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配役の理お断り・旧  作者: ヤマト〆
16/17

配役の心得①⑥

__装置室。


死への絶対的恐怖心が強制帰還の引き金になっていると、長谷川教頭はそう言った。


死への絶対的恐怖とは、則ち“死んだ”と思った瞬間に起きる死への恐怖である。


例えば、崖から落ちた時や大きな化物に頭を食らい付かれそうになった時、それは必然的に訪れる。


確かに長谷川教頭の言う通り、これを引き金にしておけば人が死ぬ事は無いに等しい。


勿論、死ぬという事を考える前に死んでしまったら話は別であるが、この世界で早々起きる事はないだろう。


だがしかし、死というものに恐怖を刻まれたその生徒の精神はほぼ間違い無く瓦解する。


何故ならそれは必ずフラッシュバックするからだ。寝てる時も起きてる時もその時の事が頭を過ぎった瞬間、その生徒はまた死に怯えるだろう。


それが人間の本質である。


「……連れ戻さなければならない!! 今すぐにでも……!!」


大河原理事長は久しい位に焦燥していた。このままではマズイと第六感が疼いている。


長谷川教頭を一発殴る時間も今は惜しい。大河原理事長は、唇を噛み締めながら長谷川教頭の横を通り過ぎようとした。


けれどその時、くつくつと含み笑いが耳を掠めて思わず立ち止まる。


そのまま振り返り、怒りを身に沈めながらも長谷川教頭を睨んだ。


「……何がおかしい……? 私が焦っているのがそんなに面白いかい……?」


気を引き締めていないと、思わず長谷川教頭の首を絞め付けてしまいそうだ。それ位、頭に血が上っている。


一方、長谷川教頭は冷静そうに此方を見る。その顔にはまだ笑みが残っている。


「大河原理事長、貴方はこの学校から出る事は出来ない。それは校長も然りだ」


「……どういう事だい?」


訝しげに大河原理事長は長谷川教頭を見つめる。浮世校長も然りだ。


「頭に血が上って頭の回転が悪くなってませんか先生? この学校の頂点である貴方が居なくなったら誰が指揮を取り、この学校を支えるのですか?」


「ふん、そんなの簡単な話さ。どちらか一方が残れば良い話じゃないか。お前こそそんな事にも頭が回らないのかい?」


先程の屈辱を晴らしてやったと大河原理事長は口元を緩める。けれど、長谷川教頭の表情は未だにやけたままだった。


「おっと失敬。言葉足らずでしたね。ではこう言いましょうか。 誰が体育館に戻ってきた死への恐怖を味わった生徒を労わるのでしょうか? 」


「____!!」


この事を知るのは私達三人しかいない。他の先生方もパニックに陥る。その状況で一人に全責任を押し付けるおつもりですか?」


勝ち誇った顔で此方を見る長谷川教頭の顔がどんどんと歪に見えてくる。この男の本意が読めない。


けれど、長谷川教頭の言っている事も正論だ。確かに、ここを浮世校長一人で受け持つのは無理だ。


浮世校長だから無理なのでは無く、間違い無く一人の人間では手が追えない。


少しの逡巡の後、大河原理事長は一度大きく深呼吸をした。


頭に血が上っているのは知っている。一度呼吸を改めて血を抜かなければこの状況は打破出来ない。


少しずつ、血の気が引いて行くのが分かる。頭もスッキリして、視界がクリアになる。


「私はここに残ろう。校長、取り敢えず今から体育館に急ぐ。治癒術師の準備は整ってるかい?」


「一応は整っております」


「ならこれより生徒の身体は校長が、精神面の部分は私がケアするよ。生徒はいつ帰還してくるか分からないからね。体育館に急ぐよ」


「分かりました」


浮世校長はそう返すと、長谷川教頭を一瞥すらせずに通り過ぎて行く。


「まあ、頑張ってくださ__」


「何を言ってるんだい?お前は私の精神面のケアのバックアップに努めるんだ。

これから体育館には先生方と生徒が沢山集まる。そこに君が居ない、もしくは手を貸さないとなったら何が起こると思う?」


大河原理事長は後ろを振り向き、ニヤリと笑ってそう言った。


この時長谷川教頭は数秒の間で思考を巡らせた。


もし、ここで手伝わない場合のデメリットとは、教師と生徒全員の不信感である。


ここで仮に教師だけならば長谷川教頭は手伝うことはしなかった。ここの人間関係には最初から興味は無い。


けれど生徒に対しては別だ。


いつ才能が開花するか分からない生徒に、しかも一年生である内に長谷川教頭への不信感を抱いてしまっては不都合だ。


