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「神話のなかのちょっと変わった愛のおはなし」の、まさかのミシュア視点のお話です。 こちらだけでもわかるように進めていく予定でおります。

 僕の館には滅多にお客様は来ないけれど、月に何度か定期的に、あまりありがたくない訪問がある。



 その知らせに、僕はがっくりと仕事机につっぷした。

「……あー。また、ケンカしたんだ? あの二柱」



 今朝、「今日の午後そちらに行くから」――と連絡があって、普段は静かな僕の居館がにわかにあわただしくなった。もう何度もいらしているし、断ろうとしても押しかけてくる方々だし、そこまで気負うこともないように僕なんかは思うのだけど、僕の名前の沽券にかかわる、とかで館で働く女神様達はいっさい手を抜こうとしない。なので、午後の予定の時間よりだいぶ早くにお客様をお迎えする準備が、しっかり整っていた。

 というか、なんか楽しそうなんだよね。皆さん急にはりきっちゃって。


 ――で。

 今日のうららかな日和に思い立った僕は、育て親のティリア様にならって庭園の東屋でご近所の女神様方をもてなした。

 円い卓に、うちの庭園で採れた香りのよい八重の花を浮かべたお茶に、干した果実をふんだんに使ったお菓子が並ぶ。ささやかだけど、ティータイムに僕のお気に入りのセレクトだ。

 が、これで終わるわけがなかった。このあとも次々色んなお茶請けのお菓子やら果物やらが出てきて。

 ……お酒まで、出しますか?

 やめて。居座るから。


 でも。

 ちょうど花の時期でよかった。

 咲き匂う庭園の花々の香りとお茶の香りも程よく調和して、いい感じだし……。



 主だった女神様達のお住まいが集まっているレストゥールリアの園、その端っこの一角に僕の居館と広すぎる庭園がある。

 ――あんまり広すぎて、僕も未だにぜんぶを回り切ったことはないくらいだ。


 そうした園にお住まいのどの女神様のところも、公平を期するためかおおむね同じ規模であてがわれているらしい。お住まいや庭園の趣は、皆様それぞれに趣向をこらして実に様々みたいなんだけど。

 さすがにぜんぶの女神様のところを見て回ったことなんてないし、それに僕、そういうのって苦手なんだよね。女性同士のおつきあいっていうの?


 『予知、予言の女神』であるティリア様のところには尋ねてくる方も多くて、ティリア様は大切なお客様や気を遣うお客様がおみえになると事前にわかっているときは、その方のお好みに合わせてわざわざ東屋近くの植物を植え替えたりもなさっていたけど。

 いつだったか女神様達がどうしようか真剣に話し合っていたのを耳にしたので、僕がやらなくていいと言ったら、珍しくこれはすんなり聞き入れてくれた。 

 さすがに、……いくらなんでもそこまではね。



 だいたい公称『運命の女神』の僕のところに来客があるときって、用向きはもう決まっているんだし。



 ――――戦男神のリプエと、戦女神のドノア。

 この昔から犬猿の仲の二柱の神はあることを理由にしょっちゅう、それこそ顔をあわせれば必ずと言っていいくらい言い争いをしている。

 ……ほんっとにいー加減、やめてほしい! 恥ずかしいから。



 んで、たいていはリプエの負け。

 舌戦だもんね~~……。

 それで女神様方は、機嫌を損ねて結界に引きこもってしまったリプエをどうにかしろ、っというので僕のところに来てるんだけど。


 なんでって? それは表向き、リプエと僕が恋仲、ってことになっているから。

 それと、喧嘩の理由になってる原因が、……ほぼ、九十九パーセント僕にあるから……。

 ――――あぁ、頭が痛い。



 僕はついうっかり、お行儀悪く大きなため息をついてしまった。


「まあぁ。ミシュアったら。物憂げに、そんなため息なんか。……もしかして、リプエのことを思っているの?」

「そーよねぇ。あなた達、一緒のときは、いつもべったりひっついているものね」

「そーそー。こうしている間も、今すぐにでもリプエのところに飛んでいきたいのでしょう? ああ。恋する乙女のいじらしい気持ちって、ステキだわ。なんだかわたしまで、ドキドキしてきちゃいそう」

