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配役の理お断り・旧  作者: ヤマト〆
10/17

配役の心得⑩

__続いて女英雄論。


茨城(いばらぎ) 可憐(かれん)__これが彼女の名前であった。


何にも染まってない空色の絵の具を使ったような、青色の髪を前髪の右眼のみ覆い、それ以外は全部後ろに束ねてポニーテールにしているこの女性の目は、左目の下のホクロも相まって一見穏やかそうに見える。


けれど、熱が入った時はおっかない程の狂気を瞳に宿す事を、この授業で殺伐 凶は知ることになった。


彼女を一言で例えるなら、剛腕無欠のサディスト女と名付ける事になっても否定する者は居ない。


前パーティーメンバーだった勇者を散々虐め抜き、事もあろうに罰をも与えていたと言う彼女だが、ここまで来ると勇者が不憫に思える__はずだった。


(俺も虐められてぇぇぇ!!!!)


体をクネクネと軟体動物のように動かし、周りの女子達に冷たい瞳で見られながらも、凶は迷う事なくその美しい茨城可憐を見つめていた。


因みに凶は、送られてきた女物の制服を着ているので、一応周りからは女だと認識されているが、何だか目がキモいという理由で避けられているのにはまだ気付いていない。


「女英雄たる者、舐められちゃいけないよ?何たってこっちも英雄を背負って立ってるんだからね。半端な覚悟じゃ他の女に役を取られちまうよ。うちら女ってのは蛇のようにいつも何かを狙ってる生き物だから、気を抜いちゃいけないよ?分かったかい?」


「「「はい!!!」」」


まるで戦線を何度も潜り抜けて来た歴戦の戦士のような言い草だが、その迫力に女学生達は背筋を伸ばして声を揃えた。


だが一人、それに反する者が居て、茨城はそれを睨みつける。


「お前……うちが信用出来ないのか?」


「……ほへぇ?あ、いえ!!俺…じゃなくて私は茨城様に忠誠を、そして出来れば懲罰を受けたい所存であります!!」


「うちは女を手にかかるような事をする人間じゃないが……どうもあんたは臭いねぇ?」


苦虫を潰したような顔をしつつ、凶の全貌をザッと見つめる。少し、凶の肩が揺れた。


「ギク……なら何を言ってますのやら、私は可愛いそりゃあもう下から何も生えて……あ!?嘘です何でもないでありま……」


「いっぺんの悔いなく死ね!!!」


腰にあった鞭を使い、凶の額に鞭先をクリーンヒットさせた茨城は、後味悪そうにそのまま部屋を出て行ってしまった。


「頭じゃなくて良かった……がくっ…」


ウィッグが吹き飛ばされなかった事による安堵で、凶はそのまま倒れた。誰にも担がれる事なく捨て置かれたのは言うまでもない話だった。



____続いて悪役論。


「…………」


最初の十分はまるで時間が止まったかのようにこの部屋は静止していた。


それは何故かという疑問には、この部屋の全員が同じ言葉を揃えて言うだろう。


教壇に立った奴が全く喋らないからだと。


名前も知らない教壇に立つ多分悪役の方だろう人は、とても特徴的な格好をしている。


まず一つは仮面を被っている。顔の中心線から右側が黒で左側が白に塗装されており、その上から目、鼻、口の三種が描かれており、右側が泣き顔で左側が笑顔になっている。


中心線上には口があるので半分が泣き顔のため下がり、半分が笑顔なので上がっているためS字型のようになってしまっているが、これは突っ込むべきところなのか臆人には分からない。


そしてもう一つの特徴は、全身が黒装束に覆われている事だ。少しダボついたそれは、彼(?)がどのような体格の持ち主なのかを隠しているようにも見える。


髪色が黒色なのも相まって、とても異様な雰囲気を醸し出しつつ、全く一向に喋らないこの人の扱いをどうすればいいのか分からず、結局十分という時間が経過してしまったのだ。


それに耐えかねた悪役科の一人が、おずおずと黒装束仮面に名前を聞いた。


すると、そこから約十秒程の感覚を開けて、 剛田(ごうだ) 日影(ひかげ)という名前がボソボソと聞こえて来た。


こうして名前が分かった。だが、またもや静寂が部屋を包む。見兼ねてまた同じ生徒が手を挙げて口を開けたその時、剛田は動いた。


「だ、大丈夫だ……き、気を遣って貰い感謝する」


その生徒を労い、初めて意志を表示した。どうやら唯の質問に答えるだけのロボット人間では無いらしい。


「えーっとだな……私はとても……シャイなんだ……ここに来たのも無理矢理……あ、いや無理矢理っていうのは、嬉しいけども喋る事が苦手な私にはどうも……向いてないような気がして……」