「……分かりました行きましょう」


少し悔しい顔をしつつも、浮世校長の後ろをついてくる長谷川教頭に、大河原理事長はしてやったりと口元を緩めて体育館へと足を運んで行く。


その道中で、忙しなく往来する教師達の姿が見えて大河原理事長は直感した。


「走るよ!!もう生徒達は来ている!!」


「そのようですね!!」


「…………」


三人は駆け足で体育館の玄関口に急ぎ、靴を履き替えることもせずに横開きになっている青サビ色の扉を一気に横に開いた。


「あぁぁぁぁぁ!!!!食われる!!食われるぅぅ!!!!」


「何かが……私を潰して……私は……私は……!!」


「いきなり地面がパックリ割れて……呑み込まれて……体が……体が……」


この青サビ色の扉は防音効果があったので入るまで気付かなかったが、体育館の中は阿鼻叫喚だった。


慌てふためき、震え、泣き喚き、泡を吹いて失神している生徒の姿もある。


「……なんて事だ。今すぐ治療に取り掛かるよ!!」


「はい!!」


「あ、あぁ……」


その時の長谷川教頭の声には狼狽が入っていたことを大河原理事長は聞き逃さなかった。


おそらく、ここまでの状態に生徒が陥ることを危惧していなかったのだろう。


「行くよ教頭!!狼狽えてるんじゃないよ!!」


「あぁ……あ、おい待て私は狼狽えてない!」


そう否定する長谷川教頭の声は弱々しい。大河原理事長は特に返答する事もなく間近な生徒に近づいていった。


「くっ……これ程とは確かに驚いたが……これが真の恐怖……か」


この現場を見て、彼の内から出てくるその言葉を、思わず呟いた。


「__素晴らしい」


当てもなく小さく呟いた言葉は、有象無象に流れる叫びの中に消えて行った。




***




遺跡に入った四人がまず最初に驚いた事は、四人全員が入った瞬間に、まるで歓迎するかのように、道の両脇の壁に、等間隔で張り付いている蝋燭が一斉に灯った事である。


四人は慄きながらも、その蝋燭の火の灯りを頼りに前に進んで行く。


進めば進むほど下に、帰る事の出来ない奈落の底に向かってる気がして愛未は時々ゾワっとするが、深く考えないようにしてひたすら降りて行った。


降りて行く時に、折々横道や重厚な扉を発見したが、そこには一切目もくれない。不用意に何かしたら仕掛けが発動して事が起こりそうだからである。


「……それにしても、静か過ぎないかしら? もっとこう、蝙蝠とか虫の類とかいるものじゃないの?」


楓は両手で全身を抱きながら、キョロキョロと周りの様子を伺っている。


「確かに……私の探索は生物探知までは出来ないので分かりませんが、不思議ですね」


「ま、まぁ居なければいないでこっちは助かるな。なぁ宍戸?」


「そうだね……僕は昔から虫は少し苦手なんだ。特に蜘蛛の類とかね」


「おいフラグ立てんな!!」


こういういかにもな言い合いをしても、特に虫どころか蜘蛛一匹すら出てこない。


「取り敢えず先に進みましょう。もう少し進めばゴール__」


その時、ゴゴゴゴゴッと地響きが鳴った。


「何!?地震!?」


「皆さん何処かしらに捕まって下さい!!揺れます!!」


その直後に起きた激しい縦揺れ。四人は幸い身を屈めて何処かしらに手を突いていたので、特に怪我をする事は無かった。


「大丈夫ですか……?」


「何とかね。それより何でこんな所で地震に出会すのよついてない__」


そこで楓は言葉を止めた。そして気付いたように四人が目指す先を指差した。


「あれじゃない?ゴール!!」


愛未はその言葉に度肝を抜かれて、後ろを振り返る。


ここから約五十メートル位離れた先に、青白い扉があった。


愛未を除いた三人も、歓喜の声を上げる。


「よっしゃぁ!!俺が開けて来てやるぜ!!待ってろよ!!」


「ちょっと待って下さい……!!」


「大丈夫!!探索は終わったんだろ!!なら俺が開けて来て臆人達の罠を確かめて来てやるぜ!!」


張り切った様子で凶は階段を一気に駆け下りて行く。


「凶さん!!待って!!」


「良いじゃない?だってあれがゴールなんでしょ?」


楓が不思議そうに愛未にそう質問した。


「……確かにゴールはあれかもしれません。けれど……嫌な予感がするんです」


「嫌な予感……」


その言葉の本意が分からず、楓はふと凶の様子を見た。凶は、ドアをもう開けていた。


けれど中には入らずに、立ち尽くしたまま中の様子を見つめている。


