序
この作品は、【君との空へ】シリーズの1つとなります。
前話『緋い記憶』『白い影』をお読みになってから、お読み下さいますようお願い致します。
帰り道は,好きだったんだ。
二人で帰る時間は楽しい――筈なのに。
その日は少しも楽しくなかった。高橋彬の隣で黙りこくったままの親友。
その不機嫌さまでもが、空気を伝ってこちらへと流れ込んできているようだった。
「あの……さ」
窺うように時任俊介の顔を覗き込む。「どうしたんだよ?」という言葉を吐き出すより早く、チラリと彬に向けられた視線は、すぐさま逸らされてしまった。
次に続く言葉を見つけられずに、仕方なく頭をかいて黙々と足を進める。
あまりにも長く感じられた沈黙の後、唐突に俊介が口を開いた。
「どーすんだよ?」
ぶすりとした、不機嫌さを隠さぬ口調。
「へ?」
なんの事だか解らず訊き返した彬に、フンと鼻を鳴らし、拗ねたように言葉を吐き出した。
「昼休みの、女子ッ」
吐き捨てるように言われた台詞に「ああ」と軽く答えようとして、目を剥いた。
「な、なんでッ! お前が知ってんだよッ?」
「俺が…って言うか、クラスのみんなが知ってる」
呆れたような声で言う俊介に、思わず頭を抱え、動揺する。
「なんでー?」
「木下に見られてたみたいだな」
すごいネタを仕入れたと、即座に教室で披露したらしい。
「だーッ! なーんかみんなの視線がおかしいと思ってたんだよー」
「…………」
隣からの、冷たい視線。
「何? 隠しておきたかった?」
「え? ……まあ」
気まずげに顔を顰めた彬だったが、「でも」と付け加えた。
「俺、コク告白られんの初めてだったからさー。すげードキドキした」
胸を押さえ、ニヤリとして告げる。しかし目を見開いた俊介はその手首を掴み、突然彬を後ろの塀へと押しつけた。
「痛ッ! 何、すんだよ?」
思わず瞑ってしまっていた目を見開く。そして、俊介の顔があまりにも近い事に動揺した。
「俺以上に、お前を好きな奴なんていない」
間近で囁かれた台詞。それはあまりに低くて――。
「…………」
暫く見つめ合っていたが、突然俊介がクッと笑いを洩らした。
「今も、すげードキドキしてるみたいだけど?」
彬の胸に掌をあて、揶揄いの台詞を口にする。
「なッ…!」
耳まで真っ赤になってる彬を満足げに見遣ると、掌を放す。
カラカラと笑いながら歩き出した俊介に、顔は真っ赤なままで叫んだ。
「ひでぇッ! 親友とは思えねーッ!」
その台詞に背中を向けたままで腕を上げ、ガッツポーズをしてみせる。
「それからッ! 俺ッ、断ったんだからなッ」
必死になって叫ぶ。
勢いで言った言葉に足を止め、俊介がゆっくりと振り返った。そうして零れるように微笑うと、親友へとゆっくりと手を差し伸べた。
「彬、帰るぞ」
あの時の手の温もりを、俺は忘れない。
ずっとあの時が続くと思っていた、幸せな自分も――。