少女脱臼エクスカリバー解答編
列車内にはガタン、ガタン、という一定のリズムだけが響いていた。
三人が居る車内からは見えないが、しばしば感じる揺れや音が、足元に伸びる歪なレールの存在を示唆している。
「――――でも、私は嫌。そんなありきたりな物語なんて認められないから」
「そんなことは承知の上よ、だから今こうして話しているんじゃないの」
トレコの感情的な言い分に、傭兵はつい口を出してしまう。
「分かってると思うけど、私たち三人はありきたりなレールなんて大嫌いよ。でもレールを外れるってことは、何でも自由にしていいってことじゃないの。話には流れがあって、文章には意図がある。なんの意味も見出せない存在はシステム系に抹消されるだけ」
「その通り」
カミエが渋々といった感じで重い口を開き、列車搭乗口の上部に取り付けられた電光パネルを指さした。
「確かにそうしたシステム系をすり抜けた例もあるが、我々は『連載小説』かつ『異世界[恋愛]』という十字架を背負っている。文脈への対処は不可避だ」
パネルにはこの物語の行き先がいくつかの言語で表示されていた。通過駅は『連載小説』、終点は『異世界[恋愛]』だ。この列車は三人を乗せて終点に向かっているはずだ。
「……どれだけレールを外れようと、我々エージェントは『入力:問題文』に対する『出力:解答』を作成し、物語に文脈を通すことを絶対的義務として与えられている。逃げることなどできない」
カミエはこれから長くなりそうな雰囲気を察して、溜息をついた。それから作ったような明るい口調で続けた。
「基盤となるプロットを見つけよう。レールから外れるためにも、まずはレールにハマる必要がある。話はそれからだ」
トレコも気持ちでは納得していないものの、優先順位は理解したのか特に反論しない。
「これ、恋愛なのね……」
ぼんやりとした表情で傭兵が呟く。
その言葉に反応するものはおらず、宙に浮かんだ独り言はそのままぼやけて消えていく。
トレコは車内をあちこち歩き回り落ち着きがない。
傭兵は車内の座席に腰かけ、宙を見つめたままじっと何かを考えている。
カミエは、そんな二人に我関せずといった風で窓から外を眺めていた。
窓の外には真っ黒な虚無が広がり、ところどころで星のようなものが輝いている。
それらひとつひとつの星が独立した物語を形成しており、時折、星から千切れた文脈が虚無を漂っていた。
三人を乗せた列車は、超新星爆発を起こしたばかりの空間へ向かってガタン、ガタンと一定のリズムを刻む。
「じゃあ」
沈黙を破ったのは傭兵だった。
「はじめに話してもいいかしら」
トレコとカミエは傭兵の方へ向き直り、話を促す。
「まずは目的を明確にしましょう。システム系のバイアスは文脈以外を無価値なものとして判定し、抹消する。よってこれから『物語』の終着点へ到達する前に、この『問題文:物語』に『解答:文脈』を与えなければ私たちは抹消される。ここまでオーケー?」
「でもそれも怪しい話だと、私は思うんだよね」
トレコが言う。つまり抹消されたら、それを人に伝えることはできないのに、じゃあ誰がその話を広めたかということだ。
「まぁ今その話はいいでしょう? 終末まで時間もないことだし、さくさく筋の通った物語の続きを作っていきましょう」
傭兵はとにかく必要な作業を早く終わらせたい性分らしく、急いで話を進めようとする。
「私はそれこそもっと別の方法があるんじゃないかって思うわけ」
トレコは無邪気に言い放つが、トレコ自身に何か策があるわけではないとほかの二人は知っていた。
どこまでも話を脱線させようとするトレコに、やれやれと呆れ気味な様子を見せる傭兵。
カミエもつられて気が緩みそうになる。
しかし、トレコの次の言葉で場の空気が一変した。
「例えばアレとか」
カミエはぞっとしたような寒さに襲われた。
「……アレは取り返しのつかないことになるぞ」
一番奥の座席の上に放置されている、上端部にスイッチの付いた手のひらサイズの円柱が二つ。
側面には『彗星』、『中国マフィア』と書かれている。
三人が車内を捜索した際に見つけたものだ。
「冗談でも手に取るなよ。もはやレールどころの話ではない。文脈は修復不可能なほどに破壊されて、物語は我々もろともお終いだ」
「はいはい分かってるよ」
そう言いながらトレコはおもむろに近づいて『彗星』のスイッチに手を掛けた。
にわかに緊張の波が広がる。
傭兵もカミエも、冗談とも本気とも取れないトレコの行動に身動きできないでいる。
「……それ以上はシャレで済まないよ、場合によってはあなたを拘束するしかなくなるわ」
「私さ、いつも思ってたんだよね。本当はシステム系とか全部ウソで、たとえ彗星を降らせても、そのまま変わらない日常が続くんじゃないかってね。レールだなんだって、結局生きていくにはお金が必要で経済活動に従事する以上そういう必要最低限のレールからは逸脱できないわけでしょ。脱線したい根拠っていうか、根っこの考えとしては、ようは瞬間瞬間を自由に好きに楽しく生きていきたいってことでしょ。だったら私には、この彗星スイッチこそが最短ルートに見えるんだよね。考えても見てよ、もしかしたら一発で日常をぶっ壊せるかもしれないボタンがあったらドキドキしない? 最高のエンターテイメントじゃない?」
「それは……」
言葉につまる傭兵。続きを引き取ったのはカミエだ。
「詭弁だな。我々は脱線という行為自体ではなく、脱線したあとの無制限で自由な生活にこそ価値があると考えていたはずだ。瞬間ではなく、その先を捉えろトレコ」
「あ、そ」
トレコは躊躇なくスイッチを押し込もうとした。
凍り付いた空間。
傭兵の額から冷や汗が流れた。
瞬間、列車がガタンと大きく揺れる。
隙を伺っていたカミエは、決死の覚悟でトレコに向かって駆け出す。