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配役の理お断り・旧  作者: ヤマト〆
11/17

配役論の心得①①

黄金の金に、条約の条で金条。それが、臆人に与えられた名字である。


臆人が中学生に入るまでの間は、それは臆人自身にとってとても価値のある名字だった。


どこに行っても持て囃され、何をしても歓喜が上がるような、そんな偉大な力を持ったものだと思っていた。


臆人はこの名字が自分の何よりも誇れるものであり、大切なものであった。母親にも父親にも__そして母に宿った小さな命にも、胸を張れる唯一の代物だった。


けれどそれは、中学一年生の時に無残にも崩壊したのだ。ガラガラと、まるで内側から爆弾で弾け飛ばされたみたいに消し飛んでしまった。


そして浴びされたのは多大なる哀憐と嘲笑。結局の所、本心では臆人の事を軽んじていて、興味など無かったのだ。


否。興味はあったのかもしれない。けれどそれは父親である金条 迅という人間の息子に対する興味であり、金条 臆人に対する興味では無い事を、遅れながらに知ったのは、中学二年生の春。


そして不幸は折り重なり、母親に宿った新たな命は、流産という形を取って息を引き取った。


その時の母親の顔は今でも忘れられない。残念であり、それでいて意を決したような顔付きだった。


こんなにも胸がぎゅっと苦しくなったのは、いつ以来だろうと、臆人は病室の母親の隣で思った。不幸とは何故こんなにも続き、苦しませるものなのかと、臆人は中学二年生の時心底自分という人間を恨んだ。


臆人が臆人自身を恨んだのには特に理由は無い。ただ、恨む人間が存在しなかったのだ。父親はこの世から去り、芽吹いた命は外気を吸うこともなく死んでいった。


その運命こそ、臆人自身が引き起こした呪いなのではないかと思ったのだ。ちっぽけで、ただ垂れてくる甘い蜜を吸うことしかしなかった自分の生き方に、神様が罰を与えたのではないかと考え込んだ。


だから臆人は父親の背を追い掛けるのを止めた。そしていつしか芽生えた悪意ある自分を目覚めさせ、悪役(ヒール)という道を進む事を決意したのは中学二年生の冬辺りだ。


密かに、着々と募るその思いを一気に押し込まれたのが母親金条 桃子の存在だった。


桃子は、陰口を物ともせずに臆人をここまで育てあげてくれたその事にとても感謝している。言葉にする事は、後何年か先にするとして、桃子の気持ちは裏切れない。


「いつしかお父さんみたいに立派な勇者(ヒーロー)になりなさい。それが私の願い。それ以外何も要らないわ……あ、でも出来れば億万長者になって欲しいわね!その為に億万長者の億を付けたんだから!」


純粋と不純が混ざり合った願いになってはいるが、桃子の気持ちは本当のものだろう。それにしても、いつになったら億万長者の億ではなく、臆病の臆が付いている事に気付くのだろうか。


まあ、それに対して愚痴を溢すのも後回しでいい。それより、たった一人の息子に託された桃子の願いは、受け取らなければならない。


だからこそ中学三年生になって、勇者育成高等学校勇者(ヒーロー)科を進路目標とし、勉強してこの学校に入ったのだ。


けれどそれは、ある意味で逃亡というものだったのがしれない。母親の言いなりになり、臆人は勇者にならなければならないというレッテルを貼り、これで良いのだと言い聞かせ、どうにかここまで歩いてきた。


