配役の心得①
__春。
桜満開の部屋からの景色は格別だ。今日でこことも暫しのお別れだと思うとしんみりしたものを感じる。
だが、それも風のように吹き抜け消えて行く。大型のキャリーケースを持ち、彼、金条 臆人は戸を開けた。
これから新しい生活が始まることに胸を高鳴らせ、少しの緊張と不安を入り混じらせながら、第一歩を踏み出した。
金条 臆人は今日から東京の西部に位置する勇者育成学校__略して勇高に晴れて入学する16歳の男子高校生なのだ。
そしてここは埼玉県南部にひっそりと存在している一軒家で、母親と二人で暮らしている。
「お母さんおはよほぉ!?!?!?」
多少残っていた眠気が一気に消し飛ぶ程の大惨事が、そこに広がっていた。
「あらぁ臆人おはよう。さぁ、朝ご飯食べて?今朝はもう…張り切ってフルコースにしちゃった!てへ!」
「今年で四十になるおばさんが何やってるの…じゃなくて!?この量!!朝にこんなに食える人間いる訳ないだろ!?」
食卓に並ぶのは目が痛くなるほど贅沢な朝ご飯だった。所狭しに並ぶ肉や魚の中に、ちゃっかりカツ丼何か作ってるあたりも、この母親、金条 桃子(きんじょう 桃子)は抜けてるのがバレバレだ。
桃子は巷で言う若奥様に近い。年齢的にはそんなに若くはないが、顔に皺が無いためとても若く見えるのだ。
更に銀色に伸びたストレートヘアーの髪は、その若さをより強調させている。因みに臆人の髪も母親譲りの銀色だ。
「ていうか朝にカツ丼って、別に今からテスト受けに行く訳じゃないよ俺!?ただ入学式に出席するだけだよ!?」
「いいじゃない?というか…こんな朝ご飯も最後かもしれないんだから、座ってゆっくり食べて…胸張って行きなさい」
その言葉で、出て来そうだったものが一気に喉の奥へと引っ込んだ。確かに、言われてみればそうかもしれない。
「まあ、全部食べれるか分からないけどね…」
「全部食べれなかったら母さんが食べるから大丈夫よ?私、食欲は人一倍あるからね」
「うん…知ってるよそんなの。まあ残りの処理は任せるよ…」
臆人の母、桃子は痩せた体型の癖に良く食べる。いや、良く食べる、何て可愛い言い方では物足りない。その凄さはヘビィー級のフードファイターも真っ青な程なのだから。
「…寂しくなるわね」
「まあ、ちょくちょく戻ってくるよ」
「そう?ならその時はこの二倍の料理を作ってあげるわね?」
「いやいらない!!…ご馳走様!」
臆人は、食卓に並んだ三分の一を食べ終えた所でギブアップして、キャリーケースを掴んで立ち上がる。もう少しで出ないと間に合わなくなる。
「忘れ物は無い?大丈夫?」
「子供じゃないんだから大丈夫だよ。それに、いざとなったら戻って来れる距離でもあるんだし」
「それもそうね。じゃあ最後に一つだけ」
桃子はゆっくりと手を臆人の頭に置いて、ニコリと微笑んだ。もしかすると、もう見る機会は無くなるかもしれないと思うと寂しい気もするが、
「いってらっしゃい!億万長者になって帰って来なね!その為の名前なんだから!」
この言葉を聞いて心底どんよりとした気分になったのは、この馬鹿な母親桃子には一生伝わらない事だろう。
「何度も言ってると思うけど、それは俺の漢字と違…」
訂正しようと言いかけた時、軽快な呼び鈴がリビングに鳴り響いた。いつの間にか迎えの時間が来ていたようだ。
「はぁ…もういいや」
キャリーケースを転がして、戸に手を掛けた。そして一瞬の躊躇いの後、「いってきます」とぼやく様に呟いて家を出て行った。
その声が届いていたのか届いていなかったのは、臆人の知る所では無い。
玄関から出ると、強い陽射しが顔に射し込んできた。その強さに目を細めながら、目の前にいる一人の女子、雪野 楓に挨拶した。
「よぉ」
「遅いわね!何やってんのよ!!早く行くよ!!」
紅く燃える様な髪に、短くカットされたボブカットの髪型。薄黄緑の瞳に込められていた怒りの感情。いつも通りだ。
「悪りぃな」
「早くしないと入学式に間に合わないわよ!!ほら急いで!!」
しかめっ面で此方を見ている楓に、いそいそと後ろを着いていく臆人。二人の家は近所で、昔から良く知っているので、幼馴染という奴で間違いない。
偶に羨望の目で見られるが、楓の性格のきつさは日本一だと豪語していい程、性格がきつい。男勝りという奴だ。
もう少し女気があれば、見方も変わるというのに、と思った事は何度かあるが、小さい頃から一度も変わらない。まあ、そんな所が良いのかもしれないが。
「あんた、何私を見てボーッとしてるのよ?私に何か付いてる?」
「ああいや、違う違う。少し思い出に浸ってただけだ」
「思い出ねぇ…あ、それよりどう?この制服?似合うでしょ?」
歩きながら、楓はぴょんぴょんと跳ねてその制服を見せびらかす。その跳ねる毎にスカートの裾が上がり見えそうで見えないラインを醸し出すのは止めて欲しいが。
「あ、あぁ…まあ、似合ってるんじゃね?」
「何その言い方!?もっと言い方ってもんがあるでしょーよ!!」
