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「……僕。……僕が両性具有だというのは、その通りです。これまで一度会っただけで言い当てた方っていなくて。うろたえてしまって、すみませんでした」
これだけ言うのが、やっとだった。
それでも声はかすれて。震えてしまったの、わかっちゃったかな?
……。
どんなに上手にかくしたつもりでも、姉様にはすぐにわかってしまって一一。
やさしく頭を撫でてくださるから、こらえきれなくなっていつも泣き出してしまってた。
もう、それじゃいけないんだ。
泣かないって、決めたのに。
決めてたのに、……いっぱい泣いてしまった。
これ以上、泣いちゃいけない。
リプエ神は……。
どうして、なにも言ってこないんだろう?
続いている沈黙は、リプエ神のどういう心情のあらわれなのか?
僕からはリプエ神の表情を確認することができなくて。
不安が頭をもたげてくるけれど。
そのいっぽうで、見えないことにほっとしている。
……。
そうじゃない。
僕が、僕のみっともない顔を見られたくないんだ。
僕。きっと、……酷い顔してる。
リプエ神のあの瞳は、すべてを見抜いてしまって。
見逃してはくれない気がして。
薄っぺらでちっぽけな僕の姿を、これ以上さらしたくない。
僕は。
こんな僕を見つめる、一一リプエ神の表情を見るのがコワイんだ。
僕を囲うように胸の前で組まれた、たくましい腕。
鍛えられた筋肉がかたちづくる、張りのある曲線。
手首と手の甲に浮かび上がる、ごつごつとした骨も。
こんな間近で、初めて見る。
僕、……変だ。
……目が、離せない。
骨格とか筋肉とか、ここまで意識して見たことなんて、今までなかったけど。
僕なんかの、棒のように細い腕とはぜんぜん違う。
ぶ厚い掌も長い指も、ずっと大きくて。
僕がまだ、自分のことを男神だと信じていた頃。
僕は男なんだから早く大きくなって、強くなって、姉様を守るんだって思ってた。
つくづく、思い知らされる。
本当の男神の腕は、こんなにもがっしりとしていて力強いんだ。
それでもあのときは、真剣に思ってた。
僕が、姉様を支えるんだって。
つらそうな姉様を、それでも僕に笑顔を向けてくださる姉様を。
僕は、家族で唯一の一一男神なのだから。
姉様は、ますますお元気がない。
今日も、ナミヤ姉様とお話しがあるとかで、お話が終わったらたくさん遊びましょうとお約束をして、居間をあとにされた。
それで僕は、昨日から考えていた計画を実行に移すことにした。
先週、館の敷地のはずれ近くで見つけたんだ。
姉様の、好きな花。
亡くなられた母様も、とても好きなお花だっておっしゃってた。
それを知った僕は、さかんに姉さまに、お庭に移植したいと訴えたけど。
実は姉様も以前に移し植えようとなさって上手くいかなかったのだそうで、そのときとても悲しい思いをされたのだと少し寂しそうに告白された。だからこの花に限らず他のどの植物も、その場所がよくてそこで美しい花を咲かせてくれているのだから、自然のなかでそっとしておくのがいいのだと諭された。
一輪だけなら。
株ごと持ってくるのじゃなくて、蕾のついている茎を一本だけ。
それなら、……姉様も許してくださる。
儚げな微笑みなんかじゃなく、きっと心からの笑顔を見せてくださる。
そう思うと、いてもたってもいられなくて。
女神様にお願いして、いつもより早く昼食をいただいて。
僕は何度も足がもつれて転びそうになりながら、僕らの館の周囲を取り囲む小さな林の小径を急いだ。
あった!
この間見かけたときより、蕾がふくらんで大きくなってる。
僕は途中から小径をそれて木立のなかへと踏みいり、林のはじっこに出ていた。
ここから先は、勾配のきつい坂になっている。
眼下に広がる草地まで、館の一階分ほどはありそうだった。
この斜面をおりてしまうと敷地から出てしまうけど。
敷地の外へは決して出てはいけない、と言われているけれど。
目当ての花は、ちょうど斜面の中ほどの場所にある。
改めて見る急な坂に、足がすくむ。
でも。
僕はもう、決めてきたんだ。
僕はそろそろと慎重に、斜面をおりはじめた。
先日の雨のせいで、地面はまだやわらかくすべりやすくなっていた。
ずりおちそうになりながらも、なんとか花の近くにたどり着く。
一一夕菅の花。
幸運なことに花茎には、三つの可憐な蕾がついていた。
一夜限りの花だけど、これなら順に一輪ずつ楽しめる。
やっぱり、来てよかった!
レモン色に色づいた清楚な蕾は、今日にも花開いてくれそうで。
一一姉様と一緒に、開花の瞬間を見られるかも。
姉様の晴れやかな笑顔が、目に浮かぶ。
じっくり眺めていたい衝動よりも、早く持って帰りたいはやる気持ちのほうが上回った。
僕は持ってきた鋏を取りだして、背の高い茎に手を伸ばそうとした。
「あ!」
前のめりに足が滑る。
湿った土は踏みとどまろうとする僕を支えてはくれなくて、僕は下の平地まで転がるように落ちていった。
落ちたショックで、しばらくは動けなかった。
起き上がろうと、足を動かそうとして。
痛みを感じて、僕は思いっきり顔をしかめた。
体じゅう、あちこち痛い。
なかでも膝と掌……、肩も打っていた。
じんじんと熱をもちはじめて。
膝と掌はひりつくような痛みがあって、見なくても怪我をしたのだとわかった。
今にして思えば、あんなところから落ちてこの程度の怪我ですんだのは、運がよかったのだろう。
地面が軟弱になっていたことも幸いした。
……もっとも。
でなければいくら僕でも、そもそも落ちることもなかったのかもしれないのだけど。




