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今回短めです。
――なんで?
きらきら飛沫が舞って、体にかかる水が爽快で。
とっても楽しかった水遊びから一転……。
襲いくる波になすすべなくのまれる。
僕の体はさながら木の葉のようにくるくると流されてゆき、そして泉の岸壁にしたたかに打ちつけられた。
…………。
衝撃で呼吸が止まった。
焼け付くような背中の痛み――
意識が暗転する。
なにか熱いものが、僕の腕を掴んだ。
背中にもふれたと思ったら、上半身をあたたかいものにくるまれた。
とてもあたたかくて、ときどきとても熱くて、気持ちよかったのに。
それが離れてしまったら、僕はとてつもない寒さに襲われた。
震えることもできないほど、凍えて――――。
真っ暗で冷たくて、まるで鉄塊の下敷きになってるみたいに重くて、怖くて……。
身じろぎひとつできなくて、声も出せない。
――――ア。
頬に熱いものが何度もふれてくる。そのままふれていてほしいのに、あっという間に離れてしまう。
手を伸ばして、それを僕の頬にとどめておきたいと思うのに、手どころか指先ひとつ動かすことができない。
――シュア。
あたたかい感触と一緒に告げられる声が、僕を閉じ込める真っ黒な闇をかすかに震わせてこだまする。
ミシュア。
僕を、呼ぶ声?
…………。
声が、出ない。
応えたいのに……。
喉を、震わせることもできない。
ミシュア。
必死で、声を絞りだそうとして――――。
『――それは……『運命の女神』の名前です……』
『運命の、女神』?
――――女神?
僕は、……女神じゃない。
じゃあ、じゃぁ。
ミシュア、って呼んでるのは?
姉様、……のこと?
…………僕は……?
僕は?
僕を、…………読んでくれてるんじゃ、ないの?
『……『運命の女神』の名前です……』
――――困惑の滲む声音で、僕にそう告げたのは……。
意識が、遠のいてゆく。
遠くで、――誰かが呼んでる。
『ミシュア』って、何度も、何度も。
この低い声、聞いたことがある。
『ミシュア』 ――――って、姉様?
それとも、僕? 僕のことじゃないの?
『ミシュア』 ――――って、誰のこと?
女神の名前って、誰のこと?
ミシュア!
…………低い声が、上擦ってる?
それでも、……重くて、心地よく響く声。
この声、好きだ。
ずっと、聞いていたいのに。
『運命の女神』を、呼んでるの?
すごく心配してるんだね、……姉様のこと。
闇にとらわれてしまった、姉様のこと……。
そっかぁ、僕を呼んでるんじゃないのかぁ……。
寒くて、冷たくて、いろんな感覚がとまっていく……。
……『ミシュア』って――?
さっきと同じ熱いものが、僕の頬にふれてきた。
僕の願いが届いたのか、今度はすぐに離れていかない。
……ふれられている頬に、熱がたまる。
凍えていた体のなかでその部分だけじわと氷が溶けていくような感覚がして、僕の心が身震いした。
ゆっくりと這うように、熱をためたそれが頬から顎へと流れていく。
それからそっと顎を掴まれた気がした。
僕の冷たい体を囲うようにあたたかいものがおりてきたと思ったら、熱く柔らかいものが唇にふれた。
…………?
突如としてそこから、今までとは比べないものにならない膨大な熱量が流れ込んできた。芯まで凍り付いていた僕の体が灼熱した奔流にじわじわと溶かされていく。
融解がすすむにつれ、その熱はいよいよその勢いを増し、僕の体の隅々までかけめぐっていった。
やがて背中や足や腕のあちこちが痛み出したと思ったら、徐々にその痛みも和らいでいく。
もはや僕は闇の中などでなく、あたたかな光の世界にいた。
さっきまでとは違う柔らかな心地よい熱が今はゆるゆると流れてきて、優しく労わるように僕の弛緩した体を満たしていく。
うとうとと、まどろんでいたら……。
…………?
僕に流れる熱のうちに、なにかはっきりとした形のある熱いものが僕の口にふれている。
それから僕は、僕の唇がしっかりとふさがれているのに気がついた。
お読みいただいてありがとうございます。
この回は三人称のほうがよかったのでは……とも思いましたが、どうでしょうか?