けれど、悪役論という悪役の為の授業を受けている内に、ある感情が芽生えてきた。


それは、レッテルを貼るというレッテルを貼っているのではないか、という事だ。


勇者になるという自分から逃亡して悪役になる、それこそが逃亡への道だったと、臆人はそんな事を思った。


分からない。どちらが正解なのか分からない。勇者として生きていく自分が正しいのか、はたまた悪役として生きる自分が正しいのか。


思考は泥沼化して、淀んで、やがてそれは臆人自身に降りかかっていく。


これは罰か。甘い蜜を吸い続けた自分に対する神の戒めか。


どうすればこの言い様のない思考の渦から抜け出せるのだろう。誰がこれに正解を出すのだろう。


誰か教えて欲しい。


助けて欲しい。


助けてくれ。


助けて。


助け。


て。



__________。




「……ろ!!」


「まさ……んでる!?」


「……な……しょう!!馬鹿な事……さっさと起こしなさい!!」


「ったく気が荒いお嬢様だなぁ……お〜い起きろぉ臆人ぉ〜朝だゾォ〜さん!!」


「しょうもな……」


「そんな冷たい目で見られると……照れるぅぐふぅぁあぁぁ!?!?」


「ごはぁ!?」


この流れで察しの良い方ならどういう風に場面が転がっていったかお分かりだろう。


口論する楓と凶が居て、凶が変な事を口走り、殴られ、その勢いで臆人の上にのし掛かったという次第である。


「「あ、起きた!!」」


「あたりめぇだろ!!起きるに決まってぇぇ……!」


臆人はのし掛かられてない上半身を起こして罵倒しようとしたが、せり上がってきた頭痛に言葉をすぼめる。


「臆人二日酔い?だらしないわねあんなもんで!」


「るっせぇなぁ……つかお前ら何しに来たんだよ。人間観察なら他でやってくれ」


頭を片手で支えながら息も絶え絶えで二人にそう言ってしっしっと手を上下に振る。


「つれねぇなぁ臆人!折角俺がウコンの技買って来たってのによぉ」


「いや、あれこうなる前に飲む奴だからな!今飲んでも対して変わんねぇぇってぇ!この野郎病人を突っ込ませるなよ……」


「あ、そうなの?悪りぃ悪りぃ」


忌々しく臆人は凶を見るが、イヒヒヒヒと笑って反省の色は無い。もしくはわざとやっているかだ。覚えとけよ、と臆人はこの場面を胸に刻み込む。


その時、楓がふと溜息を吐いた。


「しょうがないから私が料理を作ってあげるわ。何か食べたいものはある?」


「食欲ゼロ」


「じゃあ掃除とか洗濯……」


「最近したから要らん」


「じゃあ何かして欲しい事……」


「帰れ」


ブチッと、何かが切れた音がした。


「お〜く〜と〜く〜ん?」


「あ……やべぇスイッチ入っちまった」


バキバキと指の関節を鳴らし、此方に近寄ってくる楓の背後にはメラメラと炎が揺らめいている。そして、笑顔ではあるが作り笑顔だと一瞬で分かる固い笑顔は、臆人に昔を想起させる。


小さい頃、この笑顔が作り笑顔だと分からず散々打ちのめされたのは、嫌な思い出の中の一つだ。


ベットの真横に毅然と立ち、臆人と凶の背筋を一気に凍らせる。目が、笑っていない。


「この腐れアホがぁぁぁぁ!!言わせておけばぁぁ!!鉄槌よ鉄槌ぃぃ!!!立場を弁えなさぁぁい!!!」


ドカン!バキ!ドゴッ!ズドン!


ヤンキーも驚きの重低音が幾多も響き渡り、それは臆人と凶の呻き声と一緒に空に放り出された。


「うごほぉ……何で俺まで……」


「俺なんて……病人……二日酔いだけど……」


ベッドに正座させられ、頭に大きなタンコブを抱え込みながら、二人は盛大に溜息を吐く。


一方楓は飄々としながら手をパンパンと叩くと、キッチンの方へと向かう。


「何か作んの?」


「そーねぇ。お粥にしましょうか!いつでも食べれるしね!良いでしょ?」


「そりゃまあ良いけど……金とか取らない?」


「私そんな悪魔じゃないわよ!?」


訝しげに見つめる臆人に、楓はツッコミを入れながらも器用に下ごしらえを進めていく。


手慣れた様子に臆人と凶は、ほぉ、と感嘆する。味の期待をしても大丈夫そうだと、臆人は内心ホッとする。


料理が全く出来ない特殊能力があったらどうしようかと少し怯えていたなんて口にしたらまたしてもゲンコツを振り下ろされるに決まっている。


「私のお手製料理が食べられるなんて感謝する事ね。下手したら二度と味わえないかもしれないんだから」


「流石楓ちゃん!やる事なす事全部クールビューティだね!流石臆人の妻になる女性だ!」


ガッシャーン!!!


皿が割れる音が響き、楓がドシンドシンと足音を軋ませながらこっちに向かって__正確には凶に__きた。


「何か言ったかしら……?」


「あ、いえ……何も」


まるで獣のような目つきで睨まれ、凶は言葉を掠れさせながら首を左右に振った。何やってるんだか、と臆人は楓をちらりと見る。


楓は、いつの間にか白いエプロンを着ていた。おまけに白いコックハットも着ているので、若い新人料理人みたいな風格が漂っている。


「似合ってんなその格好。わざわざ持ってきたのか?」


「あ……!こ、これは……まあ、その、料理をするに当たってのキチンとした服装だから仕方なくね!!

