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 たった、……一言。


 それも。

 相槌とも呼べないような。まるで、……どうでもいいような。


 そりゃ、そうだよね。

 『わたしでないとダメ』……だなんて。

 リプエ神とは、これが初対面なのに。

 すごい、自惚れて聞こえてもしょうがない。


 …………。

 まただ。

 …………この方を相手にすると、どうしてこう? 一一失言ばかり。


 もう今度の今度こそ、「すみませんでした!」と謝って、この場所から逃げ帰ってしまいたかった。

 こんな状況でなければ、きっとそうしていたと思う。



 一一僕は今、リプエ神の長い腕に閉じ込められていて、身動きがとれない。

 ここから抜け出るには、リプエ神の腕にふれて、組み合わさっている手を解かなかればならない。


 …………。

 ちらちらとさっきから、何度も目の前の腕を見ているのだけど。

 あのたくましい腕を押したら、開くのではないかと思うのだけど。

 幾度となくそうしようとして。

 ……。

 彼の腕にふれるのだと思うと。

 僕のほうから、リプエ神の腕にふれるのだと思うと……。


 戦神様のお体に許しもなく、そんなこと、恐れ多い?

 気おくれしてしまって。 


 ……動けない。

 って、今日コレ、何度目?



 膝に食いいるようにおいた掌が、汗でじっとりと濡れている。

 脈拍が異常に上がって、体のうちで反響した心臓の音がバクバクと耳に響いてきて、気が遠くなりそうなほど。

 ぼうっとかすんできた視界に、リプエ神の指がぴくりと動いたのが映った。


 そればかりか。

 ゆるく組まれていた指が、がっちりと組み合わされてしまった。



 …………。

 こくりと。僕は、小さく息を飲みこんだ。


 一一この神は、会った当初もそう思ったけど、こちらの心が読めるのだろうか?



 逃げるのなんて、ナシだ。

 もとより失礼な話だし。

 ここに至って、僕はリプエ神の顔が見えないことに苛立ってきていた。

 怒っておられるのか、呆れておられるのか。

 言葉だけじゃわかんない。

 これじゃいったい、どうしたらいいんだか?

 この次こそは一一。対応を間違えないようにしなければ、と思うのに。




「ティリア神とは? こんな頼み事を引き受けたってことは、懇意にしているのか?」


 リプエ神からの突然の問いかけに、僕の心臓は飛びだしそうだった。

 落ち着け、僕。よぅく考えて。


「僕を引き取って育ててくださったんです。とてもよくして頂きました。今も変わらず、僕のことを気にかけてくださってて」


 うん。なんとか。セーフ、だよね?

 ちょっとだけど、ほっとする。


「俺は昔、ティリア神に怒られたことがある。こわくはなかったか?」

 リプエ神の声の調子も、いくらか砕けて明るい感じに。

 笑っておられる?

 その拍子にだろうか? リプエ神の大きな体がのしかかってきた。

 …………気がした。



 すっかり泡をくった僕は、とっさにリプエ神の体から逃れようと――。

「ティリア様は理由もなく、怒る方ではありません」

 必要以上に声をはりあげ、あまつさえそうする必然性なんてまったくない行為に及んでしまった。


 ……つまり、なにをしたかというと、振り返ってしまった。


 ――――僕の、バカー!!

 そんなことをしたら、どうなるか?


 僕の頭の上をリプエ神の顎が掠めた。

 リプエ神がよけてくれていなかったら、今頃まともにぶつかってた。

 ただそのはずみで、リプエ神の体が大きく傾いで。

 僕がのってたリプエ神の膝が~。

 リプエ神の脚が持ち上がれば、僕の体も当然持ち上がってしまい、リプエ神の胸板にもろに顔が……。

 ついで体もなすすべもなく、完全にリプエ神のがっしりとたくましい体へと倒れこんでしまい。

 気がつけば、……あろうことか僕は彼の体にしっかりしがみついていた。


 溺れる者は藁をもつかむ、というけれど。

 いや、決してリプエ神は藁などではないけれど。

 自分のしてしまったことの恥ずかしさに、必死で言い訳をさがしてるって……。

 なんかよけいに、恥ずかしい……。




 …………。

 ぎゅっと目をつむった僕の頭の上の髪の毛が、生温かい空気にふれた。

 ……くすぐったい。

 同時に僕の体が上下に動いた。

 じゃなくて! 僕の体の下になってるリプエ神の体が動いたんだ!


