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2/17

 僕がリプエに初めて会ったのは、『医療の神』のクリエ様のところで一年毎の定期健診を終えた翌日のことだった。

 そのすこし前には、巨人族との「小競り合い」――リプエはそう言っていた――があって。

 今回は、「結構な被害も出た」――うちの館の女神様達はこう言っていた――みたいだけど、神域にある『運命の女神』の居館にこもっている僕の日々の暮らしには、さしたる影響もなく。

 ……こんなこと、リプエに言ったら絶対気を悪くすると思ったから、その話のときは黙ってたんだけど。

 そしたら女神様達があとで、僕が空気を読んだ、――ってんで褒めてくれた。

 ……。

 とにかくそのくらい、僕は館の外の世界とは隔絶して、無頓着に生きていた。




『最近体がだるくて、時々熱も出るんです。僕、どこか悪いんでしょうか?』


 僕の体は、いろいろとヘンだった。

 両性具有であるというのはもちろん、体の成長とかも……。


 年齢的にはもう三十にもなるというのに――。

 …………。

 気がつけば三十、というか、いつの間にか三十、……になってたというか。


 まぁ、それはさておき。

 ぱっと見た感じ、十五、六歳ほどにしか見えない。

 他の神様達は多少の個体差はあっても、十八歳くらいまでにはおとなの姿に成長している。

 なかには、十歳足らずで成体になってしまった神様もおられるとか。


 それで、僕の体の特殊性にまっさきに気付いてくださった養い親のティリア様のはからいで、定期的にクリエ様に体を診てもらっているのだけど……。

 以前はそんなに気にならなかった診察も、近年は……なんとはなしに恥ずかしくて。


 クリエ様に失礼だよね。こーいうのって……。




『きみはもうすこし、気を楽にしてもいいんじゃないかな?』

 首を傾げる僕に、クリエ様は穏やかな笑みを浮かべておっしゃった。

『体がすこし窮屈がってるみたいだからね。……ミシュア、きみの不調は病気が原因ではないから安心していい。ただ、これからしばらくの間、今の状態が続くかもしれないね』

『…………』

 僕は心のうちの不安を、うまく隠せなかったみたいで、

『気になることがあったらいつでも来なさい』

 とクリエ様は優しく僕の肩に手をおいて、言い添えてくださった。



 お昼前に館に戻ったらティリア様がいらしていて、東屋で庭の薔薇を眺めながら僕の帰りを待っておられた。

 ティリア様も僕の最近の不調を心配してくださっていたから、おおむねいい報告ができて僕もほっとした。

 それからティリア様の手土産の珍しい果実やお菓子をいただきながらの、和やかなおしゃべり……。


「……それでねミシュア。今日は他にもあなたにお願いしたいことがあって来たの。あなたの体の具合も大丈夫のようだし……」

 ティリア様の美しいお顔が、僕の機嫌をうかがうように傾けられる。

 今日のティリア様は、お髪を両サイドでゆるく編んでから頭の後ろで束ねてゆったりとおろしておられる。お顔の動きにつれて淡い琥珀色のゆるやかな巻き毛がふわりと揺れて、ティリア様の魅力に花を添えた。


 日頃お世話になっているティリア様のお願いなら、僕に否やはない。

「はい。どのようなご用でしょう?」


 ティリア様は僕をじっとご覧になったあと、珍しくすこし改まったご様子でおっしゃった。


「あなたに、わたし達の使いとして、リプエ神のところへ行ってもらいたいの」



「――――――え?」


 …………リプエ、……神?


 ………………え?


 えええぇええ~~~~?


 リ、リプエ神って?

