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 ※今回、ミシュア視点以外の描写があります。

「……ミシュア女神は、また代替わりか?」

「段々、短命になってきてはいまいか?」

「……どうにも。……初代の自死がたたっておるようだの……」




 神様方も不思議だと仰っていた。

 これまで代替わりをした神は、ほとんどいない。

 なので、これが普通なのかはわからないけれど。

 ミシュア女神を宿す腹はなぜだか決まっていて、僕の母様がそうだった。


 母様は生涯で五柱の子供を産んだ。

 うち四柱が、『運命の神』になった。

 ――僕以外は、みんな女性だった。


 一番最初に生まれた女神が、『運命の神』――ミシュア女神になった。

 長女に変調が現れた頃、二番目の女神が産まれてミシュア女神の補佐となった。

 長女が倒れて、三番目の女神がミシュア女神となり……

 やはり変調が現れて、母様は次の命を宿す。

 姉様が産まれて、そのあと八年後に――僕が産まれた。


 母様はいつも我が子の無事と幸福を祈っていた。

 姉様が教えてくれた。

 母の温もりを知らない僕を、そのたおやかな手であやしながら。

 母様は僕がお腹にいるうちから、僕が幸福になれるようにそれはたくさん願をかけていたんだって。

 姉様方の苦しみを陰でずっと見守ってこられて、産まれてくる僕が同じ苦しみを味わうことのないようにって……


『……それでなのかしらね? 始めのミシュアと二番目のミシュアは違ってたってお母様は仰っていたの。始めのミシュアの短所だったところが、お母様が心配で気掛かりでたまらなかった部分が、二番目のミシュアには見受けられなかったって。そうとわかったときには、いっぱいお祈りをしていたから願いが聞き届けられたんだって、お母様それはもう喜んで神様方はもちろんのこと天地万物すべてのものに感謝なされたそうよ。お母様も、れっきとした女神なのにね』

 在りし日のことを思い浮かべ、姉様はそれは慈しみ深く微笑んで。

 姉様の面差しは、亡くなられた母様にとてもよく似ておられるそうだ。

 光を弾く銀の髪はとても見事で、夕闇を映した菫色の瞳はいつも濡れているように輝いていて。お顔の造りは繊細でどこまでも優美で……華奢な肢体からはとても五柱もの子をなしたとは思えなかったと……。


『だから。――あなたは、大丈夫よ。ミシュア』


 僕の髪を撫でる細い指に、僕の肩にかかる銀の髪に、僕をみつめる柔和な眼差しに、僕は安心して目を閉じる。

 幼かった僕は知らなかった。

 僕の前のミシュアが、みんな女性だったなんて。




「……おかしいではないか? 先代の死からもう十年になるのだぞ?」

「これほど長く次代が誕生しなかったことは、今までにない」

「ミシュア神を産んできた女神は、最後に男子を産んですぐに身罷っている。それが確か、……九年前……」

「他の神の代替わりの例もある。亡くなった女神でなければ産めぬ……というわけでもあるまいに……」




 出産を繰り返すうちに、母様の体の負担は増していった。

 ミシュア神を産むのは「これで最後」――が口癖だったと聞いた。

 命を削って産んだ最後の子が男子だとわかって周囲が悲嘆にくれるなか、母様だけが僕の誕生を喜んでくれた。

 僕に『ミシュア』と名付けたのも、母様の意志。

 最期の時が迫り、もう僕が男だってこともわかってなかったのではないか? と訝しむ声もあがったそうだけど。

 でも僕を取り上げた女神様は、

『母神様は、最期までとてもしっかりしておられました。あなた様をご覧になりその胸にお抱きになり、たいそうご満足なご様子でした。……それは幸せそうにあなた様に『ミシュア』と呼びかけられたのですよ。あなた様が応えて笑顔になったのをご覧になって、微笑まれたまま……安らかにお逝きになられました』



『ミシュア』

 ――それが、母様の遺言になってしまった。

 さすがにそれを覆すことまではなかったけど。


 『ミシュア』と名付けられた男子の誕生は、出産に立ち会った女神様と家族とごくごく一部の神様のみが知る事実として、……僕という存在は完全に秘匿された。




「……女神でなければならない、というわけでもあるまい」

「なにを莫迦な! 我らの絶対性が揺らぎかねぬ!」

「しかしだな、母神もいまわの際に『ミシュア』と呼びかけたと聞くぞ」

「いまわの際で錯乱しておったのだろう?」

「そもそも代替わりなどあってはならぬ。由々しき事態なのだ。欠けてはならぬ存在であるが故、当代の死後時をおかずして次代が産まれる。この事実が雄弁に物語っているではないか? 他の者ではとって変わることのできぬ存在。『ミシュア神』とは『運命の女神』となるべく生を享けた者のことなのだ。それが代替わりなのだ!」

