配役の心得①⑤
大河原冬香はある所に閉じこもって何かをカタカタと弄っていた。
そこは部屋を明るくする電気類の器具は存在せず、暗闇に包まれていた。
唯一の光源は中央に大きく聳え立つタワーのような大掛かりな装置である。
無数の部品が組み合わさった厳めしい筒状のそれは、大きく垂直に天井まで伸びている。
そして、その側面部分にこの機械を動かすコンソールが設置されている。
そのキーボードを無心に打ち付けてモニターと睨み合いをしている事約半日が経過した。
未だ大河原冬香の試みは報われていない。
彼女が行なっているのは、安全防護策として用意されていた緊急帰還装置を使って生徒達を全員体育館に連れ戻す事だ。
一度も使われる事の無かったこの部屋が正常に動いている事が分かった時は安堵したが、それも束の間事で、どうやら電波妨害により緊急帰還装置が上手く作動しないのだ。
その原因は恐らくすり替えられたクエスト用紙に電波妨害の策が施されている事に間違いない。
それを上手く回避する策を延々と試行錯誤しながら繰り返しているが、帰還装置の作動は愚か糸口さえも掴めない。
モニターと何時間も睨み合いをして疲れた眉間を手でほぐしていると、突然背後の自動ドアが開く。
「大丈夫ですかな冬香理事長?一度休憩なされては?半日もここでモニターと睨み合ってたらお体が悪くなりますよ?」
「生まれてこの方風邪を引いたことが無くてね。体だけは丈夫なんだよ私は。
校長こそお体は大丈夫ですか?弱いんですから早くお休みになってはどうですか?」
大河原理事長は椅子を半回転させて、声の主である浮世校長と目を合わせた。
浮世校長は、体育館に呼び戻された生徒達の手当てをする為に各地を転々として薬草や信頼出来る治癒術師を探し回っている。
浮世校長も大河原理事長も目の下に隈が出来ている事を互いに認めて笑い合った。
「……それにしても、緊急帰還装置の実態を知っている事やそれに伴い電波妨害をしているとは……奴は一体何を考えているんだ」
「恐らく真の勇者を作る為だろうね。襲い掛かる難敵に対してどう立ち向かい、どう戦っていくのか……それを見るための策だよ」
「そう、それだよ大河原理事長。分かってるじゃないか」
突然誰かが話に割り込んで来て、二人はドアの方に目をやる。そこにはイヒヒヒヒと奇妙に笑う長谷川教頭の姿があった。
「長谷川教頭……」
いつも通り陰険そうに目を細めて、口元を妖しくニヤけさせている。気味が悪いと、大河原理事長は長谷川教頭を見ていつもそう思っていた。
そして今日はその顔を一段と歪ませて、ドアの横の壁に足を組んで体を預けていた。
「わざわざ顔を出しに来て何しに来たんだい?私達を笑いにでも来たのかい?」
「ご冗談を。いやね、どうして直接私に言いに来ないのかと心配でやって来たんですよ。
だって犯人が分かってるのに犯人そっちのけで事件を解決しようとするんですから犯人もびっくりですよ。
これが推理物だったら批判殺到ですよ?」
いつも通りのニヤケ顔で、二人の前でぺらぺらと捲し立てる長谷川教頭に嫌気が刺して、思わず舌打ちする。
「どうしたんですか理事長?そんな舌打ちなんてして怖いですなぁ。犯人探しの手伝いなら私も一緒に手伝いますよ?
まあ、特定出来ればの話ですがね」
相変わらず物言いが陰気臭い奴だと、大河原理事長は目を細めて長谷川教頭を見やる。
「ここでお前を辞任させれればどんなに良いことか。それよりさっさと出て行きな。お前の顔なんて見たくもない」
「そうですか。では私はこれにて失礼しましょうかね」
どうやら本当にここに来た理由は、二人に対して陰鬱になりそうな愚痴を溢しに来ただけらしい。
そんな彼の足取りを見向きもせず、大河原はクルリと椅子を回した。
すると、何やら長谷川教頭が足音を止めた事に気付く。そして思い出したかのようにそうだと呟くと、首を反転させ、此方を見た。
「あのシールですけどね。ダメージを受けた以外にも強制的に帰還するように仕組まれているんですよ?