 あの、滅多に外に出ない僕でも知ってる、泣く子も黙る『破壊の神』。

 愛の女神様にすげなくされて八つ当たりで山ひとつ吹き飛ばした、っていう、怒らせたら滅茶苦茶おっかない戦男神…………。


 きっとこのときの僕は、目も口もみっともないくらいにだらしなく開ききっていたと思う。

 そのくらい、思いもよらないというか、僕には一生縁のない神だと思ってた。



「…………なにも、そこまで驚かなくても……」

 目の前にいらっしゃるティリア様のため息まじりの声が、幕越しのように遠くに聞こえて……。 

 ティリア様の情けないものでも見るような、なんとも気まずそうな眼差しにようやく気づいて、――僕は我にかえった。



 結局、僕はリプエ神のもとへ使者として赴くことになった。


「そんなに難しく考えることはないの。りプエに会って、レストゥールリアへも顔を出すように伝えてもらえれば、それであなたのお役目は終わりよ」


 いくらティリア様のお願いでも、これは僕には荷が重すぎる。 

 それでなにかと苦しい理由をつけて、断ろうとしたのだけど。



 実は明日は予定があったのを忘れてて。――――おなたが帰ってくる前に、こちらの女神にあなたの予定は確認済みよ。

 お出かけしようかな~、なんて。――――引きこもりのあなたが、いったいどちらへお出かけのご予定が?

 お腹が痛くなってきた。――――そんなに食べておいて? まさか、わたしが持ってきた果実がよくなかったのかしら?

 …………。

 クリエ様のとこから戻ってきてすぐ、これ以上の仮病はいくらなんでも申し訳ない。

 ……。

 僕の育て親でもあるティリア様は、ぜ~んぶお見通しで。

 ……ことごとく、失敗に終わりました。


 そのうえ引っこめようとした手をティリア様のやわらかくあたたかい両手で包みこまれて、慈悲深い面もちでお願いされてしまっては……。


『もうあとがなくて。あなたが最後の砦なの』

 ――――って、なんなんですか、いったい?

 という僕の心中のつっこみは、ティリア様の面前では恐れ多くて不発に終わるしかなく。

 それに、なんか訊かないほうがいいよーな気も、ちらっとだけしたんだよね。

 なんとなくティリア様のあのノリは、僕でもあれ? と気づくくらいおかしかったし。


 ――で。

 女神様達いわく、僕にしてはねばったほう、……だったそうですが。

 はい。押し切られてしまいました。





 僕は今、せっせと明日の貢ぎ物の準備をしている。

 なんでそんなことまでって? 

 リプエ神とは一応初対面になるのだし、首尾よくお会いできたらご挨拶もしてきなさい、とのことでしたので。 

 それで、うちにあったなかで大きさが手ごろで一番見栄えのする籠になにを入れるかで、僕はさっきから頭を悩ませている。

ティリア様から、今日いただいた果実も入れた。

 黄金色の果皮に芳醇で鮮やかな緑色の果肉のそれは、ティリア様のおっしゃるとおりとっても稀少で極上の果実だった。使い回しみたいで気がひけたけど、今日の明日じゃ僕に他に気の利いたものをそろえられるわけはなく……。



 ――僕、こういうときに頼れるお友達って、いなかったりする。

 お願いすれば、皆さん快く受けてくださるとわかってはいるんだけど。

 もともとの引っ込み思案にくわえて、今じゃ半分女神じゃないのに女神を名乗る、……なんて、とんでもない秘密を抱えちゃってるしね……。

 そんな秘密をしょいこんで器用にたちまわるなんて芸当、僕にできそうもないし。

 それでつい、距離をとってしまうから……。



 明日、大丈夫かなぁ?

 噂に聞く、あんな取り扱い要注意の神様。

 …………もし、怒らせてしまったら?

 山を吹き飛ばすくらいだから、……僕なんか、跡形もなくなっちゃう?

 ……………………。


 ……あはは。

 まさかぁ! いくらなんでも、仮にも神である僕を?

 …………。

 ……そう、だよね? なにも、とって食われるわけでなし……。

 ――バカなこと考えてないでとっととすませて、さっさと寝よう。

 明日は、いつもより早起きしないと。




 就寝前の妄想がたたったのか、心が騒いであんまり眠れない。まんじりともせずその夜を過ごし、僕はもう寝るのを諦めて夜明け前に庭園に足を踏み入れた。

 ひっそりと静まり返った薔薇園の茂みに、庭園の石畳を踏む僕の軽い足音だけが響く。

 あてどなく歩いて、僕は薔薇園の奥まったところに凛と立つ、ある薔薇の木の前でたちどまった。


 冴え冴えとした月明かりに照らされて浮かぶ、一輪の薔薇の蕾。

 神域でもごく限られた場所にしか群生してなくて、ティリア様が僕がミシュア神になったお祝いにとくださった花だ。

 ちゃんと根付いてくれるか心配だったけど、翌年には見事な花を咲かせてくれて……。

 不思議なことに、この薔薇は一株に一輪ずつしか花をつけてくれない。

 だからこそ、なのだろうか?