「ミシュアだけじゃないわよ。きっとリプエのほうでも、そう思っているわ。なんてったって、あなた愛されてるもの。男神達がこぼしてるわよ。美しいあなたに声をかけるだけでも、リプエがコワイって。でもってリプエの懐で、ますますあなたは綺麗になってく」

「そーねぇ。表にあまり出てこないあなたはご存じないかもしれないけど、こんなに素敵なあなたを独り占めしてるだなんて、リプエは男性陣のやっかみの的になってるのよ」

「リプエもそのことをようくわかっているから、今頃やきもきしているに違いないわ。自分で結界に引きこもっておいてなんだけど、男なんてそういうものよ。……ねぇ、ミシュア? お仕事も大事だけど、花の盛りを迎えようかというあなたが、いつも館に閉じこもってばかりだなんて勿体ないわ。あなたの今、このときだけの美しい姿を、ぜひとも彼の目に焼きつけてもらうために。……あなたの愛しいかたに、見せに行ってさしあげたら?」




 キタぁ。褒めゴロシ。

 …………。

 う~~。そこまでおべっかを使っていただかなくても、リプエのところにはちゃんと行きますよ。


 僕は、こそばゆいようないたたまれないような恥ずかしさに内心で身悶えしながら、お茶を啜った。

 気を遣ってくださってるのはわかるんだけど。

 ほんと、こーいうの苦手だ……。



「ありがとうございます。それでは早速明日にでも、彼の様子を見に行ってきます」

 女神様方のお顔が、ぱぁぁっと輝く。

「それで申し訳ないのですけど、わたしはこれで失礼しますね。今日のうちに片づけておかなければならない仕事があるので。どうぞお二方はごゆっくりお過ごしください」

「ええ、ええ。よかったわぁ! ありがとう、ミシュア。ではわたし達、あとで庭園を散策して見頃の薔薇を堪能させていただくわね」

 僕はにっこりと微笑んで、東屋をあとにする。

 内心ではそそくさと。けれど、できるだけ優雅に見えるよう心掛けて。

 ホストの僕が早々に席を立つのも、いつものことなのでもうお互い気にならない。



 今月は、これで既に二回目だ。

 今日のうちに少しでも仕事を減らしておかないと、手伝ってくれている女神様達のご機嫌まで悪くなってしまう。

 僕にとっては、リプエよりも、正直こちらのほうが厄介な問題だった。




 女神様方をはじめとする皆様が、どうしてこんなにもリプエの引きこもりを気にかけるのか?

 それは、――僕が生まれるずっと前のこと。


 昔ちょうどリプエが引きこもってしまっているときに運悪く、これまでにも何度も争いを繰り返してきた巨人族に攻め込まれて、神様方が肝を冷やした出来事があったらしい。


 リプエ、頑固だからなぁ。

 リプエが引きこもっている間、神様方がかわるがわる尋ねてはなんとか窮状を伝えて出てきてもらおうとしたけれど、彼からの応答はいっさい無し。キレたドノアが力ずくで彼の結界に干渉しようとして、ようやく出て来たという……。

 思えば、その頃からの因縁だったのね……。



 明日はリプエに会うんだから今日はできれば早めに仕事を終わらせて、早めに寝台にはいってじゅうぶんに睡眠をとっておきたい。

 そう思うのに、いつも彼に会う前の晩は眠れなくて。……それで彼のところで、眠りこけてしまう。


 なかなか会えない貴重な時間を、僕はなにをやっているんだろう?

 ……目が覚めて自己嫌悪に陥る僕を、リプエは何も言わずに許してくれてる。

 これじゃ、恋愛関係というより、保護者とその子供だ……。




 ……胸、すこし大きくなったかな?

 湯浴みのとき、そっと自分でさわってみて、僕は今日二度目の大きなため息を吐いた。


 ――――リプエは、こんな僕のいったいどこがいいのだろう?