喋る事が途切れ途切れになりながらも、ジェスチャーを加えて話すその姿は、何というか可愛らしい。


とても悪役に所属しているとは思えない。どちらかというと脇役な気がする。


それを部屋にいる悪役志望の生徒達も気付いて、色々な感情が生徒達に張り付いて行く。


嘲笑う生徒や、顔をしかめる生徒、つまらなそうに目線を泳がせる生徒、寝ている生徒や友達と会話を始める生徒もいる。


それが火種となり、所々で話し始め、即座にそこは騒々しい教室へ一変する。慌てふためいた剛田はたじろぎながら、生徒達を静めさせようとジェスチャーを繰り返すが効果はない。


幾らジェスチャーした所で、声が小さくもう辺りの生徒にも聞こえていない。どうしようかと、仮面の奥で困った顔をしていそうだと、臆人は思う。


ここで臆人は助けると選択肢がある事にはとっくに気付いている。可愛いく黒縁眼鏡を掛けた委員長的な女子がいればこの場を収めようとするかもしれないが、生憎とここには居ない。


臆人は一瞬迷ったが、ここに出番は無いと薄々感じている。この場をあの剛田という奴が収めなければどうにもならない。それに、ここからどうするのかも見てみたい。


変な想像を膨らましていて気付かなかったが、剛田は静まらない教室にガックリと項垂れて首を垂らしていた。


その時声が走った。


「すいません。悪役がそんなひ弱でいいんですか?生意気言うようですけど、こんな場を収められない悪役は悪役として世に出られるんですか?そういうオーラっつーか風格みたいなもん無いんですか?」


とても的を得た質問に、場は視線を剛田へと向けた。彼の表情は見えないが、何か考えているような、そんな感じがした。


程なくして、ポツリと言葉が漏れた。


「……な、なるほど。君達が私に対してその疑問を持つのは当然の事だ。そうだな……そんな私が悪役について一つレクチャーというものをしようか……」


その瞬間、質問を投げかけた生徒が一気に眉を潜める。こんなひ弱な奴に受けるレクチャーなど聞きたく無いと、表情に滲み出ている。


「だから__!!」


「悪役とは“魅せる”者である!!」


突然、まるで地響きのようなずっしりと重い低音が剛田から発せられた。先程とはまるで違う声音に、生徒は言葉に詰まる。


「勇者と違い、悪役とは最後は負けるというのは定石であり、運命であり、呪縛である。では、その負けると決まった悪役は、どうすれば注目を浴びるのか。

それはつまり悪役をどう魅せるかと同義である。そしてここでまた、悪役とはどうなれば魅せられるのかという疑問になる訳だ。私はこう考えている」


言葉を一度切って、その言葉をまるで質問を投げかけた生徒に諭すように言った。


「一つ目は、悲しい過去を持ち、それによって心が歪曲してしまい勇者と対立してしまう事。二つ目は、圧倒的力を持ってしまった事により、征服欲が高まる事による勇者との対立。三つ目はそもそも価値観が違う場合。四つ目は自分の正義と勇者の正義が相反する場合だと私は考えている。

この一つ一つにおいても例は沢山あり、悪役とは無数に存在し、時には勇者より名声を挙げる事もある。そして逆も存在する。その場合、そこには共通して“芯が通っていない”という事が起因しているのだ。心があちこちに行ってしまう悪役など恐るるに足らないと、人はそう思ってしまう。

逆に無我夢中で自分の心を真っ直ぐ追いかけ、勇者とぶつかる事は、時に涙をも生む結末となるのだ。それを常々忘れないで欲しい。皆はどう思っているから分からないが、私はこの職業に誇りを持っている。ただそれだけで生きてきた人間なんだ」


すうっと、場はいつの間にか静まり返り生徒の耳は全て剛田へと向けられていた。先程と違うおどおどした口調はまるで無かった。一瞬、後ろから紫色のオーラが吹き出したと思えるくらい、強い言葉だった。


