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「……おまえ、両性具有なんだろ?」
リプエ神の一言で、僕は凍りついた。
一一どうして?
裸の姿を見られたとはいえ。いや、見ているからこそ、普通は気がつかないものだ。
みんな、僕のことを、男だと思っていた。
かくいう、僕自身も。
自分の性別を、根底から疑ったりはしてなかった。
いくら顔が女の子みたいで、線が細くて、非力でも。
あんなにも泣き虫で、甘えん坊でも……。
『ミシュアはまだ男神様に会ったことがないのだもの。急に男の子らしくなんて言われても、困っちゃうわよね。でもね。ずっとわたし達と一緒にいて、ミシュアがこんなにも優しく育ってくれたこと、姉様はとても嬉しく思っているのよ』
これではまるで女の子みたいだと、自分が嫌になるほど情けなく思っていても。
そう、みんなに思われていたとしても……。
ティリア様が気付いてくださるまで、誰もわからなかったこの事実を。
ティリア様でさえ、すぐにはわからなかったというのに。
どうして?
どうして、この男神は一一?
なにか温かいものが僕の肩にふれたけど、僕は僕の頭のなかをぐるぐるとまわる疑問にとらわれていて、それどころではなかった。
僕の両脇がさしいれられた熱にぐいっと持ちあげられて、ふわりと上体が浮き上がったと思う間に、もっと大きな熱に背後からくるまれて、そこでようやく僕は我に返った。
太く熱い指が、僕の首筋をかすった。
ぴくりとして。
肌に張りついていたまだ湿ったままの僕の髪が、リプエ神の指にすくわれて、僕のくるまる彼の外衣の上に出されたのだと気づく。
それと同時に。
僕が、腰をおろしているのは……。
……固い。
幼い頃、姉様達や戦女神様のお膝の上に座ったことは何度もあるけれど。
もっと柔らかくて。ドノアは姉様達にくらべて固かったけど、彼女とはまた固さの質が違う。
それでいて、弾力があって。
成長した僕がのってるのに、まだゆとりがあって……。
…………熱い!
落ち着かなくて、身をすくめる。
と。
背後から、大きな影がかぶさってくる。
一一!!
息が止まるかと思うくらいの衝撃。
固まる僕のすぐ耳元で、これまでの低音よりさらに一段低い声でリプエ神が語りかけてきた。
「……俺は、怒ってなどいない。だから、おまえは安心していい」
…………。
ぞくりとした。
急に力が抜けそうになって、しなだれそうになる体を叱咤して、どうにかたてなおす。
…………。
僕は男神のお膝の上にのるなんて、これが初めての経験だけど。
……父様のお膝の上に座るって、……もしかして、こんな感じ?
不思議だけど、姉様達とは体温の感じ方が違う気がして。
臭いも、違う。
妙にどきどきして……。照れくさい。
男神の声は、姉様達とはぜんぜん違う。
声の高さのせいなのか、それとも僕が聞きなれていないだけなのか。
ずしりと、耳朶に響いてきた。
僕は、リプエ神のさっきの言葉をゆっくりと反芻して……。
一一『怒ってなどいない』?
浮ついていた気分が、徐々に落ち着いてきて。
順々に、ここに来てからの記憶を手繰り寄せていく。
…………あぁ。
――僕を、女神だと思ってたから?
僕が女神の衣装を着て、女神のふりをしていたこと。リプエ神を騙してたことを、そう言ってくれたんだ。
――怒っていない。
その言葉に。
信じられないくらい、安堵している自分がいる。
じんわりと、胸が熱くなる。
――怒っていない。
ただ、それだけの一言なのに。
――だから、おまえは安心していい。
その一言だけで、僕を受け入れてもらえたように錯覚してはダメだ。
なのに。
目頭が熱くなって、こらえきれそうにない。
僕は少しでも動いたら、目尻から涙がこぼれ落ちそうで。
ささいなことでみっともなく泣き出してしまいそうで、リプエ神の膝の上でじっとしていた。
そうしていながらも頭は平静さを取り戻そうとして、僕は必死で答えを探す。
リプエ神の問いかけに対する答えを。
――どうして、わかったんですか?
これは、リプエ神に、僕が一番訊きたい内容だ。
喉からでかかったけど。
これではリプエ神に問いかけながら、はっきりと認めてしまっている。
僕が、両性具有だと。
僕が、というより当代の『ミシュア神』が両性具有であることは、極秘にされている。
『旧き神』の間でも、知っているのはごく一部の神様だけ。
リプエ神も、『旧き神』の一柱だけど。
代替わりを重ねて、僕ですでにもう『四代目』というだけでも異例なのに、『運命の女神』が女神ですらないなんて……。
――おとなしく神殿にひきこもっていればいいものを!
秘密を知る神様方の非難の目が、まざまざと想像できてしまう。
どうしてこんな僕が、『ミシュア神』なんだろう?
……また。
こんなことを考えてる。
いつも、堂々巡りで……。
僕は姉様のぶんも、『ミシュア神』として精いっぱいお務めを果たさなければならないのに。
これといって良い答えの浮かばないまま、よけいなことまで次から次へと湧いてきて。
じりじりと時間だけが、むなしく過ぎてく。もう、だいぶたったと思うのに。
…………。
リプエ神は、ずっと動かないでいてくれている。
…………。
僕の答えを、待ってくれてる?
どうしよう!
僕、また。
その瞬間、僕の心は決まった。
「……僕。……僕が両性具有だというのは、その通りです。これまで一度会っただけで言い当てた方っていなくて。うろたえてしまって、すみませんでした」