何か分かります?」
「__さぁね。何だい教えくれるのかい?」
「ん〜まあ、最初の脱落者達が転移されて来たら分かるかもしれませんし、これは秘密にしておきましょう」
なら言うな、とツッコミたくなるがここは黙るのが正解だと思い口を噤む。
「ふん。面白くないお方だ。ではこれで__」
「なぁ長谷川。一つ良いか?」
「うん?」
本当に帰ろうと部屋から一歩出た時に、今まで黙秘していた浮世校長が口を出した。
「まぁ、私に答えられるならば答えますよ」
「そうか……ならお前は生徒達の事をどう思っているんだ?玩具だと思ってるのか?」
「……なるほど。難しいですが答えましょう」
体を半回転させて、校長と向き直る。対峙した二人には、否応無しに険しい雰囲気が立ち込める。
「彼等は例えるなら研磨されていない原石なんですよ。それを掘り起こすのが私達教師の務めだと考えています。これは大丈夫ですか?」
「……あぁ」
浮世校長はただそれだけ返答した。
「そして原石を磨き上げるには試練に立ち向かってもらうしかありません。
これも大丈夫ですか?」
「続けろ」
まるで挑発するように言葉を切って問い掛けてくる長谷川教頭に対して特に怒る様子もなく短く返す。
その言葉に満足した様子の長谷川は、言葉を続けた。
「そしてこの磨き上げ__研磨はやはり試練しかないと私は考えます。
そしてその試練は、敗北感と恐怖心を強く埋め込む程のもので無くてはならないんですよ。
強くなりたい、強くあろうとしたい。まぁ以前強くあろうとし過ぎて精神崩壊し自殺した生徒が居ましたが、それは真の勇者では無かったという証拠でもあるのです。
故に私は探しているのです。この世界に大いなる存在となる勇者を。そして私は考えたのです。
この学校での始まりのクエストで勝てない強敵にぶつかったら一体どうなるのかを。
全ては、真の勇者を探す為です」
「真の勇者を探す為なら他の者は死んでもいいと?」
「とんでもない!だから私はあのシールを開発したんですよ?
死というものはあらゆる希望を全て根こそぎ奪っていく魔物のような物ですからね。
まぁ、死というものに出会した時点でそいつは真の勇者では無いのだと思いますけどね」
これは歪んだ思想である、と浮世校長は断言出来ない。
何せ、この学校創設の時に掲げたスローガンは真の勇者育成だからだ。
手法は間違ってるにしろ、考え方は同じである。
けれど、このやり方が非人道的である事には変わりない。
「もし、一撃で死ぬほどのダメージを受けたらどうする?その生徒はこの学校ではなく輪廻の果てに還っていくだろう。
それがまかり通ると思っているのか?」
「そうですね。ここで死んだらそれは真の勇者では無い事を意味しますが、この学校で死者が一人でも出ればたちまち評判が悪くなり学校が潰れてしまう。
だから、そのためのもう一つの機能って事ですよ」
真の勇者は死なないと考えて不敵に笑う長谷川教頭に、ギュッと拳を握り締めて浮世校長は怒りを露わにした。
「教えろ!!一体それは何だ!!」
「やっと感情的になって来ましたね。満足したのでお教えしましょう。それは____」
***
半円形状謂わばドーム型のそれが、このコボルト遺跡の外観である。
四人が少し歩いただけでそれは直ぐに見つかった。
その遺跡を囲って守護するように立ち並ぶサバレタ柱は、所々欠け落ちながらも荘厳にそこに連なっていた。
「これがコボルト遺跡ね……というか意外と小さいわねこれ? あたし的に宮殿みたいなの想像してたんだけど……」
「きっと地下へと続いてるんじゃないかな?あのドームは単なる入口に過ぎないよ」
「なるほどねぇ……流石物知り伯爵」
ボソッと何気なく呟いた楓の一言に、宍戸はぐりんと首を反転させた。
「何だいその名前!?いつ付けたんだい!?」
「今よ。あたしのネーミングセンス完璧でしょ?」
ふふんと自慢気に鼻を鳴らす楓に、宍戸は開いた方が塞がらない。
「いや、普通でいいよ?」
「なら俺が伯爵の名を受け継ぐ!!」
宍戸の丁重なお断りに対して輝かせた目を向けて凶が名を欲しがる。
「ダメよ! あんたは臆病者の家臣」
「ぐはっ! 臆病者……」
凶は家臣という言葉より臆病者の方がショックらしく、地に手をついてどんよりした空気を孕ませて凹んでいる。
「と、取り敢えず早く行きましょうか……」
成り行きを見守っていた愛未が苦笑しながら遺跡へと進んで行く。それに気付いた凶がどんより空気を吹き飛ばし、此方へすっ飛んでくる。
「俺が一番に入る!!」
はしゃぐ子供のようにダイブする形で遺跡の入口に入ろうとした所で、襟元をグイッと掴まれて強い力で引き戻される。
「な、何すんだよ愛未! ひでー奴だな!? ……まさかそんなに一番に入りたいのか!?」
「違いますよ! 遺跡に入るためには色々準備が必要なんです! 遺跡は危険が沢山あるんですから!」
「くっそぉ……」
それでもぶつくさ文句を言う凶の事は取り敢えず放っておいて、愛未は入口に立つ。