その時、質問を投げかけた生徒はガバッと立ち上がり、すいませんでした、と頭を下げた。


「あ、いや……悪役という話を語るとちょっと暑苦しくなってしまうタチでして……これは怒っていると言う訳じゃなくて……」


いやいやいや、と言うように手を左右に振っている彼を笑う者も蔑む者ももう居なかった。ただ割れんばかりに鳴った拍手を最後に、彼は退出していった。


「____」


そんな教室を、臆人はただ漠然と眺めているだけだった。



____そして今度は宿敵論へ。


「勇者なんてもんは殺そうとしても良いのさ。深く深く激しく激しく残酷な殺意を持って討ち亡ぼす。それが、俺の流儀だかんな」


強情にそう言葉を並べたのは、狂宴(きょうえん) (つかさ)という宿敵科の人物だ。彼の思想は悍ましく、我が極端に露出している。


それは格好にも如実に表れている。まずは黒を基調とした上下の派手めの服。銀色の宝石のような物が散りばめられ、ズボンには彼方此方にチェーンが繋がれており、V系と言ったらこんな格好を想起するようなある意味模範的な服装だった。


髪は銀髪で短く、髪を上に全て跳ね上げてさせている。吊り目で、一日中機嫌が悪いのではと思いたくなるほど目つきは怖い。


そんな様相を見て、宿敵科の生徒は殆どが竦み上がり、凍ったような空気が場を支配する。


そんな氷漬けの地帯を割ったのは、拓郎だった。


「何だよその言い方はぁ!!殺す殺すって本当に殺したらどうするつもりなんだこの馬鹿野郎!!」


「はぁ!?勇者ってのは殺そうとして殺さないのが勇者なんだよ!!だからな!!俺に負けた時点でそいつはもう勇者でも何でもねぇんだよ!!ただの石ころ同然だ!!」


「ふざけんな!!負けて終わり、ならとっくにこの国は終わってるわ!!逆に負けて強くなる勇者だって存在すんだぞ!!そこん所どう説明してくれんだぁ?」


「そんなのは唯の言い訳に過ぎないってもんさ!!負けたのを言い訳に強くなるだとぉ!??そんなもんはまやかしで、結局は負けを隠す為の防壁みたいなもんさ!!

それにな!負けってのはつまり死そのもの何だよ!!なのに負けても生きてるってのはどういう事なのかって話よ!!」


「お前は一体いつの話をしてるんだよ!!昨今で、殺しちまったら法で裁かれるような仕組みになってんだ!!なのに、負けは死だ!!何てのは古いんだよ!!」


ばちばちと、二人の間に火花が散り始める。体格だけで判断するなら、ここは拓郎の勝ちだ。拓郎の体の大きさは狂宴のふた回り程ある。


だが、やはり狂宴はここに呼び出されて後輩に講義をする程の信頼が置かれており、何かを隠し持っているのには間違いない。


「つーかお前、その(なり)で宿敵目指してんのかよ!?お前には脇役の守衛あたりがお似合いだぜ?」


「それを言うならお前こそ、その目つきなら悪役がお似合いだと思うぞ?」


こんな調子で口論を繰り広げている二人を、他の生徒達は唖然と眺めているばかりだった。




__続いて脇役論、治癒術師。


「私達の使命は、勇者に尽くすことに限ります。最前線に立つ彼等を治癒という手助けをする事は、私にとって至高のひと時となっているのです」


そう公言したのは、聖母のように優しい目を持ち、輝かしい程の後光を放っているマリア=セトワールという神秘的な女性だった。


白い修道服を着飾った彼女は、母性に満ち溢れており、その言葉一つ一つが愛に溢れ、生徒達の心をいとも簡単に惹きつけた。


その中の一人である楓は、このマリアという女性にとても感銘を受けた。素晴らしく汚れの無い人なのだと。そしえ自分は何て汚らわしい存在だったのだという自己嫌悪に落とされる。


楓が潤んだ目頭をサッと拭おうとしたその時、マリアの顔が少し赤らんだ。


「勇者にとって私はいなくてはならない存在。私が私でいられるには、勇者という存在が必要不可欠なのです。あぁ……勇者、彼等は何て美しい人達なのでしょう。一生お側に置いて欲しい。何をする時も、何かを考えている時も、頭の片隅には常に私が居て欲しい。寝る時も、いや寝ている時でさえ、私は側に居たいのです。それが私の愛の示し方……」


うっとりとした顔で天井を見上げる彼女に、楓はいつの間にか乾いている目頭に気づきふと思う。


(この人……もしかして唯の変態……?)