「代替わりしたりプエ神も、……外見は先代とは別神だぞ」

「! 違うと言っても近くまで寄って見なければわからん程度だ。だいいちあの戦神の傍まで寄ることのできる神など、それこそ限られているではないか?」

「あまり表に出てこない女神というのが幸いして、ミシュア神がすでに二代にわたって亡くなっていることを知らぬ神も多い。だが今回のように性別が違っていたのでは隠しようがないが、はてさて、……どうしたものか?」

「……悠長なことを言っておるが、ここで今一度はっきりさせておくぞ。『運命の女神』と異なる性別で産まれたという時点で、そやつはミシュア神たりえないと言っておるのだ!」





 その日は、姉様は日の昇る前、いつもよりずいぶん早い時間にお目覚めになり身支度を整えると、ひっそりと館を出て行かれた。

 僕がなぜそれに気付いたかというと、その前夜珍しく姉様が僕の寝間にいらしてお話をして、それから添い寝をしてくださったからだ。

 一とっても久しぶりのことで、久しぶりだったせいか、とんでもなくどきどきした。いつの間にか眠ってしまっていたけれど。


 僕は男の子だからって、もの心がつく時分には姉様達とは別の寝間を与えられた。

 最初の頃は寂しくて寝られなくて。それで姉様のお部屋に忍び込んでは優しくたしなめられていた。

 そうして姉様は決まって少し困ったような顔をしてみせてから、僕の手をひいて僕の寝間へ。僕が寝付くまで、姉様は僕の寝台の脇に椅子を置いて腰かけて、ついていてくださった。

 僕がちゃんと自分だけで寝られるようになるまで、ずいぶんかかった。 


 だから夕べはびっくりして。寝台の端まで歩いてこられた姉様をぽかんと見上げる僕に、姉様は少し困ったような表情を浮かべられた。


「なんだか……寝られないの。少しの間、お話をしてもいい? ミシュア」

 僕は一も二もなく頷いた。



 今年になってから、姉様はなんとなくお元気がなかった。

 二番目の姉様が尋ねていらっしゃると、特に。

 姉様は数年前から、二番目の姉様についてお仕事を教わっていらっしゃる。


 お仕事を始めたばかりの頃は、僕でもわかるほどに、姉様は疲れたご様子だった。

 姉様のそんなお姿を見るのは初めてで、心配と不安に駆り立てられた僕は幼子のように姉様につきまとった。

「とても大切なお仕事だから、きっと気を張ってお勤めを果たしているのね。慣れてなくてとにかく夢中でこなしているうちに、ちょっと無理をしてしまったのかも?」

 姉様はとても美しいお顔を近づけて僕をぎゅっと抱きしめて。

「でももう大丈夫よ。ミシュアに元気をもらったから」

 間近で聞こえる優しい囁きと甘い香り。姉様の体温と軽い締め付け。

 僕はそれだけで舞い上がってしまって、僕も姉様にしがみついて。

「僕の元気でいいならいっぱいあげる。いつでもたくさん持っていって」

 どちらかといえば体の弱い僕のこんな台詞でも、姉様は幸せそうに微笑んでくださって、それが僕はたまらなく嬉しかった。 

 

 それからだんだん姉様はお仕事でお出かけされることが多くなり、館へお戻りにならない日も増えていった。



 姉様が一週間のお休みをいただけた。

 最近お疲れみたいだから、いっぱい休んで、喜んでいただこう!

 子供ながらに姉様がお休みの間の計画をたて単純に喜ぶ僕をよそに、姉様は和やかに僕につきあってくださりながらも、日に日にふさぎ込む時間が長くなっていった。


 お休みにはいって四日目。二番目の姉様の来訪が姉様の不安なご様子に拍車をかけた。

 二番目の姉様のお姿を見たときの、姉様の青ざめたお顔。

 僕は姉様の衣を掴んで、対峙する姉様達のお顔を交互に見比べることしかできなかった。




 

「――彼女の才能は、歴代のミシュア達にひけを取るものではありません」

「それは、確かなのだな?」

「はい」

「二代目が存命中に、すでに三代目が産まれていたということか?」

「……いや。やはりおかしいだろう? 代替わりと言うからには……」

「母神の寿命がつきかけていたので、早まったのではないか?」

「性急だな。母神はそのあとにも、子を産んでいる」

「『運命の神』を産み落とすのだ。おおかた三代目となる『イリナ』を産むので力を使いきったのであろう。それ故の男子誕生だったのではないのか? もう『運命の神』を産む力は尽きたと」




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