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「大祭?」

「はい。『旧き神』の一員としてリプエ神にもぜひ大祭執行の準備にご助力願いたい、とそのように言付かってまいりました」



 百年に一度の神様達の一大イベント。

 引きこもりを自認する僕ですら、なんとはなしに心浮き立つものを覚えるほどの、盛大なお祭り。


 まだイリナ姉様と故郷の林の館で暮らしていた頃、お手伝いの女神様達がそれは楽しそうに祭りに来ていく衣装を手ずからこしらえていた。おしゃれのことなんて僕にはさっぱりわからないのに、布地やデザインの相談をもちかけられることもしばしばで。渾身作の完成お披露目では居間で何度もくるくると回ってみせて、まるで子どものようなはしゃぎっぷりだった。



 今回の大祭に、僕は公私ともに初めて参加する。

 とーぜん僕は『運命の女神』として参加することになるわけで。

 公的な場にほとんど顔を出さない僕の晴れ舞台とあって、女神様達は目の色を変えていらっしゃる。

 僕に着せる衣装の力の入れっぷりが半端ない。


 大祭のメインである祭祀で着用する式服は、使用する生地から色柄、型まで細部にわたって厳格に決められている。

 そちらの衣装の支度もぬかりなくすすめつつ、祭祀が終わったあとに着る衣装については品位を損なわなければ割りと自由なんだとかで、女神様達はここが腕の見せどことろとばかりに準備に余念がない。

 それこそ少女趣味なものから艶やかなものまで僕になにを着せるかで、僕そっちのけで盛り上がっていらっしやる。


 つまりは、ここのところ僕は、一日一回は着せ替え人形状態になっていて。 

 ……ものすごく、恥ずかしい。


 僕の特殊な性について知っているのは館でもごく一部の限られた女神様達だけで、僕の身のまわりの世話は普段はそうした方々がしてくださってる。

 だから衣装についてもその方々が中心になって用意してくださる、という話だった。

 ――――最初は。


 ところが、古参の女神様達のセンスを「古い!」と感じていた女神様達が、もう黙っていられないとばかりに、僕に直訴してきた。

 僕の衣装製作に、我々にも参加させろ、と。


 そのあまりの迫力に、内心では「それは困る!」と抵抗しながらも、体が勝手に頷いてしまってた。



 奈落の底まで落ち込む僕に、ナミヤの一言はじつに素っ気なかった。

「はかられましたね。あなたの周囲に誰もいなくなる隙を、ずっと狙っていたようです」

 いわく、自分で撒いた種だから、自分でなんとかしろ、と……。


 ――――なんとかできなくて、……ものすごいスリルを味わいつつ、試着してます。

 着付けじたいは古参の女神様がしてくださるのだけど。

 気になるところがあると、触ってくるんだよね。

 もちろん衣装にだけど。




 ようやく今回の訪問の目的、ティリア様から預かってきた内容をリプエ神にお伝えすることができて、僕がほっとしたのも束の間。


「断る!」

 キッパリ、断られてしまった。

「え?」

 しかも早っ! 間髪入れずに返ってきた。


 ……なんか、相当シブイ顔をしておられる。



 え~と。僕、なにか? しました?

 それはたしかに、ここに至るまで、……失態続きだったけど。

 でも僕だって神様方の使いとして赴いたからにはと、お話するときにはせいいっぱい僕なりに威儀を正して臨んだのに。



「前回俺は警備を任されて、七日間いいようにこき使われたんだ。戦神の俺に協力依頼って絶対また警備だろう。断固として断るぞ!」


 ………………。


 ……あ~~。


 なんか、あったんですね。

 ゼンカイ。

 少なくとも僕のせいじゃなくて、良かったです。

 …………よくは、ないのか?


 コレ、このまんま持って帰って伝えたら……。

 今度はティリア様のシブイお顔が想像できてしまう。



 でも、『七日間いいようにこき使われた』――って、この神様でもそんな目にあうことあるんだ。

 上には上がいる、ってこと? 

 『破壊の神』をいいように、って、いったいどんな神様なんだろ?


 ――って、僕は絶対、お目にかかりたくはないですけど。

 ほんのちらぁっと思っただけで。

 この神様だけでもう十分です。



 リプエ神……。

 拳を握りしめて、……目が座ってる。

 僕のほうを向いてるけど、僕じゃないなにかを見据えてる。

 ……でなけりゃこんなふうに、マトモに目を合わせてられない。



 ――榛色の瞳、って不思議だな。


 光のかげんで、鮮やかな明るい緑に変化したと思ったら、瞳孔の周りだけあたたかな暗い茶色で。

 館の女神様達のなかにはいない、目の色で。

 …………。


 リプエ神の瞳が、下方に動いた!

 目を、逸らされた?

 このタイミングで? ――またしても?!


 ………………。

 

 わ~、ごめんなさい。

 本題に戻ります。速やかに。


「……そこまでは。具体的なことは、僕なにも聞いてきてないんです。ほんとに子供の使いで、申し訳ありません」


 って、あぁぁ。

 ――――もうちょっとマシな、気の利いたことが言えないのか?

 これじゃ、ほんとのほんとに子供の使いだ!


 リプエ神の表情が、目に見えて歪んだ。

 ――――!

 そんな、気まずそうに。

 この方の視線が泳ぐところなんて……。

 もう僕に隠す気もおきないくらい、愛想をつかしてしまわれた?