 この薔薇は蕾をつけてから散るまでの期間がとても長い。はじめは純白だった小さな蕾がかすかに薄緑色を帯びてそれから次第に色を変化させていく様は圧巻で、『花の叙事詩』という大層な別名もうなずける。


 ――――これなら、喜んでもらえるだろうか?


 なんの脈絡もなく突如として浮かんだ考えに、僕は自分ですかさず突っ込んだ。


 戦男神に、花贈ってどーする?


 己のあまりのバカさかげんに、真っ赤になっているであろう両頬に手をあてて、僕はその場に蹲った。

 悶々としているうちに、僕の頭に明けはじめの白々とした光があたる。

 その神々しく清々しい光に一気に冷静になった僕は、そそくさと庭園をあとにした。


 



『リプエ神の居場所を見つけ出すまでが、大変なのよ』


 なんでも泉の守護者であるリプエ神は、泉に通じるポイントとなる地点を日替わりで変えているとのこと。そこに法則性は見いだせず、どうやらその日の彼の気分で設定しているのではないか?


 との、どうにも実のない説明を、僕はティリア様から受けていた。

 よーするにこれって、どこへ行ったらいいかわかんない、ってことだよね。

 おまけに供をつけずに、『運命の神』である僕だけで行くように、とも。

 『旧き神』である者しか、リプエ神のポイントには近づけない。へたに連れていくと主従がはぐれてしまってお互いに捜し回る羽目になり、よけいに大変な思いをすることになるのだとか。


 じょーだんでしょ?

 『旧き神』っていったら、神様達のなかでも力が強くて、長命で。

 僕はぜんぜんあてはまんないけど、ともかくそんな神様方がお供もなしで尋ねてきてる、ってのにムシしてんの?

 『破壊の神』は、やることも破格だ――――。



 そこで僕は、心配する女神様達に見送られて、朝食もそこそこに館を出た。

 手にさげた籠には、ティリア様からいただいた果実が二個と僕の好物の干した果実を使った焼き菓子。これもいただき物のちょっといいお酒。下戸の僕にはお酒のよし悪しって全然わかんないんだけどね。

 それだけだと寂しい気がしたので、いろどりに今朝の薔薇も一輪添えた。棘もきれいにとって、切り口に水を含ませた綿と油紙を巻いてその部分を綺麗な布とリボンで飾った。ちゃんと処理をしたから、このままでも今日一日くらいはもつはず。


 できるだけ早く、見つけ出せるといいけど……。


 ティリア様から教えていただいた、おおよそこのあたりじゃないかといういくつかの場所を順につぶしていくしかないらしくて。

 ……ほんとに、なんてメンドーくさい神だ。


 僕は手近にあった棒をとり地面に円を描いた。円の中心を起点に等分して候補地を書きだしていく。

 そして円の中心に棒を垂直に立てて手を離し、倒れた棒の示した候補地へ向かうことにした。


 ――自分でも、やる気なさすぎ~、とは思うけど。

 だって。会ったことのない神様ですよ?

 そんな神がどこにいるかなんて、僕にわかるわけないじゃない。





 ――――――――うそ?


 …………着いてしまった。

 一発目で?


 そこはレストゥールリアから東へカスプの山へ向かう途中の林のなか。道の両脇の樹木がアーチ状に枝を伸ばし、まだらに緑の影を落としている。

 ぼーっと林道を歩いていた僕は、そこを通り過ぎたとき、……微妙に違和感を覚え『それ』に気付いたのだった。

 さわり、と羽毛のようにかすかではあるけれど、なにかが僕を撫でていく感覚。


 ――――ここに、なにかある。


 何度か行ったり来たりを繰りかえし、僕はここにリプエ神の結界があるのでは? と思ったのだけど。


 ――さて、これから、どうしよう?

 まさか、こんなに早く見つかるなんて思ってなかった……。



 はたから見たら、なんとも滑稽な有様だろう。

 僕は林道の向こう側から結界を通り過ぎる。

 阻まれなかった、――ということは?

