配役の心得②
さて、ここでこの勇高の簡単な見取り図を説明しよう。まず、この学校全体の形は四角くなっている。
そしてそれを上から見てもらい、右下に存在するのは正門である。自転車や徒歩通行の生徒達が一番多く往来する門だ。
そこを入ると左手に駐輪場、右手には小洒落た建物が垣間見える。そしてその先には灰色のタイルで敷き詰められた広場が見える。
白くて四角い平べったい椅子のようなもの(以下、豆腐と略)が三つ広場に点在している。大きさは人が10人程座れる位の大きさだ。
その左側には一号館と呼ばれる教育棟が見えている。そこは授業用で主に使われる棟となっており、日々人が往来を繰り返している。
その一号館の奥に存在しているのが、俗にいう職員室という場所だ。受付も併設しており、生徒達が困った場合はここを利用する。
また、職員室の裏手側には学習センターと呼ばれる学習の手伝いや、自習を施す場所となっている。
広場を真っ直ぐ突っ切ると正面には、一階にスーパーと休憩所、二階に食堂が連なっている二号棟が存在している。全面がガラス張りになっているそこは、中の様子が見える様になっている。
その右手側には緩やかな坂があり、そこを抜けると右手側に今年度新設された三号棟が聳えている。白を基調としたそれは、五重の塔のように上に連なった建物となっている。
そして坂を抜けた先にあるのは階段だ。階段を螺旋型に登っていると途中で見えるのが五号館と呼ばれる9階建ての少し古びた建物だ。
そして螺旋型の階段を登りきり、少し歩くと体育館、その左手側には校庭が見える形になっている。
勇高の入学式はこの体育館で行われた。だだっ広い床の上で何百人もいる新入生が顔を上げて壇上を見上げている。
「え〜それでは諸君、改めて入学おめでとうございます。私は校長の浮世 幸太郎と申します。
皆さんとこうしてお目にかかれて非常に光栄です。あまり皆さんとは顔を合わせる事は無いと思いますが、私はこの目に新入生の顔を一人一人焼き付けているので、何かあれば、いつでも相談に乗りますよ?フォッフォッフォ」
あどけないお爺さん、それが校長に対する臆人の第一印象だ。雰囲気が朗らかしていて、空気が明るくなる気がする。
顎に蓄えられた白い顎髭をゆっくり撫りながら、校長__浮世 幸太郎は壇上を降りた。
そして出てきたのはここまで視界をやって来た、恐らく教頭だと思われる人物だ。名前は長谷川 太一。堅物そうなその目つきは、人を寄せ付けないオーラが醸し出されている。
獣のような目だと、臆人は思った。
「これより、新入生の皆さんにはそれぞれ学科毎のクラスに入って貰います。そしてそこで、テストを受けて貰おうと思います」
その瞬間、体育館内にざわつきが起こった。皆、心配そうな顔でキョロキョロ見渡している。その反応に、教頭は舌打ちをマイク音で響かせて、言った。
「グズグズしてないで皆、用意して体育館を出るように。出ると掲示板がありますからそれに沿って教室の中に入るように。席は自由とします。以上」
以上を言い終える前にマイクを口元から離し、さっさと壇上を降りる長谷川教頭。その姿勢に、新入生はひそひそと話し始める。
「ねぇ、取り敢えず外に出ない?」
楓の言葉もあり、二人はさっさと荷物を纏めて体育館を出て行った。二人が最初だった。
側にあった掲示板を見ようとした時、そこに人影が有るのが見えた。
「良い対応だね。嬉しいよ私は」
クスリと笑いながら肩を揺らすのは、先程の教頭だった。異様な空気感を出すこの男は、校長とは真逆で不気味だ。
「私は忙しいからこれで失礼するよ。では」
そう言って満足気に去って行ってしまった。
「何か…不気味ね」
「そうだな。まあ、取り敢えず一旦忘れて、掲示板でも見ようぜ」
気づいて見れば、もう掲示板には人が集まり出している。早くしないと見るのに苦労しそうだ。
臆人と楓は学科が違うので勿論教室は違う。なので、お互い校舎に入るとバラバラに移動を始めた。
臆人の教室は一番最上階の五階だ。エレベーターを使い登って行く。
教室に着くと、ちらほらと人が席に着いていた。臆人も適当な場所に腰を下ろす。
間も無くテストが開始されるのだろう。それが何なのか分からないので、生徒達も不安気だ。勿論、臆人自身もそれは同じだ。
バン!!