 以前、思いきってリプエに訊いてみたら、

『――お前は、朝陽のようだ』

 ……口ごもりながら、またえらく抽象的な答えが返ってきた。


 ――――意味が、わからない。

 僕の困惑は顔にしっかり出ていたらしく、彼はそのあとで僕の金の髪とか、白い肌とか、白銀とも白とも淡い金ともつかぬ僕の瞳を褒めてくれたけど……。





 翌朝僕は早起きをして、……というより、やっぱり寝付けなかった。鏡の前で普段よりずっと念入りに見支度を整えた。


 よかった。くまができてなくて……。

 彼が気に入っている髪も念入りに梳かしたし、風で乱れてからまらないようにゆったりと三つ編みにした。キトンだって綺麗にひだが出るように巻き付けて、我ながら今日は結構うまくできたと思う。

 差し入れに持っていくお昼の軽食やお菓子の準備も万全だし。

 お菓子は彼の好きなお酒に漬けこんだ果実を使ったものも用意した。僕はそんなのでも酔ってしまうから、彼の前だとなおさら食べられないんだけど。




 神様方が住まうレストゥールリアは一応季節らしいものはあるけれど一年を通して温暖で、今朝もしんとした空気に幾重もの光の筋となってやわらかに降り注ぐ日差しが心地いい。

 ぶらぶらと朝靄につつまれる庭園のなかをすこし遠回りをして、昨日の東屋へ向かう。

 うっすらとたゆたう白い波がひいていったあとにあらわれる、しっとりと露に濡れてつややかさを増した花弁や木々の葉の色に、僕は目を奪われる。


 彼にも見てもらいたい。――そう思って今さらながらに気がつく。

 いつも、僕から会いに行っていることに。


 弾んでいた心がすこし切なくなったところで東屋に着いた。

 胸に左手をあて、深く息を吸って吐いて、心を落ち着かせる。

 リプエの顔を思い浮かべる。強く。

 左手の指に浮き上がるように黄金の細い指輪があらわれる。指輪から放射状に放たれる眩い光が丸い球体となって僕の周囲をつつみこむ。


 光が消えたとき、僕はリプエの張る結界の内側に着いていた。

 よかった。成功した。


 初めてこの指輪の転移をつかったときは、いきなりリプエのど真ん前に出現して、パニックになっちゃったんだよね。

 リプエのほうでは僕がこの指輪をつかった時点で僕が来るってわかってたらしくて、涼しい顔して僕を迎えてくれたけど、僕だけ泡食って真っ赤になってうろたえて……。

 思い出しただけで……穴があったらはいりたい。

 二度目のときは一度目のときを気にするあまり集中に失敗してとんでもないところに飛ばされた。神域にこんなところがあったのかと目を疑うくらい嵐の吹き荒れる荒野にぽつんと――。

 リプエがすぐに助けに来てくれたけど、せっかく整えた髪はぐちゃぐちゃ。キトンもみっともなく乱れちゃってて差し入れのつまった籠は飛ばされちゃって、……とさんざんだった。

 ……なんか、情けなくなってきた。


 リプエは僕が来てるってわかってる。しっかりしなくちゃ。

 僕は頬を軽くぴたぴたと叩いて、「よし」と気合を入れた。

 結んでいたリボンをといて、二、三度ゆっくりと頭を振って髪をひろげる。

 さらさらと朝陽をはじいて金の髪が光を纏う。同時に甘い香りもふわりとひろがって、自分の髪なのになんだか気分が浮上してきた。




 広葉樹の木立を抜けて間もなく泉が見えてくる。

 その泉から流れる水を利用して霊酒がつくられることから『始原の泉』と呼ばれ、大切に守られてきた。

 円く切り取られた空から注ぐ陽光を受け光の乱舞する水面は、幻想的で荘厳な美しさを湛えている。

 そのほとりに立つひときわ高い大樹の木陰に、リプエがいた。

 逞しい腕を枕に寝転がる彼の姿に、胸が高鳴る。



「見つけた」


 これが僕達流の挨拶の言葉。僕達の逢瀬は、いつもこの言葉からはじまる。

 僕はできるだけ足音をたてないように近づいて、リプエの隣の草むらに腰をおろした。


 何度も僕の館にも遊びに来てって話したのに。前回は約束までしたくせに、結局僕のほうから出向くことになるんだから。


 悪びれもせずいつもどおりなリプエの姿に、着いて早々僕は皮肉を言ってしまった。

「また、ドノアともめたんだって? 毎回毎回よく同じネタで喧嘩になるもんだって、みんな呆れてるよ」


 リプエが閉じていた瞼を上げた。僕のほうを見ないのは、バツが悪いから?

