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 石段を上がりきると、最初に目に入ってきたのは、注連縄が巻かれた大きな御神木だった。

 正面に立つ社殿よりも余程存在感がある。でんと堂々たる態度で、上がってきた者達を「よく来たな」と迎え入れる。

 その御神木の前に立ち、幹を伝ってゆっくりと視線を上げていった彬は、その大きさに圧倒された。てっぺんを見る事が出来ず、枝についた葉が黒い影を落としている。しかし微かに揺れる枝葉の隙間からは、ちらちらと陽暮れのオレンジ色の光が洩れ出でていた。

 瞬きも忘れ、呼吸すらも忘れて見上げる彬の耳に、微かな声が届く。何度も耳を掠めるその声を無視して、苛立ちの声音が混じり始めてやっと、彬は顔を廻らせた。

「なんだよ」

 微かに顔を顰める隆哉を見て顔を逸らせた彬は、密かにほくそ笑んだ。ズリ落ちかけたカバンを小脇に抱え直し、足を踏み出す。

 相沢の感情ある顔を見ると、なんだか楽しくなる。安心するのかもしれない。こいつも人間なのだと。ちゃんと、『今』を生きているのだと……。

 例えそれが、『怒り』や『苛立ち』であったとしても。

 隆哉に案内された先。少し奥まった一本の木の前で二人を待っていたのは、こちらを向いた二人の男だった。片方は二十代半ばぐらい。黒いスーツに、少しクセのある髪が所々はねていた。もう一方の男の方は、年は同じ程だろうが白い神官姿で、穏やかな微笑をこちらへと向けていた。

「彼だよ。津ノ森冬樹(とうき)さん。隣が東城(ゆう)さん」

「ああ、お前の先生ね」

 目が合った男性に「ども」と軽く頭を下げる。それに応えて会釈した神官は、透き通るような静かな声を、隆哉へと流した。

「お友達ですか」

「いえ、彼は」

「友達! の、高橋彬です!」

 否定しようとする隆哉を両手で押し遣って、彬が宣言する。チロリと不満げに眉を上げた隆哉に、「文句あっか」と睨みをきかせる。

「霊を視たいらしくて、冬樹さんにコツを教えてもらいたいって」

 張り合うだけ時間の無駄だと判断したらしい隆哉は、彬の手を払いながら呆れ半分の声で告げた。

「霊を? 視るだけですか?」

「いや、出来れば話もしたいです」

 何故、とは訊かず、探るような視線を彬に向ける。その雰囲気にふと眉を顰めた彬は、隣に立つ隆哉へと顔を寄せた。

「男、だよな?」

 彬の呟きに、隆哉がゆっくりと顔を廻らせる。どう見ても男。それには違いないが、どことはなしに、女っぽさを感じる。華奢な体つきや表情の柔らかさ、そういったモノとは別の次元で、目の前の男からは女性特有の雰囲気が滲み出ていた。

「やっぱり、気付いたね」

 肯定を示す隆哉の台詞を受けて、彬は「ああ」と理解したようにポンと手を打った。

「そっか! オカ――」

 最後の「マ」の言葉が出る前に、その顔に隆哉の裏拳がめり込む。

「ッてぇぇー!」

 鼻を押さえて叫ぶと、横からは隆哉の冷たい視線が、突き刺さるように自分に向けられていた。

「怖い者知らずだね、あんた」

「ち…違うのか?」

 モゴモゴとくぐもった声を出した彬は、窺うように少し離れた場所に立つ二人の男へと目を向けた。隆哉の態度から考えて、今のは明らかに失言だったらしい。今更ながらのフォローを、一応いれてみる。