勢いよく扉を開き、入って来たのは厳ついスキンヘッドにグラサンといったゴリゴリの黒人SPみたいな人だった。
「席に着きたまーエ諸君」
若干片言な日本語だが、声のトーンは真剣だ。これから銃撃戦でも始まるかの様だ。
「わーしの名前は…ゴホォン、マダムス・J・オメガだ。マダムス教官と呼んでくれ」
(いやそっちぃぃぃぃ!!??マダムスの方なのぉ!?!?オメガ教官でいいじゃん!何でマダムス!?しかも一人称がわーしって!!)
色々ツッコミが必要そうなマダムス教官だが、やはり顔は怖いので、みんなクスリともしない。
「あ、あのぉ…」
「何だいそこのメーン?」
「ぷは…!」
臆人が堪えきれず笑った刹那__
ドンドンドン!!!
「笑う事があるかい?そこのメーン?」
「は…あ、いえ、有りません…」
銃撃が、アレンの頭上と右肩と左肩をすれすれで通り過ぎた為、もう二度と笑わないと臆人は誓った。
「それでユー、質問は?」
「あ、はい…えっと…今からやるテストって何でしょうか?」
その質問で、マダムス教官の表情が和やかに変わった。もしかすると、質問されるのを待っていたのかもしれない。
「今から行うのは、勇者クイズですヨ!」
「勇者クイズです…か?」
「そう!今から皆さんには問題用紙と解答用紙を配布しーまーす!これは十題全て、勇者の問題になります。アーユーオーケー?」
「お、おーけー」
急にラフな感じになったマダムス教官に、質問した生徒はタジタジだ。
「それでは皆さんレッツゴー!」
(いや、レディーゴーだよ!!)
と、内心でツッコミを入れて、配られて来た問題に取り組もうとする。だが、一気にその手は止まった。
質問の内容は以下の通りだ。
1.勇者に必要なものを答えよ。
2.勇者がもつ武器とは何か。代表的なものを答えよ。
3.勇者の髪型を説明せよ。
4.勇者に必要なスキルを答えよ。
5.勇者に必要な人材とは誰か。
6.勇者とは何をするべき人間か答えよ。
7.勇者とは何を倒すべき人間なのか答えよ。
8.勇者とはどういう人物像でなければならないか。
9.勇者の強さはどこから来るものか答えよ。
10. そもそも勇者とは何か。存在意義を自由に記載せよ。
臆人は思い切り、心の奥底で叫んだ。
(な、何じゃこりゃぁぁぁぁぁ!!!)
この問いには一体何なのだろうか。というか、これに答えなど有るのだろうか。勇者とはそれぞれ人柄も偉業も、全てにおいて同じ事は有り得ない。
時代によって戦績は全く異なっているし、中には頭脳優秀でずっと指示役をしていた勇者だっている。
だから、この問題は不適切だ。正解なんて見つかりっこない。そもそも問題が不正解だ。
「言っておくが、これは入学テストのつづーきでもある。それをよく覚悟しておくように。グットラック」
(はぁぁぁ!!ふざけんなよ!!て事はこれで落とされる事があるってのか!?ふざけんなよ!!ふざけんなよ!!)
