5
「純粋な女でなくても有効だなんて、聞いてないぞ」
まどろんでいた僕の意識に、自棄気味の低い声が痛烈に突き刺さった。
その一言で、さきほどの熱の余韻にぬくぬくとくるまれて浸り、ふわふわと気持ちよく夢と現の境をたゆたっていた僕の意識が、一気に覚醒する。
――――ばれた!! 僕が女神じゃないって!
あとになって考えてみたら、自分でしっかり衣服を脱いでしまっていたのだから、ばれて当たり前。
……なんだけど、このときの僕にはそんな余裕など、微塵もなく……。
このときの僕を支配したのは、リプエ神を結果的に騙していたことに対する後ろめたさやばれてしまった恐怖とともに襲ってきた、けれどそれらとはまったく別な、異質なモノ。
そのおかしな感情に、僕は打ちのめされていた。
――僕を、女神だと思ってたから?
女神だと思ってたから、……僕のことを地面に倒れる前にあんなふうに抱き留めてくれたんだ。具合の悪い僕を横抱きにして運んでくれて、勝手に落っこちそうになった僕をしっかり抱きしめてくれて……。泉のそばの涼しい木陰にそっとおろしてくれて――。
熱っぽい僕の額にふれたぶ厚い大きな掌も、僕を見つめてくれた榛色のあの瞳も……
じわじわと、……自分でもわからない、感情の波がせりあがってくる。
さっきの、まるで夢のなかの出来事のようだった、あれも……?
溺れて冷たい泉の底へと沈んでいく僕を引き寄せてくれた強引な腕も、抱きしめてくれて、引き上げてくれたときに感じたあの逞しくて熱い胸も。
……あれは、あなただったんでしょう?
だって。
――そのすこし前にリプエ神に抱っこされていたときの感触と、……感覚と同じだ――って。
ちょっと怖いけど。……でも、なんでだかぜんぜんわかんないけど、……じかに伝わってくる彼の体の熱さと力強い鼓動にとてもどきどきして、なんか、……安心して。
あのときは、思いもよらない成り行きと、体内にこもってしまった熱のせいでパニックになってたけど。
パニックになって僕、頭も体もとろけそうになってて……。
意識を取り戻して、すぐに気づいた。
こうして僕を泉の畔に横たえてくれたのも、濡れネズミだった僕の体をふいてくれたのも、僕の体に外衣をかけてくれたのも。
そして、夢のなかで――――。
凍てついて氷のようになってた僕を、呼び覚ましてくれたのも。
僕にふれて、その熱で、僕の体を覆いはじめていた氷花を溶かしてくれたのも。
僕に、――――命を注ぎ込んでくれたのも……。
……『ミシュア』って呼んでいた。
彼の、深く通りのよい低音が、上擦ってた。
それは、――女神の名前。
それもこれもぜんぶ、リプエ神が僕のことを『純粋な女』だと、勘違いしていたから?
僕だって好きで、こんな体に生まれてきたわけじゃない!
僕がちゃんと『女』に生まれていたら、姉様が『ミシュア神』になる必要なんてなかった。
僕がこんな体に生まれてきたから、姉様は……。
リプエ神は、僕が、女でなかったら、僕をあんなふうには助けてくれなかった?
なんでだろ? そのことが、すごいショックだ……。
あれ? でも僕、溺れる前にもう裸になってて……。
――――て、ことは?
……あぁ、もう。わかんないよ。
僕はすがるように、すこし離れて座るリプエ神の姿を視界に捉えた。
水に濡れて鮮やかさを増した癖のある鳶色の髪が精悍な顔にはりついて、その艶めかしさに思わずどきりとする。
リプエ神のこちらを窺うように見る切れ長の瞳が翳りを帯びていて落ち着かない。
その悩まし気な視線に誘われるように、僕はおずおずと釈明をはじめようとした。
「すみません、僕、対外的には、女神ってことになってますけど、あの、その……」
こちらに向きなおったリプエ神の視線にまっすぐに捉えられ、言葉が続かない。
僕は外衣を掴んで、みっともなく泣き出してしまった。
なんで泣いているのかなんて、わからない。
今日の僕はとにかく情緒不安定で、己の気持ちと行動がとんちんかんで、自分でもすっかりわけがわからない。ただ、自分が恥ずかしくて惨めで……。
決して、彼が怖くて泣き出したわけではなかった。
こんなの、ずるい!
たくさん親切にしてもらって命まで助けてもらって、あげくこんなのって!
なのに自分でも、もうどうしようもなくて。
僕は止められらなくなってしまった自らの嗚咽が、静かな泉の空気を震わせるのをなすすべもなく聞いていた。
「俺が怒鳴ったのはお前を責めたんじゃない。その、おまえ、あれだろ?」
彼の形のよい唇が動く。
スローモーションのように彼の低音が紡ぎだした言葉に、僕は声を失った。
彼は、気づいていた。
見た目だけでは決してわからないはずの、僕の秘密に。
ずっと秘密にしてきた、僕の……。
「……おまえ、両性具有なんだろ?」
――――――どうして?