「今俺が言った台詞、聞こえてた……なんて事はないですよねぇ?」

 あははーと頭を掻いた彬に、男がニッコリと笑みを深くした。

「勿論、バッチリと聞こえましたよ。『オカマ』ですか、いったい誰の事でしょう?」

 顎に手をあてわざとらしく切り返した男に、「墓穴じゃん!」と頭を抱え込む。

 助けを求め隆哉へと視線を向けると、隆哉は真っ直ぐ前を向いたままで、完全にそれを撥ねのけた。

「彼を怒らすと、コツを教えてもらえないよ」

 微かな声を出した隆哉が、我関せずと涼しげな顔で更に言葉を継ぐ。

「それどころか、彼、術者だからね。法に触れないやり方で、あんたを苦しめる事も可能」

「げっ」

「――ねぇ。急がないと、焦れてきてる」

 目を伏せた隆哉の囁きに、慌てた彬が両手をブンブンと振った。

「誰って……あの――」

 チラリともう一人の男を見遣る。まさか助けてもらおうと思った訳ではなかったが、何を勘違いしたのか、男はヒョイと片眉を上げて不快そうに腕を組んだ。

「まさか、俺の事じゃないだろうな? 少年」

「は?」

「そんな恐ろしい。まさか東城さんに言う訳ないでしょう。――命に関わりますから」

 素で言って、カラカラと笑う。その神官と「そうだよなぁ」と頷き合った男がクイッと顎を上げ、ナイフのような鋭い視線を彬へと向けた。

「もし俺が『オカマ』に見えるなんて言ったら、即――」

 コロス、とでも言いそうな形相で睨みつけてくる。「何、こいつら……」と弱気になった彬を横目に、隆哉が小さく吐息を洩らした。

「何やってんの。あんたらしくない。いつもの調子で、答えればいいだけでしょ」

「へ?」

 隆哉の言葉を合図に、空気が一変する。まるで靄がかかったようだった頭を、彬はプルプルと振った。

「おや。裏切りましたね。隆哉君」

 クスクスと笑った白い神官は、細めた目で隆哉を見つめた。その瞳には、責めるような色がうっすらと滲み出ている。

「すみません。でも、今は時間が勿体無いです。高橋にはちゃんと、俺から言っておきますから」

「何を? ってか、今の何?」

「今のはね。みんなであんたを『威圧』したんだよ」

「威圧? なんで?」

 きょとん、とした彬の顔を、硝子の瞳が見つめる。

「あんたさっき言ったでしょ、霊を視るだけじゃなく話もしたいって。だからだよ」

「いや、ぜんっぜん解んねぇって」

「つまりですね」

 二人のやり取りを眺めていた冬樹が、穏やかに告げる。

「声を出して霊と話しをするという事は――人と話しをするというのもそうなんですけれど、『言霊(ことだま)』を使うという事なんです。だから僕等は、声に出して言う言葉を大切にしますよ。言霊というのはね、一度声に出してしまうと戻す事なんて出来ない、それは重いモノですから。人を死に追いやる事も出来れば、霊を消滅する事も出来ます。あなたがさっき言った『オカマ』という言霊。あなたは言った事を後悔しているようでしたけれど、声に出したからには責任を取らないと駄目です。相手を傷つけたと思ったのなら、尚更。何故そう思ったのかを説明して、悪気がなかった事をちゃんと言霊にして相手に伝えないといけない。――でしょう?」

 ふわりと微笑む白い神官を見つめながら「ああ、やっば女みたいだ」と、彬はぼんやりと考えていた。

「どうですか?」

「――あ。いや、あの……」

 自分が相手に見惚れていた事に気づき、彬は狼狽(ろうばい)しつつ、言葉を探した。

「えと、俺があんたを『オカマ』って言ったのは、どー見てもあんたは男なのに、何かな、内側から出す雰囲気? みたいなモンが女みたいで、やさしげだったから。心は女なのかなって思って。俺って言葉あんま知らないからさ、それしか適当な呼び方出てこなくて、だから、んと――すんません」

「言葉だけじゃなく、敬語も知らないようだな」

 呆れ声の裕の台詞にクスリと笑みを零した冬樹は、胸に片手を置いて瞼を伏せた。

「大丈夫。それでもちゃんと、彼の気持ちは僕に届きましたから。――僕のここにはね、もう一つ(こころ)が入っているんですよ。それは僕の双子の姉の魂。生まれる前まで一つだった、僕の片割れです。君が感じたのは、姉の魂でしょう」

「姉貴?」

「ええ。今ある僕の霊力は、元々は十年前に死んだ姉の能力(ちから)なんです。姉の魂を取り込んだ時、それらも一緒に流れ込んできましたから。僕の中に」

「取り込む? あんたそんな事出来んのか。スゲェな」

 感心する彬に、冬樹が微笑んでみせる。

「そうですね。それだけが僕の能力。でも僕が取り込めたのは姉だけで、今僕が持っている『霊を中に宿して成仏させる』というのは、一緒に取り込んだ姉の能力です」

「へ? どー違うの?」

「ほら、子供を身篭る事が出来るのは女性だけですよね。本来男にはない、女性にのみ備わった能力(ちから)です。それと同様、僕には魂の片割れである姉を取り込む能力だけはあったけれど、その他のものを取り込むような能力はなかった訳です。実を言うと、姉が亡くなるまでは霊を視る事すら、僕には出来なかったですよ」

「へぇ。じゃあ、男でそんな事が出来るのはあんただけってワケ?」

「いえ、そうとは限らないです」

 クスリと笑った冬樹が、隆哉へと視線を流す。

「例えば。どこかに心の半分を置いてきた、なんて人にも出来るんですよね。これが」

「え? つー事は相沢ぁ、お前にも出来るって事かよ?」

 スゲーッ、と目を輝かす彬に、隆哉はフイッと顔を背けた。

「能力的に出来るとしても、した事はないしする気もないよ。男である以上、身体(からだ)への負担が大きすぎる。誰かさんみたいに体を弱くするのがオチだろうし。だから冬樹さん。あなたにもこれ以上させる訳にいかない。少なくとも、俺が生きてる間はね」

 足を進めた隆哉は抑揚のない声で言うと、二人が立っている木の前で立ち止まった。その木を見上げ、動かなくなる。

「なになに、どーいうこったよ?」

 駆け寄った彬が、無表情なその顔を覗き込む。しかし彬の声が聞こえていないかのように、隆哉は黙って木を見上げたまま何の反応も示さなかった。

 むー、と唸った彬が仕方なく、隆哉の見つめる木の枝に視線を移す。よく見るとその枝には何かを擦ったような痕があり、枝の一部が擦り剥けていた。

「なんだ、あれ」

 手をかざし身を乗り出して見上げる彬に、ゆっくりと隆哉の顔が向けられる。

「視えるの?」

「ああ、何? あの擦ったような痕」

 その答えに少しの()を置いて嘆息した隆哉は、再び視線を枝へと向けた。

「あれは、今朝発見された『首吊り』の縄の痕だよ」

「首吊り? それって」

「そう、首吊り自殺。じゃあ駄目元で訊いてみるけど、『彼女』の姿は視えてないんだね?」

「……カノ、ジョ?」

 緩慢な動作で隆哉へと顔を向けた彬は、ヒクリと唇の片端を上げて後退った。

「まさ、か……」

「まだぶら下がってるよ。苦しげな表情のまま、ね」

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