一気に汗が噴き出して来たのが分かる。手が滑っとして、手汗が紙を歪ませる。でも、それは手汗の所為では無くて、いつの間にか握っていた拳の所為なのかもしれない。
それすらも分からなくなる程、臆人は混乱していた。こんな所でいきなり落ちる訳にはいかない。だって自分は__。
「時間だ」
無残な程に時間ピッタリに、その解答は回収された。臆人はそのままキャリーケースを引き摺り外に出る。キャリーケースの転がる音が、不思議と心に響く。
(何も書けなかった…)
そう、臆人は何も書けなかった。いや、書かなかったと言っても過言ではない。けれど、書こうと思えば書けたのだ。
そんな複雑な心境の中で、臆人は書かないを選んだのだ。
「あんた、何でそんな酷い面してるの?」
「うおぁ!?!?」
急に眼前に現れた黄緑色の瞳に、臆人は驚き、尻餅をついた。その姿を見て、楓は何も言わない。
「立てる…?」
「あ、あぁ…いや、大丈夫」
額を人差し指で掻きながら、もう一方の手で立ち上がる。楓はそれをジッと見つめていた。
「な、何だよ…」
「あんたってさぁ…」
そう言いかけて、楓はそこで口を止めた。そして何かを考えるように唸りを上げて、
「やっぱやめた」
そう言い放ち、スタスタと先に行ってしまった。
「は、はぁ!?何だよ!!教えろよ!!」
「嫌よ」
「気になるだろうよ!!」
「嫌と言ったら嫌」
フンと鼻を鳴らす楓に、これはもう無理だと勘弁した臆人は、
「…わーったよ」
と言って溜め息を吐いた。
「ねぇ、そういえばさ!この勇高にはある建物があるのよ!!知ってる!?ねぇ、知ってる!?」
いきなり表情をケロッと変えて、楓は目を輝かせて臆人に聞いた。
「あー…“酒場”か?」
「何だ、知ってるの?」
「一応調べて来たからな。そういうのがあるのは知ってるよ」
この勇校には、酒場と言われるお店がある。前述した小洒落た建物__そこが酒場である。仲間を集う場所として昔から設立されているとても由緒ある場所だ。因みにお酒は16から飲める。ここの世界での法律だ。
「なら、寮に荷物置いたら早速行かない!?いや、行くわよ!!絶対!!」
「最早強制かよ…ま、良いけどよ」
「その話ぃぃぃぃ乗ったぁぁぁぁぁ!!!」
ダダダダダッと勢いよく駆け寄ってくる足音。二人はギョッと体を硬直させながら後ろを向く。
そこには、一人の人物が立っていた。
「俺の名前は、殺伐 凶。悪役科の一年生だ。宜しくな!!…じゃなくて、俺もその酒場に行くの混ぜてくれよ!!頼むよ!!な!!」
真っ黒い漆黒のような髪色に、少し幼さが残る顔立ち。背は高く、臆人より10センチ程高い。何より衝撃的なのが名前だ。殺伐 凶。縁起が悪過ぎる。
「あ、もしかして凄い名前だなって思っただろ?これは確かに凄い縁起の悪そうな名前だが、気に入ってんだ。何せ、俺の先祖は代々の悪役科でな!!皆名前は縁起が悪いんだ!!」
「先祖代々…悪役科…それって凄い大変そうだな」
「おぉ!!分かってくれるか!!それよかお前さん等の名前は何て言うんだ?教えてくれよ!!」
肩を揺さぶって、凶は、物欲しそうな目で此方を見つめてくる。この純粋な眼差しは、悪役科に向いているのか疑問な所だが。
「私は雪野 楓…」
「楓ちゃんか!分かりやすい!!宜しくな!!そんでそっちは?」
「臆人だよ…」
「おくと…?どう書くんだ?」
凶は眉を潜めて聞いてくる。その一言は臆人の昔の記憶にグサグサと矢を射られているが、表には出さないよう心掛ける。
「…臆病の臆に人だよ」
「臆病の臆に人…そんで何科なの?」
「勇者科…だけど?」
刹那、キョトンとした目の凶が、突然目を細めて、唇をワナワナ震わせて、最後は一気に爆笑した。
「あはははは!!臆病な人で臆人!!しかも勇者科!?あははははは!!お、お腹痛え!!」
「笑うな!!つーか笑い過ぎだろ!!お前の名前も大概だろうが!!」
「いひひひひひひ!!」
凶は地面を笑い転げて、見る人見る人の冷たい視線も気にしない様子だった。
「いやぁー悪い悪い。笑い過ぎたわ!臆人な!姓はなんて言うん?」
「…金条だよ!!文句あるか!!」
「金条ねぇ…って金条ぉぉ!?それってお前…この勇高で一番勇者らしい勇者って讃えられてるあの金条の息子か!?」
「そうだよ!!」
金条 迅。これが父さんの名前だ。父さんも勇高に入り、名を上げてここの39代勇者No.1を獲った男だ。
今はもう、ここには居ないが。