「分かった分かった可愛い!!とても可愛い!!ベリーキューティクルだ!!」
「そこまで言えとは言ってない…わよ!!」
「ぐぼぉ!!??」
回し蹴りを横っ腹に捻じ込まれ、臆人速攻ノックアウト。そしてそれを真っ赤になっている顔で臆人を睨む楓はそのまま鼻を鳴らして先に行ってしまう。
「こんな痛み…慣れっこだぁ!!」
と、気合を入れて後を追いかける臆人。情けない、と心の中で嘆くのだった。
徒歩十分位歩いた所で、そこに到着した。
この辺鄙な田舎で一番栄えている場所、駅だ。さっきまで田んぼだけしかなかった世界とは真逆の、店が建ち並び、列車が走り、人が入り乱れている。
「うはぁ!!新幹線よ新幹線!!早く乗るわよ!!」
「へいへい…てかそんなウキウキするもんでも無いだろ新幹線なんて…」
「馬鹿言わないでよ!!新幹線なんてそうそう乗れる物じゃ無いんだからね!!楽しまずにはいられないじゃない!!お菓子持って来たわよね…!?」
と、幼稚園児の遠足並みにはしゃいでいたが、いざ新幹線に乗ると乗り物酔いに昔から弱かった楓は一気にやつれた。
「うぅ…死にたい…もう降りたい…」
「凄ぇ変わりようだなおい!!」
と、ツッコミを入れつつも、臆人も乗り物には強い方では無いので、本を読むやら携帯を弄るやらは出来ない。
かと言って、楓は喋れそうも無いので、大人しく寝る事にした。
この新幹線で約三時間。そこを過ぎれば目的地勇高はすぐ目の前である。
(勇高…か)
その場所は、臆人にとっては切っても切り離せない、とても所縁があり、繋がりがある学校なのだから。
各言う楓も、勇高には所縁がある人物だ。楓も内心不安で一杯だろう。今は気持ちよさそうに寝ているので、取り敢えずは大丈夫そうであるが、心配である。
(まあ、なるようになるよな?)
もしもの時は楓を守ってやればいい。それが勇者科に入学した臆人の務めでもあるのだから。
そして気づいたら、臆人は眠っていた。
***
「「す、凄ぇぇぇぇ!!!!!!!!」」
驚天動地。この一言に尽きるのだった。異常な程の人の量。高層ビルの数々。先程の田舎での人混みなんか月とスッポンのように思える程の人混みだ。
「都心ってこんなに人が集まんのかよ!!半端ねぇ!!」
「うぅ!!色んな洋服の店とか見てみたいわ!!でも…我慢よ!!」
二人はここに観光しに来た訳ではないのだ。色んな欲を打ち払い、駅の周りに建ち並ぶ店を通り過ぎる。
「おい!あれじゃねぇか!?」
楓の肩を叩き、遠くの方を指差す。そこに見えたのは"勇"と書かれた校章だった。あの校章に、見覚えが無い人なんていない。
「あれが勇者育成学校…凄い…」
「早く行こーぜ !!」
楓の手を引き、臆人は引き寄せられるようにその目的地に向かって走る。楓は少し顔を赤くしながら無言でついてくる。
けれど__
「あんたはさ…これでいいの?」
「____」
不意にそんな言葉が飛んで来て、臆人は足を止めた。何せ、その言葉で楓が何を言いたいのか分かったのだから。
「それを言うならお前もだろ?」
「私は確かに勇者科に入りたかったけど、女英雄科でも満足してるわ。そんなに立ち位置は…変わらないもの」
最後の方で声のトーンが落ちている事に、楓自身気づいていなかった。それを見て、臆人は笑う。
「お前ヒーロー大好きだもんな!壁に所狭しとポスター貼ってあるし…赤の他人が見たら引いちゃうレベルだぞあれ?」
「は、話を逸らさないでよ!私はあんたの話をしていて、私の話をしてるんじゃ…ていうか!絶対に私が勇者オタクだって事誰にも言わないでよね!!」
「へいへい。まあ、俺の事は気にすんな。なるようになるだろ」
なるようになる、何て口走ったが、なるようになる事なんて絶対に有り得ない。だってそれは__
「成り行きで悪役になれる訳無いじゃない!!貴方は勇者になる所に行くんだから!!馬鹿なの!?死ぬの!?」
「うるせぇ!!お前には…お前には関係ねぇよ!!」
「何よ心配してあげてるのに!!もう知らない!!」
楓はきつい目つきを更にきつくして、フンと鼻を鳴らして先に行ってしまった。その後を、臆人は胸中渦巻きながら歩いて行く。
「なぁ楓…悪かったよ」
「…………」
楓は特に何も言わない。ガラガラとキャリーケースを勢いよく引き摺って、臆人は一気に楓の前に出た。
「あ……」
臆人は声が出なかった。何せ、楓は目に涙を浮かべてそれを必死に堪えていたのだから。
「こんのぉ…馬鹿!!」
「うぐほぁ!?」
そのまま鳩尾に正拳突きを食らわされ、臆人は地面に倒れる。クリーンヒットしたため、直ぐには起き上がれない。
「…早く行くわよ。私も言いすぎたわね、ごめん」
「…なら、殴るなよ!!」
「うるさいわね!!勢いってあるでしょ!?それよ!!」
「勢いで人が殴られてたまるか!!しかも人の弱い部分を!!」
こうして喧嘩しながら、二人は門を潜り抜けた。
ここから、新たな高校生活が始まる。




