17
リプエ神が立ち上がる。
ぅわ。……おっきい……。
下から見上げる戦神のその体躯の大きさに、今さらながらに圧倒される。
目の前に、無骨な手が差し出された。
手を伸ばそうとして、躊躇する。
とーとつに着せ替えタイムの、あのときの女神様達の会話を、思い出してしまった。
大祭用に用意する衣装は全部で八着。そのうちのいくつかを試着した僕を囲んで、全身のバランスを見ながらの調整やら、さらにその上からとりどりの布や飾りをあてがったりしながらと……。
それらを手際よくすすめながら、女神様達がさらりと交わしていた、あのとんでもないセリフの数々……。
……う。
なにを意識してるんだ? オカシイでしょ?
僕、そもそもフツーに女じゃないんだし。
それでも緊張して手を伸ばすと、リプエ神のほうから僕の手を掴んで引き起こしてくれた。
っていうか。リプエ神、力強すぎ!
勢い余ってリプエ神の体に倒れこむ。
慌てた僕とは対照的に、リプエ神は余裕で僕の体を抱きとめてくれた。
リプエ神の逞しい胸と腰に回された腕に、ドキドキする。
だから! 女神様達の話は関係ないって。
僕、女じゃないっ、……。
……。
女じゃ、…………なくはない……。
「まだフラフラしてるな。歩けるか?」
僕の不意をついて頭上から降ってきた、耳朶に重く響いてくる低音。
なんの気構えもなくくらった僕は、それこそ腰が砕けそうになるくらいびくついてしまった。
崩れ落ちる前に、僕の体がひょいと抱きかかえられる。
…………。
僕、自分で言うのもなんだけど、男神様に対して免疫がない。
クリエ様はとても親切に僕に接してくださるけど、でもそれはクリエ様がお医者様だからだと思ってた。
――もしかして? 男神様って、弱者を前にすると、みんなこんな風なのかな?
だとしたら……。
何度もこんなことされたからって、ヘンに意識してしまってるほうがヘン、なんだよね…………?
――って。
………………え?
なぜだか、ふれてはいけないモノにうっかりふれてしまったような、妙にざわついた気分がする。
意識している自分が変なんじゃないかって気がしてきたから、ふつーにしようとして普通を意識して、僕めちゃめちゃアガッてる。落ち着かなくてすぐにでもおろしてもらいたいのに、でもそれって僕が意識してるからであって、ふつーだったらそんなコト思わない? 「おろして」ってお願いするほうが、ヘン?
…………。
すっかりこんがらかっている間に、横抱きにされた僕の体がリプエ神に運ばれていく。
林を抜け、ぐにゃりという例の不可思議な感覚のあとに。
僕達が最初に出会った林道に出ていた。
リプエ神の結界の外に出て、漂ってきた強い匂い。
これ。ティリア様から頂いた……。
リプエ神も気付いたみたいで、足が止まった。
リプエ神の腕に手をおいて匂いのしてくる方へと身を乗り出す。
そしたら、ぐいと体を抱き戻された。
ちょっと強引な扱いに僕が驚いて振り仰ぐと、リプエ神の榛色の瞳が、僕の顔をのぞきこんでくる。
――!!
わ。近い!
「おろすぞ」
彼の瞳にすっかり意識を持っていかれていた僕の耳に、それは届いていなかった。
突然、僕の下半身が下がる。支えを失ったように錯覚した僕は。
泡を食ってリプエ神の首にしがみついていた。
頬を撫でるくすぐったい感触に、そっとつむっていた瞼をあげる。
鮮やかな鳶色の、……髪の毛?
……。
力いっぱい首にぶらさがった僕のせいで、前のめりになったリプエ神の顔が僕の顔のすぐ真横にある。
おそるおそるめぐらせた僕の視線が、リプエ神の視線とぶつかった。
……!!
心臓が、止まった。
呼吸を忘れた僕の体から、へなへなと力が抜け落ちていく。
「ミシュア?」
リプエ神の声に我に返ったときには、僕の体はがっちりとリプエ神に抱きすくめられていた。
「気分が悪いんならちゃんとそう言え」
すぐ耳元で聞こえる超低音の不機嫌な声に、僕は震え上がった。
けれど僕の体はぴくりとも動いていない。
頭と腰をしっかりホールドされていては、身動きがとれない。
おまけに。
弓なりに体がそったこの体勢に、僕は息苦しくなってきていた。
呼吸をさせろと、血液が頭に集まってくる。
苦しい、熱い! もう限界だ。
これ以上耐えきれず力いっぱいもがいてみたら、わずかに頭を押さえるリプエ神の手がゆるんだ。
顔を出して息を吐きだす。
「はぁぁっ」
僕の息がリプエ神の首に当たって、僕の顔に跳ね返ってきた。
自分で自分の息の熱さにびっくりして、思わず目を閉じたとたん。
僕の体は、解放された。