到底口が裂けても言えない思いが頭を掠める。流石にこれだけで変態だと決めつけてしまうのは良くないと、頭を振る。


「私は現在、この学校を同期で卒業したメンバーとパーティーを組み、日々活動しています。そして、その勇者とはとても強い絆で結ばれているのです。

彼は、トイレに行く時も、お風呂に入る時も、疲れて草原でボーッとしている時も、いつも私を側に置いてくれています。時折彼が嫌な顔をするのも……堪りません。

一度布団に潜り込んで見た事があるのですが、朝になって叩き出されてしまいました。なので、最近は、寝ている時に布団に入り、起きる前に布団から出るという習慣を身に付けました。これがまた……堪りません」


(変態だったぁ!!!!言い様のない位の変態だったわぁ!!ハレンチよハレンチ!!べ、ベットに一緒に入るなんて……そ、そんなの一体何されるか分かったものじゃないのに……!!

ていうか、このシスターこんな不純だらけで良いわけ!?教会の信仰してる神とかに怒られないわけ!?)


現にマリアは首に指の第一関節までの大きさの十字架がぶら下がったネックレスを付けている。一体教会のシスター達は毎日何をお祈りしているのかは分からないが、取り敢えずこのマリアという女性は一度浄化されるべきである。


取り敢えずマリアという女性は危険だと分かったが、もう一つ気になる事がある。それは、生徒の反応である。


キラキラと目を輝かせ、楓以外の女子は揃いも揃って拍手喝采である。マリアも満更ではなさそうである。


(不潔よ不潔!!何なのよ治癒術師って!?こんな不潔な仕事だったなんて、これまでに行った授業でなんか言われて来なかったわよ!!)


配役論で説明されたのは仕事の中身であり、仕事以外の事の説明などされるはずはない。それは分かっているが、何とも言えない思いを募らせる楓は、ただこの雰囲気に身を任せるしか術は無かった。




__脇役論、守衛。


「私の名前は柳生(やぎゅう) (このえ)だ。少ない時間だが宜しく頼む」


短く普通の仕草で挨拶をしたのは、一風変わった服装の柳生 衛という人物だった。全体を紺色の袴で身を包み、目元以外をすっぽりと覆う頭巾。更には腰帯には黒の鞘が収まっており、これは話に聞くところの忍者なのではと宍戸はそう思った。


(忍者なんて古いだろ……あんなの音も無く忍び寄るのが取り柄みたいな奴だろ)


宍戸は軽く鼻で笑いながら、語られてくる次の言葉を待った。


「私の所属は守衛に当たる。守衛とは身を呈して守るという意味だからな。決して体を張って守るだけが守衛ではない。

では何かという話になる。私がしているのは、勇者への危険な罠や策を見破り、安全に旅をして貰うことに限る。要は裏方と言えば良いかな。前には決して出て行かず、裏で主君をお守りする。それが務めだと私は信じている」