 『泉に通じるポイントとなる地点』っていう話だったから、そうするとてっきりここまで歩いてきた道とは別の場所に出るのだと、僕は思いこんでいた。

 ところが僕の体は、歩いてきた林道のこちら側に出てしまうのだ。


 つまり、普通に道をまっすぐ歩いてきただけ?

 ………………。

 これで、……皆さん、どうやってリプエ神と連絡をとっていらしたのでしょう?


 なにか方法があるのでは? と結界があると思しきあたりを、しばらくうろうろと歩きまわってみたけれど、さっぱりわからない。


 それに、さわり……と結界にふれる度に、なんだかぞくぞくとして、落ち着かない。

 ――やだ。すこし、熱上がってきたかも?


 普段館にずっと閉じこもって仕事してる僕が、こんなに動きまわったのは久しぶりのことだった。


 体調不安定だからあまり無理をしないように、って言われていたんだった。

 夕べ、あんまり眠れなかったし。



 『半日はかかるかも?』……と言われていた目的地が呆気なく見つかって、張っていた気が緩んだせいもあるのだろう。

 押し寄せる疲労感に、つぶされそうだ。

 早くリプエ神をつかまえて、使者の務めを終えて帰りたい!



「リプエ神、いらっしゃいますか~~?」

 ……だめもとで呼びかけてみた僕の声は、むなしく辺りの木立に吸い込まれていった。

 う~~ん? やっぱ、向こうで気がついて出てきてくれないことには無理っぽい?

 そんなの、いったいいつになるんですか?



 どのくらい、そうしていたろう。

 いつの間にか、お日様が高くなってる……。

 ここにきて、熱がさらに上がった気がした。


 こんなに遠出をしたのも初めてなら、こんなに長い時間僕の周りに誰もいないなんてことも、これまでなかった。

 いつでも、僕を助けてくれる神様が、僕の目に見えなくても近くにいた。


 ダメだ。こんなんじゃ。

 ここには僕しかいないんだ。

 自分で考えて、――動かないと。


 


 …………。

 僕はとうとう、その場にしゃがみこんでしまった。



「帰りたい……」


 こんなところでこんなふうに無為に時間を過ごしているくらいなら、たとえきつくても運命の神の仕事をしていたほうがよっぽどマシだ。

 そう思ったらおかしなもので、常日頃重苦しく感じていた館にある仕事場が、無性に恋しくなってくる。


 今日はもう縁がなかったと諦めて、明日の朝にもう一度出直そうか?

 どっちにしろ来た道をもう一度、戻らなくちゃいけない。

 ティリア様も、二、三か所まわって見つからなかったら、ムリしないで帰ってきていい、とおしゃってたし。

 体力を、これ以上、……失わないうちに。


 とりあえず、立ち上がろうとして。


 …………ん?


 ――――『見つからなかったら』……って?


 ふいに、わいた疑問。

 今の僕は、そんな考え事をしている余力などなかったというのに。



 僕の体は、大きく前のめりに傾いた。



 その刹那、僕は倒れる、――――と思った。

 でも、暑さで朦朧としていた僕の意識は、とうに自分の体のコントロールを手放していて……。



「――――――――あれ?」


 がっしりとした固いものが僕のお腹をささえている。

 そのお蔭で、僕はかろうじて地面との激突を回避できたのだった。

 宙ぶらりんの態勢のまま、僕は金の髪でできた帳と、それに切りとられた間近にある地面を見ていた。


 ふいに地面が遠ざかり、僕の体が持ちあがる。

 あわてて僕がお腹にある固いものを掴もうとしたら、体がひっくり返された。

 次に目の前にあらわれたのは、蒼天を切りとった逞しい男神の顔。

 燦燦と降り注ぐ太陽の光に縁どられ、陰を纏ったおぼろげな顔のなかで、瞳だけが強い光を放っている。


 ――――――――!


 その双眸に、魂まで射貫かれるのではないか、という気がした。

 ――――この、迫力!


 この、……男神が。




 お読みいただいてありがとうございます。



 今回出てきたリプエの噂ですが、もともとは

『愛の女神も一度で懲りた、キレると恐ろしい戦男神』

 というものでした。

 まぁこれも、事実とは少々異なっていたのですが……。

 それが伝わっていうくうちに、しっかり尾ひれ背びれがくっついてしまいました。

 ミシュアの耳にはいった時点でこれでしたから、今頃は胸びれもついているかもしれません……?

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