似合ってるとか似合って無いとかどうでも良いのよ!」


「要するに料理作る気満々だったって事か。まあ、取り敢えず出来たら呼んでくれ」


臆人は楓が顔を朱色に染めながら反論していることに気づく様子もなく、ベッドに横たわって寝る姿勢になってしまった。



そんな臆人にやるせない気持ちを抱きながらも、楓はキッチンに戻っていく。一応、行く前にニヤニヤした凶に二個目のゲンコツも作っておいたが。


「さて、これでよし、と」


お粥が出来上がり、楓は満足した様子でテーブル席へと持って行く。そこにはいつの間にか起きた臆人と凶が今か今かとナイフとフォークを持って待ち構えている。


「そんなに構えてたら疲れるわよ?ていうか、お粥にナイフとフォークでも使うつもり…?」


「いや、これはあくまでもそう魅せる為のスタイルであって、本当はスプーンで食べんだよ。分かってねーな」


「そんな変なこだわり分かる訳無いでしょ……とにかくさっさと食べなさい。残さずに、ね?」


「「イエス、マム」」


「宜しい」



こうしてお粥を平らげて、臆人はお腹をポンポン叩きながら一息着いた。凶は食い過ぎたとか言って床に寝そべっている。


いつの間にか沸かされていた食後のお茶を飲みつつ、楓はハッと気付いたように言った。


「あんた昨日どうしたのよ?ずっとボーッとして、挙げ句の果てに飲み過ぎて倒れるなんて……なんかあったの?」


今気付いたかのように楓は言ったきたが、恐らくこの二人が臆人の家に来たのはこれを聞く為だろう。


そのためにどんだけ迂回してるんだという話だが、心遣いだけは素直に嬉しかった。まあ、迂回し過ぎて凶は隣で寝てしまってはいるけれど。


「あぁ……何つーかさ、自分の進む道について色々考える所があってな。それでボーッとしながら飲んでたらついあんなに……」


「ふ〜ん……良かった」


楓はホッとしたようにそう呟いた。臆人には聞こえないように小声なので、案の定臆人は未だ苦笑いをしている。


「ぐぉ〜……むにゃむにゃ……楓ちゃんが気にしてたのは……ぐぉ〜……女性関係に問題がふぁぁぁあ!!!」


「あんた起きてたのね!?それ以上言ったらぶん殴るわよ!?」


「いや、もう既にぶん殴ってる……がくっ」


寝てない事がバレて、お腹辺りに垂直に穿たれた鉄拳は、凶の魂を根こそぎ刈り取っていった。


けれど、凶の顔は清々しい程、してやったり顔に満ち溢れていたのには、理解が及ばなかった。


一体何をやっているのかと凶を哀れんだ後、ふと楓を見ると、コックハットから覗かせている顔が蛸のように真っ赤だった。


「どしたの……?」


「い、いや……もしかしてさっきの凶の聞いてたかなって……」


「凶の?あ、あぁ……女性関係がどうのこうのって奴?」


「ま、まぁそうね。も、もしかしてあったりするの……?」


瞬間臆人はキョトンとした表情で固まった。何を言ってるのかと言った表情だ。


「ある訳ねーだろそんなの?つかよ、まず俺は自分の進路に手一杯なんだってさっき言ったろ?

聞いてなかったのか?」


「あ、あぁそうね。進路ね……え、悪役の道に進むんじゃないの!?」


「だからそれを悩んでるんだって言ってんだこのバカ!アホ!マヌケ!」


「何よそこまで言わなくたっていいじゃない!一緒に悩んであげようとしてるのに!このアンポンタン!」


急に喧嘩が始まった時、臆人はふと思った。


「あれ、頭痛が治ってる……いつの間に治ったんだ?」


頭痛が治ってる事に気付き、不思議そうにしていると、楓はふふんと胸を張って笑う。


「私のお陰ね!感謝してね!」


「あぁ。感謝するわありがとう」


「え、えぇ……そ、それはどういた……し、って何で感謝するのよ!!小っ恥ずかしいじゃない!!」


「は、はぁ!?お前が言えって言ったんだろうが!!」


「煩いわね!!そこは臨機応変に対応しなさい男でしょ!?」


「お前は感謝に対する礼儀も出来ねぇじゃねぇか!そこはちゃんとした方が良いぞ女ならな!」


鋭い言葉が飛び交い、臆人と楓は火花を散らす。


この時、臆人は喧嘩しながらも思っていたのだ。


取り敢えずもう少しこの道なりを進んでいこうと。


まだ自分には心配してくれる仲間がいる。まだ下を向くのには、後ろを振り返るには早いかもしれない。


まだ学生生活は始まったばかりだ。


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