 ――――!!

 うそっ?!

 な、なんでっ、こんなこ、ことに?


 

 リプエ神の体の上だというのに、僕は自分の身を守ろうとでもするかのように体を縮こまらせた。

 するりと僕の頭をなにかがすべっていく感触がして。

 おそるおそるそちらの方へ向けた僕の目に、僕の背中から頭にまわされていたリプエ神の右腕が、ゆっくりと草むらに落ちていくのが見えた。


 

僕を、かばってくれたんだ。



 ――?

 胸が、きゅっ、とした。

 痛……くはないけど、なにかに胸をしめつけられたような……?

 あ、でもやっぱり痛みを感じてたのかな?

 そこから、……じんっと、あったかくなって、熱をもってしまってる。



 ――――と。

 その腕が持ちあげられた。


 ……えぇ?

 僕は自分でも滑稽なくらい、緊張してしまった。

 僕の背中に、それとも頭に、あの大きな掌がふれてくるのかと、ドキドキして……。


 リプエ神の手は、身を固くしている僕の頭の上を素通りしていった。


 …………なんだ。

 気を抜いた途端、リプエ神の肘が動いた。


 ――――!

 ……彼は今、僕の頭の上で、なにをなさっているのか?

 間近で動くリプエ神の腕が、気になって仕方がない。

 太い肘頭と、動きにつれて盛り上がったりくぼみができたりと、僕や女神様達のほっそりとした腕ではついぞ見たこともない陰影をつくりあげる筋肉の変化に、目が釘づけになってしまって。



 心臓がまた、早鐘のように鳴りだして……。


 こんなにひっついていたら、僕の鼓動が直接リプエ神に伝わっっちゃう。

 そう思ったらいたたまれなくなってしまって、僕は起き上がろうとしたのだけど。



 ……手、手が――――。

 体を起こすために両手をつく場所をさがして、リプエ神の筋肉で固くしまったお腹から腰のあたりを、ぺたぺたと触ってしまった。




 不、 不可抗力です! 

 僕、決してわざとじゃ。

 なんでだか体をあまり起こせなくて、視界が……。


 ――――あれ。

 体を起こせないって、腰が?

 なにかが、腰に、まきついてる?

 …………?


 リプエ神の左腕!? 


 焦った僕は強引にリプエ神の腕の拘束から逃れようと、腰に力をこめた。


 ――――!

 ダメだ。ぜんぜん動かせない。

 ……どころか、踏ん張ろうとして動いた脚がリプエ神の脚に当たってしまった。

 いや、もともと当たってたんだけど。……これで意識がそっちにもいってしまった。


 …………。

 脚も固いんだ。

 太くて熱くて、……って、もうもう、なに考えてるんだ、僕は!

 こんなこと、やってる場合じゃない。


 

 僕は深呼吸をひとつして。


「あの、手を……」



 この一言を告げるまでに――――。

 なんだかいろいろ、いっぱいありすぎて……。

 僕の心身は、すっかり消耗しきっていた。



「! す、すまん!」 


 リプエ神はちょっと慌てたご様子で、すぐに僕を解放してくれた。



 それで、ようやく動けるようになったのだけど……。


 やけに腰がスースーして、突如おそった寒さに僕の体がぶるっと震える。

 心もとないような、おかしな気持ち……。



 リプエ神の体の熱さが、疲れていた僕には、ちょうど心地よくて……。




 リプエ神の腕のなかで眠ってしまいたい。



 疲労困憊していた僕は、――――などという、とんでもない衝動と、このとき戦っていたのだった。





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