 会いに来たのにこちらを向いてくれないつれなさに、僕はちょっとがっかりしていた。

 彼の気を惹きたくて、――悪戯心が頭をもたげる。


 リプエのほうへ身を乗り出して、僕は……固まった。

 リプエの顔が、僕の真下にある。

 切れ長のすこしきつい目が、真っ直ぐに僕をとらえる。

 僕の陰にはいって濃さを増した榛色の瞳が、わずかだけど愉快そうな光を宿した。


 ……ぐ。僕がどうするか、……面白がってる?


 こーなったら、あとにはひけない?

 僕は、ゆっくりと顔を近づけていく。

 なのに、……リプエは、視線を逸らしてくれない。

 この段階で、僕は、――いっぱいいっぱいだった。


 ならば、と彼の唇に視線をずらして続行しようと試みる。

 僕は、……己の身の程を知った。


 ふれるかふれないかだった僕のくちづけは、彼に優しく迎えられてしまった。

 顔が紅潮していくのが自分でもわかる。再会して数分とたたないうちに、すっかり精神的に消耗した僕は、緩慢に体を起こした。


「見ない間に、また、女っぽくなったんじゃないか? ミシュア」

 低音の声が囁く。


 ああ。

 なんで、とどめをさしにくるかな? 


「いや。綺麗になったぞ、って意味で」


 …………。


 同じことを言われているのに、女神様方のときとは全然違う恥ずかしさが僕を襲う。


「嬉しくない。……いや。嬉しいけど、……それは素直に喜べない!」


 僕の必死の抗議を、リプエはどう受け取ったのか。

 上半身を起こしたリプエの右腕が僕の肩に回される。そのまま抱き寄せられて、今度はさっきよりちょっとだけ深くくちづけられた。

 彼のあいている左手が僕の胸に触れようとしてくるのはお決まりなので、ぽうっとした頭を叱咤して神経を集中しそっとはらいのける。


「だめだよ、リプエ」

 上擦った声に、呼吸まで乱れてるし……。

 それでも。


「僕は、リプエのことが好きだけど。……僕は、『運命の神』だから」


 かすかだけど声が震えてしまった。リプエは気付いただろうか?

 僕は何度も、この台詞を伝えてきた。

 その度、今度こそリプエを怒らせてしまうのではないか? という不安に怯えながら。


 でも、『運命の神』である僕は、男の僕を手放せない!



 リプエの顔を見られなくて、彼の肩に額を押しつけ身を固くして、僕はしばらくじっとしていた。


 リプエが僕の体を押して、そっと草むらのうえに寝かされる。

 木漏れ日を背に影になったリプエの精悍で整った顔が、束の間やるせなさそうに微笑んだ気がした。

 そうして彼は僕の胸に、ゆっくりと顔をのせてきた。

 押し戻そうとした僕の手は、簡単に彼の手に拘束されて両脇の草むらの上。力をこめてみたけれど、動かすことはできない。


 …………。


 顔を埋めるのではない。僕の場合、のせると表現するのが正解だろう、と思う。

 両性具有の僕の胸は、本当に控えめで……それなりなのだ。

 僕の心臓の鼓動なんて、そのまま伝わってしまう――


 子供の頃は、よくティリア様に抱きしめてもらっていたけど、ティリア様の胸は豊かでやわらかくてあったかくて。とても気持ちよかった。

 ……いや、さすがにリプエとこうなってからは、そんなこともう無くなったけど。

 それにひきかえ――――。



 泣きたいような気分でいたら、リプエがちょんと太い指で僕の胸をつついた。

「あ!」

 不意をつかれた僕の頓狂な声に、リプエがくっと笑う。

 僕の胸から熱と重みが遠ざかる。上体を持ちあげ、僕の顔のすぐ上まで迫ったリプエの顔からかみころしたような笑みが消える。


「俺は、前におまえに言ったろう? おまえはなにも心配しなくていい」


 僕に触れるリプエの手が、熱い。



 だめ! だめじゃないけど、…………だめ。

 また――――。




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