少女脱臼エクスカリバー
大学を辞め、社会のレールを外れると同時に肩も外れる。
歳は十八。名前は捨てた。少女は今、肩タトレコと名乗っている。
トレコは毎朝、瓦礫の中で目を覚ます。
元々そこにはトレコの実家があった。
やはり肩が外れていては何かと不便だと、トレコは手あたり次第に肩をぶつけていった。
そして町内すべての建築物はトレコのタックルによって崩れ去り、町は廃墟と化した。
あちこちタックル痕の残る町内に、いまだ復興の兆しは見られない。
どこかの家から逃げ出したのだろうか、野生化した兎が道路を闊歩している。
ひび割れた道路のすきまから植物が顔をのぞかせ、その葉先から朝露が零れ落ちた。
人の居なくなったこの町では、それに代わる生き物とトレコだけが静かに暮らしていた。
「あなたが町を破壊した張本人ね」
トレコに向かってにこやかに歩み寄るのは、ひとりの女。
女はかつてITコンサル系総合商社に勤めるバリキャリであったが、古臭い社内体制に嫌気が差しフリーランスの傭兵に転職した。
フリーランスとして将来的な商売敵となりそうな若き芽を潰すのは当然のことであった。
傭兵はこれまで何人もの自称起業家を抹殺し、傭兵としての社会的地位を確立していた。
女の間合いがトレコを捉えた瞬間、レールを外れた者への容赦ない洗礼が牙をむく。
「ここで死んでいただきます」
さながら居合のような刹那の抜刀、傭兵の鉄剣が見えない速度で襲い掛かる!
しかし咄嗟の対応で肩をぶつけ凌ぎ切るトレコ!
鉄剣とトレコの肩は火花を散らし、そのまま世界は光に包まれた。
トレコは気が付くと鉄剣になっていた。
「これってもしかして・・・」
「私たちの身体が・・・」
「「入れ替わってるー!?」」
直後、大きな衝撃音が響いた。
「ギュブェッ」
轟音とともに鋼鉄のレールが勢いよく敷設され、ちょうどその下を歩いていた兎が無残に血煙をまき散らす。
建設重機は次々に草木を踏み潰し、町内を文明の色に染める。
レールに乗った労働者が続々と現場に降り立ち、延長工事に取り掛かったり、時折レールに轢かれたりしていた。
到底現場には似つかわしくない白いスーツをめかしこんだ男が重機の上に立ち、現場一帯を見下ろしている。
男の名はカミエ。レール体制側の最高執行責任者にして、レール脱線至上主義の急先鋒。
自ら誤った道へのレールを敷設することで、レールに乗ったまま道を踏み外すという新しい切り口を提案し、またたく間に世界中からの熱烈な支持を獲得する。
その思想ゆえに、ただただレールを踏み外すものは愚かで、浅はかで、最も忌むべき存在であるとカミエは考えていた。
「哀れな脱線者に救済を」
カミエが右腕を挙げて指示を飛ばすと、それに合わせてレールを積載した重機のアームがトレコたちに向かって振り下ろされる。
轟音。衝撃。粉塵を吹き散らし、そのまま世界は光に包まれた。
しかし傭兵は生きていた。その両手に握りしめる鉄剣となったトレコとレールが正面からぶつかり合い、ぴたりと静止している。
鉄剣の精神が入ったトレコの身体は風圧で吹き飛ばされ傭兵と衝突し、その衝撃で二人の精神が入れ替わった。
また鉄剣に入ったトレコも衝突振り子の原理でレールを介してカミエと入れ替わることとなった。
それからしばらく経った。
あの日以降、精神が入れ替わる現象は一度たりとも起こらなかった。
筋の通った人生を歩みたいと考えていた鉄剣は、いまやレールを外れた一介の傭兵に過ぎない。
日々鍛錬を欠かさず、腕一つで社会的地位を獲得してきた傭兵は、何も持たない少女となった。
自ら道を切り開くことに心血を注いでいたカミエも、他人の手によって使われるしかない鉄の剣にその魂を囚われてしまった。
カミエの身体に侵入したトレコだったが、どういうわけか精神とともに脱臼まで転移し未だ肩は外れたまま。
肩さえ治ればいいと考えていた頃から、ずいぶんと遠くまで来てしまった。
己が信念に基づいてレールを外れ、それでも尚ままならない人生に、トレコはやれやれと溜息をつく。
問題文は以上です。
列車内にはガタン、ガタン、という一定のリズムだけが響いていた。
「これって」
トレコが口を開く。
「この文脈って、つまり
・『外面的な課題:外れた肩』と『内面的な課題:社会のレールから外れたこと』が連動していて、
・『逆境:精神の入れ替わり』の中でそれまで目を背けてきた協調性や他者の考えを学ぶことを強いられて、
・その過程で私が『内面的に成長』し、
・最終的に『障害:精神の入れ替わりで発生する問題』を乗り越えて、
・『内面的な課題の解決:社会のレールに復帰』を果たしたことを示唆するため『外面的な課題の解決:肩の完治』が起こる。
っていうプロットなんでしょう?」
見え透いた道筋、手垢の付いたレール、使い回しの物語、どれもがトレコには耐えがたい苦痛だった。
その苦痛がどこから湧き出てくるものなのか、今のトレコには分からなかった。
それでもレールのことを考えると冷静でいられなくなる。
理解できない痛みへの恐怖が、より一層トレコを追い詰める。
そして行き場を失った感情の刃を、トレコは無差別に振り回す。
「――――でも、私は嫌。そんなありきたりな物語なんて認められないから」
これはレールに抗い続ける者たちの物語だ。