「そうか…それはあんまり深く聞けないな。ていうか、姓が金条で、名前が臆人…ひっちゃかめっちゃかにも程があるわ」
「ほっとけ!!」
この話の類はもう聞き慣れている。だから、特に怒りも何もないが、こんな真っ直ぐ言い切って来た奴は凶が初めてだ。
「まあ、ぶっちゃけそんな事はどうでもいいわ。仲良くしようぜ臆人!!」
「あんなに笑ってた癖に…まあ、良いけどよ」
握手を交わし、そんな二人を見て楓は安心したように溜め息を吐いた。
「そういや楓ちゃんはどこなの?やっぱ女英雄科か?」
「正解!」
「そっかそっか、なら良いカップルだなぁ!!」
「「カップルじゃない!!」」
息ぴったりに声を合わせて、それを全力で否定した。その凄みに、凶は気圧されてその話はやめておこうと悟る。
「まあええわ!それより早く寮に荷物置いて酒場に行って酒飲もうや!!」
「そうね!!早く行きましょう!!臆人も早くしなさい!!」
「…へいへい」
特に寮に居ても暇なだけなので、同意だ。
「じゃあ女子寮はこっちだから!!荷物置いたら直ぐにここに集合よ!!」
「「あいあいさー!」」
こうして凶と臆人は男子寮、楓はそれぞれ女子寮へと向かって行った。
寮は広場を左手側に真っ直ぐ、一号館を抜けた先にある。寮に入る手前だけ赤いレンガが半円形で生徒達を出迎えている。
そこを踏み進み、門扉を潜るとロビーに繋がる。
「うわぁ…綺麗だなぁ…」
ロビーの内装は豪華絢爛の一言に尽きる。赤い絨毯に豪華に照らすシャンデリアは、まるで異国の舞踏館のようだ。
「こんにちは。寮の入室の方達?」
ドアの目の前で止まっていた二人に横から声が掛けられた。
見ると、赤いトレンチコートを着た美人なお姉さんがニコリと微笑んで此方を手招きしているのが見えた。
「は、はい。今日からここを利用するつもりなんですけど…」
「そう。なら、学生証を翳して奥のエレベーターホールに入っていって、そこに管理室があるから、そこで鍵を貰ってね」
ニコリと微笑むお姉さん。受付をやっているだけあって笑顔がとても上手い。
「分かりました」
「さ、早く中に入ろうぜ臆人!!」
「おう」
ロビーの奥には、まるで改札のような仕組みになっており、二人はそれぞれタッチパネルに学生証を翳し、ロビーを抜ける。
その先には自動ドアがあり、そこを抜けて左手側に管理室らしき部屋が有り、そこには一人の女性が眠そうに此方を見ていた。
「お名前は?」
「えっと…殺伐 凶です」
「金条 臆人です」
管理人は大きく欠伸をして、楕円型の黒縁メガネをかけ直すと、後ろにある鍵入れの中から二つの鍵を取り出す。
「はいこれ。あら、二人共連番って偶然ね!ふふっ…行ってらっしゃい」
「あ、あの…お名前を伺っても宜しいですか!?」
「えぇぇぇおいおいおい!?!?」
凶が赤面しながら名前をいきなり聞いたので、臆人も顔を赤くさせながら返答を待つ。
茶色い髪を後ろでポニーテールにしている彼女は、急に肩の力を抜いて笑った。
「私の名前は式場 伊織。覚えておいてね?」
鍵を二つ渡して、管理人である式場伊織は手を振った。
「お前いきなり名前なんか聞くなよ!?こっちが恥ずかしくなるだろう!?」
「いやぁ…美人で可愛らしくて…つい…」
「ついじゃねぇよ!!心臓飛び出るかと思ったわ!!ったく…」
エレベーターが三階で止まり、ドアが開く。真っ直ぐな直線が先まで続いていて、右手側に沢山のドアが付いている。
「それにしても隣の部屋って凄い偶然だな?」
「もしかすると、伊織さんの仕業かもな!!」
そんな話をしつつ、二人はそれぞれの部屋に入り、荷物を置く。
間取りは6畳位だろう。簡易なベットと机が置かれているだけの簡素な造りだ。
「ここが新たな生活の拠点かぁ…」
「うはぁ!!ベット気持ちいいなぁ!!おお!!外が見えるぞぉ!!おぉ!!良い景色だ!!」
隣から煩い声が響くので、しんみりムードが作るに作れない。それにここは三階なので景色は今ひとつ物足りない。
「それでも、良い眺めと言えば良い眺めかもな…」
窓に手を伸ばし、外を見やる。住宅街が所狭しと並ぶこの場所は、臆人にとって掛け替えのない場所になるかもしれない。
陽は沈みかけている。これから酒場に行かなければならない。そろそろ凶がドアを開けて遅いと言ってくるかもしれない。
「さっさと行きますか…」
キャリーケースの整理は後にして、臆人は部屋を出た。
「行くか」
「おう!!」