そのまま両手を前に突き出し目を瞑る。視界が暗転して、意識が両手に集中していく。
「探索……開始!!」
両手がフワリと光り、眩い光が構成されていく。
そしてそれが両手を丸め込む位の大きさになった後、生き物のように動き始める。
「これってまさか……スキル?」
「どうやらそのようだね……スキルには物凄い集中力が必要な筈だ。くれぐれも騒ぎたてないようにね凶君」
「お、おぅ……」
凶は普通に返事をした後、マジマジと愛未の手に宿る光を見つめていた。
すると光は急に生き物のように動き始めて、遺跡の中ににゅるにゅると蛇のように入っていった。
三人はその過程を終始無言で見守る。
そこから数分後、愛未はパチリと目を開ける。すると光は、空気に溶けて煙のように儚く消えた。
「ふぅ……」
そして愛未は一息吐くと、後ろを振り返る。そこには三人がマジマジと息を張り詰めて此方を見つめていた。
「もう終わったんで大丈夫ですよ……?」
するとその空気を一気に破り捨てたのはやはり凶である。
「うおぉ!!凄え!!何だ今の!?」
まるで宝石でも見たかのようにキラキラと興味津々な凶に、愛未は苦笑する。
「これはスキルです。能力の名前は探索と言って、小さい頃に具現化しました。
その様子だと、凶さんはまだみたいですね」
「スキル……? 具現化……?」
「スキルは個々に備わった特殊能力。具現化はその名の通りスキルを使う事だよ。 まあ、スキル自体はそんなに珍しく無いけど、この歳で普通に扱ってるってのは珍しいかな」
説明を入れたのは宍戸である。
「なるほど……良いなぁ……どうやったら使えるんだ?」
「これが具現化するのに法則みたいな物は一切無い。出る人には出るし、出ない人には出ない。
力や魔力量にも左右されないからね。強いて言うなら運が良い人は手に出来るよ」
「愛未ちゃん運が良いんだな!!」
「いえ……只の偶然ですよ。それより__」
愛未は謙遜するように首を振った後、言葉を続けようとして__止めた。
「どうしたの?」
「いえ……何でもありません。私の勘違いだと思うので」
薄ら笑いを浮かべた後、話を転換させるかのようにこの遺跡の内部情報について話し始めた。
「この遺跡はとてもシンプルな構造をしています。 そうですね……蟻の巣を想像して貰えば良いかなと思います」
「蟻の巣……?」
「はい。この遺跡は真っ直ぐ階段のみ降りるならばそのまま最下層に行く事が出来ます。 そしてその階段を降りている間に幾つも部屋や脇道が存在します。
けれど迷う必要はありません。 何せ最下層に恐らく臆人さん達はいる筈ですから……それとあの薬草も」
「なるほど……入るのが冒険者じゃない限りは、ただ最下層に行って薬草を取れば済む話か。 学校側も良いクエストを選ぶじゃないか」
宍戸は感心したように頷くが、愛未の顔は心配のそれが消えず、寧ろどんどんと色濃くなって来ている。
「愛未大丈夫?顔色悪いわよ?」
「あはははは……スキルを使うとこうなるんですよ。気にしないで下さい」
愛未は楓の心配を受け入れつつも、探られないように言葉で牽制した。スキルにそんな副作用は無い。
楓もそれを知ってか知らずか、モヤモヤした顔で此方を見つめている。
「本当に大丈夫?少し休んでから行く?」
「大丈夫です気にしないでください。それでは慎重に行きましょう。皆さん付いてきて下さい」
愛未は逃げるように暗い遺跡の中へと入って行った。
楓は未だ納得したような顔では無かったが、これ以上詮索しても無駄だと判断したのか、取り敢えず愛未に続き中に入る。
そしてその後に凶、宍戸と入り四人は暗闇の中へと足を踏み入れた。
先頭を歩く愛未の心臓はやけに強く鼓動を続けている。これは、暗闇に対する恐怖ではない。
(一体何の目的でこんな……)
愛未のスキル探索は、平たく言えば情報をらし収集する能力である。
これを使い愛未はこの遺跡に対する情報を読み取り、三人に説明した。
その時、愛未はある物に対しても探索を行なっていた。
それは__強制帰還シールである。
勿論何の意図は無い。ただ物のついでに調べただけだ。
けれど、その情報を読み取った時、血の気が引いた。
この強制帰還シールには二つの力がある。
一つは、説明を受けていた、一定ダメージ量を受けると強制帰還する力。これに対して特に言う事はない。
けれどもう一つ、先程とは違った条件で強制帰還する力が備わっている。
その条件とは__死への絶対的恐怖心である。
愛未はこれを、もし万が一大事故が起きた場合の緊急的措置だと考えている。
要は、一瞬で致死量のダメージ量を受けた場合のことを考えて付けられた措置。
けれどそれを何故あの体育館で説明しなかったのか、忘れていたのかはたまた言えない何かがあったのか。
愛未は額から薄っすらと冷や汗が滲んで来ているのが分かった。
何やら途轍もない嫌な予感が全身を襲うのだ。
(これが……これが何でもない只の勘違いでありますように……)
祈るように、彼女は歩を進めて行く。
来たるべき時は刻一刻と迫っている。




