狼たちのコンゲーム
第零夜
「なんだよ……? ここ……」
目覚めたそこは、まるで監獄だった。
本人達の意志に関係なく、見知らぬ洋館へ誘拐された6人の男女。
彼らを地獄へ誘うのは、「カミ」と名乗る機械声。
ここから帰るために、「カミ」は彼らに条件を提示する。
それは、五日間目までにこの中に紛れている狼を見つけ、処刑すること。
タイムリミットの間に狼を見つけ処刑できれば、残っている人たちの勝利。
狼がタイムリミットまでに暴かれなかった場合、また、狼が全ての人を喰った場合はゲームオーバー。
最低最悪の状況下で、6人は自身が生き残るために騙し合いをする。
さて、勝者は「村人」か、はたまた「狼」か。
命をかけた騙し合い(コンゲーム) の、スタートだ。
第一夜目
網膜の裏側から感じる微かな光で、誠也は目を覚ました。
ゆっくりと開かれる瞼の先に、最初に見つけたのは見慣れない天井だった。
「……」
半目を開いた状態で数秒何もしない時間が続く。時間がたつと、目の前が鮮明になりぼやけていた思考がはっきりしてくる。
ここはどこだろう。
まとまりつつある思考で、最初に考えたのはそれだった。
暗めの色の壁紙は壁が厚いせいか圧迫感があり、その色に合わせるように絨毯が敷かれている。目だけ動かすと見える調度品の数々は高級感あふれるものばかりで、まるでホテルのロビーのような感覚に陥った。天井から吊るされているシャンデリアも、中々たかそうである。
寝ていてもしょうがないので、上半身だけ起こしてみる。どうやら、ソファの上に寝ていたようだ。起きあがろうとついた手がクッションに沈む。
「あ、やっと起きた。」
突然、背後から知らない声が聞こえてきた。若い男性の声だ。
誠也は未だまとまらない頭を動かし、声の主を探す。
少し首を動かすと、白いシャツの男性が目に映った。
「……貴方は?」
「俺は竜樹、伊勢竜樹だ。」
竜樹と名乗ったその男は、誠也の問いに迷うことなく答えた。
耳に掛かる程度の黒髪はところどころハネていて、前髪の間から覗く黒目は、その目つきと打って変わって優しげな光をともしていた。
「そういうあんたは?」
どこか余裕にも似た出で立ちの彼をを見つめていた誠也は、突然投げかけられた質問に少し反応が遅れた。
「あ、えっと……島崎、誠也……です。」怖じ気ながらも答える。
竜樹はその返答に満足したのか、一度頷く。
「ねぇ、私たちの事は気づかないわけ?」
高圧的な声。
誠也は突如聞こえてきたその声に体を震わせた。
「え、あの……」
「ボーイが怯えているじゃないか、レディ。貴方には棘のような言葉より甘く華やかな囁きの方が……―――」
「あー、そういうの良いから。馬鹿じゃないの? 紳士かと思えばただの馬鹿じゃん。」
「喧嘩はやめよう、この状況で喧嘩売らないで。」
続いて聞こえてきた個性的な言葉たちに、誠也は若干身動ぎした。
一番最後にしゃべった落ちついた声の人物が、代表で前に進み出る。
「アタシは神埼まり(かんざき)。そこのかっこつけが京乃敬正。ちょっとセレブな美人さんは志野麗華。隣のスマフォっ子が……」
「朝比奈泉。」
神埼まり、と名乗った女性が一人一人を紹介していく。知った風な口ぶりだが、はたから見て知り合いではない事は明らかだった。
「それで、誠也くん?だっけ。」
「は、はい……」
「君は、ここに来る前の記憶は?」
「は?」
「目覚める前の記憶よ、何をしていた?たった今、そこで目覚めるまでに。」
神埼の突然の問いに、訳が分からないといった風の表情を浮かべる誠也。
助け船を出したのは、竜樹だった。
「おいおい、混乱してるだろ? せめて順序立てて説明してやれよ。」
竜樹の言葉に一瞬眉をひそめるまりだったが、ため息を小さくつくと誠也に向き直り今度はゆっくりと口を開いた。
「アタシたちも貴方と同じ、目が覚めたらこの部屋にいたの。扉は開かないし窓もないから、ここがどこなのか知るすべはない。だから、全員に聞いているのよ。ここに連れてこられる前、何をしていたかってね。もしかしたら何か覚えているかもしれないし。」
まりの口から告げられた現状に、誠也は驚きの声を上げた。そして今更のように理解した。自分が今、とんでもない状況も置かれていることに。
「……僕は……塾の帰りで……友達と別れて、普通に歩いていたら……そうだ、確か頭に何かがぶつかって、それで……」
気づいたら、ここにいた。
そう締めくくると、その場の数人からため息が漏れた。
「やっぱり、手がかりになりそうな証拠はないのね。」
どこか諦めかけたような麗華の口調。行き場のない右手が、明るい茶の巻き髪を弄っている。
麗華の言葉に、部屋に重い空気が流れる。
目覚めたら知らない場所。なぜ自分がここにいて、ここがどのなのかも誰が連れてきたのかも分からない。見回す限り時計もないので、今が何時かも分からない。
そんな環境に置かれれば、怖くならないはずがない。
現に誠也は素直に恐怖していたし、臆する態度を見せていない麗華や敬正の顔には不安が広がっていて、澄ました顔でスマフォをいじっている泉も落ちつかない様子。一番冷静なのはまりと竜樹だが、その顔には余裕がない。
「あ、あの……朝比奈さん……でしたっけ。そのスマフォで助けとか、呼べないんですか?」
「無理、圏外。――――っていうか、出来てたらとっくに呼んでるって。」
「す、すみません。」
「やれやれ、あまりボーイをいじめてはいけないだろう、ガール……――――」
「うるさいっての。」
フォローしてくれたつもりなのだろうが、その口調が彼女の感に触ったのだろうか。言い終わる前に泉に冷たい視線を送られていた敬正だった。
「どうでもいいけど、本当に出口はないわけ? さっき調べたんでしょう、貴方。」
それまで黙っていた麗華が、未だ棘の抜けない口調で竜樹に問う。
「あぁ。唯一ある扉は鍵がかかってるし頑丈に作られるからぶち破るのも無理そうだ。窓もなし、抜け穴らしきものも見つからない。」
お手上げだといわんばかりに、肩の高さまで手をあげる竜樹。苦笑いを浮かべているも、やはり不安でいることに変わりはないらしい。