化け物を倒す事だったり、全く興味を示さなかった一つの“何か”がその人物だけには興味を示すようになったりとかね。その何かっていうのは、人であったり、妖精であったり、霊であったり様々なものがあるんだ。
そういう例外を生み出す、それこそが勇者を勇者を足らしめる一つの法則だと僕は思うんだ」
それを聞いて矢継ぎ早に、愛未はこうも質問した。
「ならば、その例外を生み出す半ばに死んでしまった勇者は、勇者では無いのでしょうか?」
「ふむ。そうだね。僕の理からすれば、それは勇者じゃない。というより、例外を生み出してない勇者はまず勇者ではなくただの人だ。
でも努力をしてる人をただの人で済ませようとは思っていない。まあ、これは難しい所では有るけどね。結局の所努力は皆しているものだし、それの優劣で何かを決めるというのもおこがましい話さ。
あ、これで大丈夫かな……?」
またしてもやってしまったとばかりな顔をするが、今度は愛未は反応出来た。
「はい。ありがとうございます。もう、大丈夫です」
こうして長い説明をし終えると、時計の針はもう終わりを告げようとしていた。
こんなんでいいものかと後頭部を掻く彼だったが、生徒の皆は充分だったとお礼を言ってお開きとなった。