「凶!!なんかあった!?」


楓が大声で呼んでも凶はピクリとも反応しなかった。それ位、何かに囚われている。


「うん……?どうしたのかしら?」


「僕が見てくるよ。レディーはそこで待っているといい」


宍戸が颯爽と凶の元に行こうと足を一歩前に出した時、ある事が起こった。


ぬいっと、真っ黒く悍ましい極太の手が凶を掴んでひゅっと奥に引っ込んだのだ。


「え……?」


三人は息をピッタリに合わせてそう言葉を漏らした。


そして三人は同時に確信した。


あの扉の先には何かが居るのだと。


「あんた、見て来なさいよ……」


楓は宍戸の一歩踏み出した足を一瞥して、宍戸の顔を見た。宍戸の顔は引きつっている。


「え、僕かい? い、いやぁ……ちょっと今足が攣っちゃって……」


「……私が見て来ます」


宍戸の説得力のない言い訳を聞き流して、愛未はズンズンと階段を降りて行った。


後四十。


後三十。


後二十。


十。


九。


八。


七__。


「あぁぁぁぁぁ!!!!」


凶の叫びが聞こえた瞬間、愛未は一気に駆け出していた。


扉はもう開かれている。


愛未は勢いをつけすぎてつんのめりになりながらも扉を潜った。


そして顔を上げて、その先の光景をしかと見た。


まず、それは人間の姿を象っている。


丸っこい頭が有り、手足が存在しているが、顔のパーツは目と口しか存在していない。


目といっても、まず目玉が一つしか存在していない。しかもその目玉の位置は顔のど真ん中で、目玉だけで顔の大部分は覆われている。


口は顔の輪郭に沿って半円形に伸びており、時折覗かせる氷柱のような鋭利な歯がぎらりと光る。


そして体の表面は蒼色の鱗のような皮膚で覆われていて、まるで魚のそれに近い。


腕と脚はまるで大木のように太く、蹴りや殴打を食らった瞬間粉々に吹き飛びそうだ。


右手に棍棒を持ち、もう片方の手は__。


「そんな……まさか……」


その化け物の手には何も握られていなかった。そして周りに人の気配は無い。


これの意味する所は恐らく__食われたのだ。


「いや……いやぁぁぁぁ!!」


「オァァァァァァァ!!!!!!!!」


醜悪な雄叫びを上げて、その化け物は片手に持った棍棒を一気に振り上げた。


逃げるなんて考えは一切浮かばない。


ただ目の前の事象を目に焼き付けて、死んでいくだけだと直感した。


(神様……どうかどうかあの二人だけは生き延びますように……!!)


必死に願っている最中、視界の端で何かが点滅しているのが分かった。


(これは……強制帰還シール!!)


目を見開いて、愛未は全てを悟った。


凶は死んだ訳じゃない。死への恐怖で帰還しただけだ。


何故その事が忘却の彼方にあったのかと思うほど、先程強い嫌悪感を抱いていた筈なのに。


(私もここで……)


「せやぁぁぁぁぁ!!!!!」


ズドンと、何かが背中から衝突して身体が吹っ飛んだ。そして続く破砕音と突風。


「きゃあ!!」


愛未は地面に体を打ち付けて、激しく咳き込んだ。何が何だか訳が分からない。


「あんた馬鹿じゃないの!?死ぬつもりなの!?」


「あ……」


そして気付かなかった。楓が愛未の為に飛び込んで、愛未を救ってくれたのだということに。


「というより凶はどこよ!? あんた知ってるのよね!?」


「__はい」


「どこにいんのよ!? 隠れてるの!?」


楓の目は真剣に、凶の事を心配していた。だから、嘘をつくことは出来なかった。


「いえ……彼は恐らく体育館に帰還しました」


「体育館に……? まさか大怪我して!?」


「いえ……これも恐らくですが彼は一切怪我をしてないでしょう」


「どういう事……?」


「説明は後です。とにかく今はここを投げ出して__」


その時、扉を恐る恐る宍戸が入って来るのが見えた。


きっと勇気を振り絞って入って来たのだろう。足が震えている。呼吸が荒く、半泣き状態だ。


けれどそれは、最後の希望が終わった瞬間でもあった。


ガガガガガガガ!!!!ドゴン!!!



それまで開いていた扉が突然音を立てて勝手に閉まり始めた。


宍戸は今なら戻れたものの、驚きと竦んだ足も相まって戻ることはしなかった。


そして扉は封鎖された。













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