「…………あぁ」


 リプエ神から返ってきたのは一言だけ。

 それもまた、えらく短い。

 

 ……へこんだ。

 僕、知らない方相手だと、こんなにも意思の疎通に問題があったなんて。 



「おまえもなにか任されてるのか? 祭祀以外で、役割?」


 リプエ神はたぶん、気を利かして訊いてくださったんだと思う。

 ただ……。


「僕、大祭にちゃんと参加するのは今回が初めてなんです。祭祀のことやそのための準備など勉強中で、今回はなにも……」


 これでよけい気まずくなろうと、ここはもう正直にありのまま答えるしかなくて。

 ちろっと、リプエ神の顔色をうかがう。


「そうか……」


 …………。

 うぅ。

 また。また、沈黙~……。

 あの表情から察するに、たぶん僕の苦労を慮ってくださっての沈黙、だよね。

 ティリア様も困った顔をしておられた。


 僕が祭祀について、まったくなにも知らなかったから。


 両性具有ゆえにティリア様の居館でお世話になっていたものの、誰も、僕自身も、僕が祭祀に参加することになるなんて夢にも思っていなかった。


 祭祀に参加するのは、『旧き神』の皆様だけ。

 『旧き神』の一柱には、『ミシュア神』も数えられる。

 もともとは『ミシュア神』たる姉様が、今回の祭祀に加わるはずだった。


 それ以外の神様達は、祭祀が終わって以降の三日目のお昼から始まる大宴会に参加する。

 本来なら僕も、その他大勢の神様達と同じ、はずだったのに――。


 代替わりによって、そのお役目は僕へと移り。

 ――――事情を知る皆様が、青くなった。


 というのも。

 こんなに覚えることが多いなんて!

 付け焼刃じゃとうてい無理です。と訴えてみたものの、「参加しないなど以ての外」と一蹴されて。

 ……現在、猛特訓中です。

 お仕事もあるので、限られたお勉強の時間がとんでもなく密度の濃いことになってます。

 あの気恥ずかしい着せ替えタイムが、……待ち遠しくなってしまうくらいに。




「――それで、レストゥールリアへは、顔を出していただけるでしょうか? もしいらしていただけるのなら、いつ頃とかも教えていただけるとありがたいのですが」


 イヤなことはとっとと忘れようとばかりに切りだしてみれば、じろりとリプエ神が横目で僕を睨んできた。


「あ! 無理ならいいです! えと、よくはないですけど、でもそれは僕の事情であって、リプエ神にはリプエ神の事情がおありでしょうし……」


 び、びびったぁぁ。

 あげく、この日和見な切り返し。

 だって、いったい何がリプエ神の気に障ったのか、わかんないよ。

 ……心当たり、ありすぎて?



 リプエ神の眉が下がった。


 ……?


 こちらに正面から向きなおったリプエ神が発した言葉は、思いがけないものだった。


「……これから、一緒に行こう。おまえをレストゥールリアの園の館まで送っていくついでだからな」

「……は?」

 

 ………………ええぇえ~~!!


 僕の、『初めてのお使い』にあれ程大騒ぎしていた女神様達の驚く顔が、目に浮かぶ。


 僕とティリア様の話の内容は、ティリア様がお帰りになるまでにしっかり皆様の間に広まっていた。さすがにティリア様から直々にお願いされたことなので引き止められはしなかったものの、ものすっごくちょっと失礼なんじゃないかってくらい、僕は女神様達に心配された。


「すぐに帰ってきていいんですよ~」の言葉とともに、送り出される主って?


 ただ一柱、平然としているように見えたナミヤも。

 ――二代目の『ミシュア神』以降、妹達に仕えてきたナミヤは、身内として僕が遣る瀬無くなるくらいにきちんと弁えているというか、きっちり主従の線引きをしている。いつでも、あくまで僕を『ミシュア神』としてたてつつ、補佐をしてくれている。

 そのナミヤでさえ、「正午になってもお戻りにならないときは、迎えを出します」って言ってたくらいだから。

 みんな端からこのお使いは失敗に終わる、と思ってたんだろうなぁ。




 で。

 これは一応成功、と言えるのかもしれないけど。


 リプエ神に送られて帰る僕。

 その僕達を見つめる女神様達の目、目、目……。


 ………………。


 かまびすしい女神様達の好奇の目が、……想像するだにオソロシイ。


 僕のことを女神だと信じている女神様達の不穏なセリフが蘇る。



「ミシュア様は素材はいいんですから、わたくし達にお任せくだされば大祭一の美女の栄冠も夢ではございません」

「そうですとも。きっとあまたの殿方が、一目でミシュア様の美しさの前にひれ伏すことでしょう」

「ほんにこの若さとこの美貌で、引きこもりだなどともったいない」

「ほんに。ひとたび表に出るだけで、ミシュア様恋しさに館までついてきてしまう殿方が現れることでしょう」

「そーそー。それでミシュア様もよきお方と恋をなされば、発展途上のお体も、……と。おほほ、口がすべりましたわ」

「そーなったら、胸を強調したデザインもいけますわね」



 ………………。


 そんな艶めいたものではなく、誤解です。

 色々あって、僕は単にリプエ神に心配されてるだけ。


 ………………。


 ――って、信じてもらえる気がしない。

 

 かと言って。

 

 ………リプエ神に、いったいなんと言ってお断りすれば~~?


 



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