更には、そこに自分のIQと呼ばれる知能的数値がとても高い事も指摘した。自分が何に向いているかを考え、模索した結果ここに至ったらしい。


「私は非力だった。守衛という立場は元来、最前を持って勇者の盾となるという案配が強かった。私は当初はそれに屈していたが、限界を悟った。

そして考え抜いて辿り着いたのさ。自分は前に出て戦うタイプでは無いと。後ろから策を労し、勇者の影役になるのが最適なのだと。

だから君達にも、限界を決めつけないで欲しい。限界はそこにあるかもしれないが、違う道があるかもしれない。それを、胸に刻んで欲しい」


「____」


衛の在り方に宍戸は心を震わされた。陰の立役者とはこの人を意味するのだろうと、宍戸は思ったのだ。


だから宍戸はいつの間にか体が動いている事に一瞬気付かなかった。宍戸は立ち上がり、衛を凝視しながら言った。


「ぼ、僕を……弟子にして下さい!!」




こうして六人の授業は終了した。


そして舞い戻るのはやはり、この場所である。


「あの狂宴って奴には頭来たぜ!!あいつには一から勇者を重んじるということを教えなきゃならねぇ!!」


拓郎はジョッキに注がれた酒を一気に飲んで、吐き出すようにそう言った。それに反応したのは宍戸である。


「狂宴……確か代々勇者嫌いで有名な家系だよ。でも、勇者と本当に激突する姿は、結構人気があったりするんだよ。あの人は本気で殺しに来るからね。

でも、それで本当に殺した事は無いって話だよ」


「は!なるほどな!勇者を殺しちまったら犯罪も犯罪重罪だしな!そこは見極めてるって事か」


「そうだね。それより僕は柳生 衛という人に弟子入り志願したんだけど、拓郎は知ってるかい?」


「何だおめぇ!?あそこに弟子入りしたのかぁ!?あそこはひょろっちい奴を集めて裏で画策してる暗役だぞ!?あれのどこが良いんだよ!!」


「いやぁ素晴らしい考え方の持ち主だよ。僕は昔から戦士よりも指揮官が好きだったからね。共感する部分があるのさ。それに、僕は君と違って線が細いからね。色々考える所はあるのさ」


「なるほどな。それより臆人、楓に凶、それと愛未はどうしたんだ?」


ふと気付いたように、拓郎は隣でボーッと上を見つめている臆人に声を掛けるが、臆人に反応は無い。


「おい臆人!!聞いてるのか?」


「あ……あぁ聞いてるよ。えっと……坊主が屏風に上手に絵を描いたんだっけ?」


「はぁ?ちげーよ!ここに居ない三人は何処に行ったんだ?知らねーか?」


それを聞いた途端、臆人はキョロキョロと周りを見渡し始める。そして気付いたように言った。


「おい、他の三人はどこ行った?」


「……いや、だからそれを聞いて」


「何であんなに治癒術師ってもんは破廉恥なのよ!!変態よ変態!!大変態だわ!!」


その時、酒場の入り口から聞いた覚えのある声が届いた。キィキィと喚くその声の正体は紛れもなく楓である。


そしてそれを挟むように愛未と凶が居た。


「おうどうしたんだ楓は?何かあったのか?」


「いんや、どうやら自分の理念が治癒術師のお偉いさんと全然違くてお困りだったんだとさ」


拓郎の問い掛けにやれやれと言いたげな凶は、拓郎の右側に腰を下ろす。


「臆人!そういやどうだったよ?悪役論のお偉いさんと話したろ?感想は?」


「うーん……まあ、良い人なんだろうなぁみたいな?でも、少し違うんだよなぁ……なんつーか」


臆人は困ったように眉を顰めながら、言い方に渋っている。だが、凶はそれだけ聞くと今度は自分の話に移行し始めた。


「それより聞いてくれよ!!俺のとこに付いてくれたのが、茨木 可憐って女の人でよぉ!!可愛かったんだよこれがまた!!しかもサディスト!!これがもう堪らんのよ!!」


「「……あぁそう」」


凍り付いた目で凶を見てから、いつの間にか臆人の視線は愛未に飛んでいた。すると、愛未も此方を見ていたらしく目が合った。


一瞬目が泳ぎ掛けて臆人は止めた。そして口を開こうとした時、愛未の方が一歩早かった。


「臆人さん。私は勇者論を受けてとても新しい経験になりました。ありがとうございます」


愛未は今臆人の机を挟んで向こう側にいる。愛未は少し頰を赤らめてぺこりと頭を下げた。


「い、いや!!別に俺は何もしてないし!!というか、治癒術師の話とか聞きたかったんじゃないか?」


「あぁいえ、もうその手の話は小さい頃から何度も何度も受けて来たので、必要有りません」


キッパリと不必要だと主張した愛未に、臆人は少し驚いた。曖昧な返事が返ってくると思っていたからだ。


__いや。曖昧な返事を期待していたのは、自分が先程凶にそう質問された時に、曖昧な答えをしたからかもしれない。


そんな自分が情けなかったから、愛未に期待してしまったのだろう。そんな自分をとても嫌に思う。


「どうしました臆人さん?具合でも悪いですか?」


「あぁいや。そんな事は無いよ。でも、愛未は……いや、ここにいる皆は凄いな。直ぐに順応してすげーや」


自分でも何を言っているのか分からない。深く深く水の底に溺れていく感じがした。


ふと朧げな視界の中に、ジョッキとグラスが三つずつ、空になって置かれている事に気づく。


いつの間にかこんなに呑んでいたらしい。頭がガクガクと震えて、思考が覚束なくなる。明日は二日酔いになりそうだと、自嘲じみた薄笑いを浮かべて、臆人は意識の奥底に落ちていった。





ベッドで横たわっていることに気づいたのは、次の日の朝だった。




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