路地裏では
「・・・・っくそ!」
アゼルは悪態をつきながら、狭い路地裏を走っていた。
風通しが悪いのか泥水が溜まっていて、アゼルが通る度にその泥水は服に跳ねた。
だが、アゼルは気にせず足を早める。
「あの馬鹿、あんな格好でっ!」
悪態を付きながらアゼルは辺りを見回した。
別れ右に差し掛かった所で足が止まる。
確かにこの路地裏に逃げ込んだのを見た。
だがまさか自分から逃げるとは思わず、一瞬反応が遅れてしまった。
そして逃げた彼女の足がアゼルの予想よりはるかに早かった。
アゼルが驚いた一瞬の隙を狙って彼女はまず人混みに紛れた。
そして、立ち往生しているアゼルを尻目にするすると人混みの中を縫う様に走り抜け、この路地裏に逃げ込んだのだ。
ようやく路地裏まで辿り着いたが、彼女の姿は見当たらない。
荒い息を整えながら路地裏で腰をかけている老婆を見つけた。
「おい!ばーさん!少し前に変な格好をした女を見なかったか?」
「・・・・あ?」
老婆は耳が遠いのか、耳に手をかけて聞き返してくる。
一瞬舌打ちをしそうになるが、もう一度息を整え今度はゆっくりと話しかけた。
「ついさっきだ。異国の服を着た女が走ってこなかったか?」
「・・・・あー!来たわい。巫女様にそっくりな女子が道に迷うたと言っておったんでの!噴水のある広場の場所を知りたい言うもんで、そこの角を右に曲がれば直ぐじゃと教えたわい。」
そう言って老婆は先ほどの分かれ道を指差した。
「あの馬鹿っ!!」
老婆の話を聞くや否や、アゼルは先ほどの分かれ道へと駆け出す。
途中、アゼルは紐に吊るされていた物を手に取る。
「ばーさん!悪いこれ借りてくぞ!」
走り際にそう言ってアゼルは角を曲がった。
「・・・っはぁ!はぁ!」
アゼルが老婆に出会う少し前。
琴子は全力で路地裏を走っていた。
そして焦っていた。
相手の虚をついて逃げ出したは良いが、今ここが何処なのかさっぱりとわかっていない。
「確か・・・この辺りだと思ったんだけど。」
そう言って琴子は一度立ち止まった。
自分の足には多少の自身があったが、陸上部でもない琴子はこんなに長い間走っていることはあまり無い。
真っ直ぐキャラバンに向かってしまってはあの王子に見つかってしまうと思ったから、路地裏を通って周り道をした後キャラバンに向かおうと思っていた。
しかし予想以上に路地裏が入り組んでいて、自分が今どの方向を向いているのか検討がつかなかった。
折角キャラバンに一緒に同行させてもらってこの世界を知るチャンスなのに!
キョロキョロと辺りを見回していると、一人の老婆が石畳に腰掛けているのが見えた。
琴子はその老婆に駆け寄る。
「すみません!・・・あの!」
すると老婆はおもむろにこちらへと顔を上げた。
「・・・あの!」
「おやまぁ。巫女様がおる。」
老婆はこちらに向くなり目を見開いてそう言った。
「あ、あの・・?道を・・・・。」
「巫女様が現れたと言うことは、おお・・遂に大厄災がくるのかのお。」
こちらの話は聞かず老婆は琴子に向かって手をすり合わせ始めた。
み、巫女様って・・・なに?
いきなりのことで狼狽する琴子を他所に老婆は良くわからない事をブツブツと呟いていた。
「あ・・・あの!」
「巫女様が現れるのは厄災の前触れじゃ・・・・。」
「あの!道を教えてくれませんか!?小さな噴水のある広場です!それと私は巫女様じゃありません!」
大きくゆっくりと、特に最後の言葉はより強調した。
すると老婆はすり合わせていた手を止めこちらを見上げる。
「その瞳色、髪色。異国の服。どう見ても巫女様じゃ。」
「だから私は巫女様でも無いし、厄災とか関係無いし!お婆さんお願い話を聞いて!」
そうしないと、あの人が来てしまう!
泣きそうになる琴子を目にし、老婆はようやくすり合わせていた手を止めた。
「お婆さんありがとう。私小さな噴水のある広場に行きたいのだけど道に迷っちゃって、教えて欲しいんです!」
すると今までが嘘だったかの様に老婆は話に耳を傾けてくれた。
「巫女様では無いんか。そうか・・・。」
非常に残念そうだったが、広場までの道のりは教えてくれた。
すぐ近くの分かれ道の角を右に曲がれば広場は直ぐなのだとか。
琴子はしっかりとお礼を言うと、その角を曲がる。
しばらくすると道が開けた。
あの王子から逃げ出した道も人通りがそれなりにあったが、こちらの方が街中とあって活気があった。
見たこともない店も沢山並んでいる。
「・・・う・・・わっ!」
見たことのない人々、ゲームに出て来る様な武器っぽい物を持った人、見たこともない食べ物。
知らない動物。
ここが異世界なのだと思い知らされた。
「ーーーとこんなことしてる場合じゃない!」
琴子は近くにいた人に声をかける。
「すみません!この近くに小さな噴水の広場ありますよね?どっちに行けば良いですか!?」
声をかけられた男の人は少し驚いていたが小さく人だかりのできている方へ指差した。
「あ、あっちだよ。」
「ありがとうございます!」
琴子は素早くお辞儀をして、人だかりのある方へと駆け出して行った。
男はしばらくぽかんとしていたが、琴子の後ろ姿を見て目を見開いて行く。
「嘘だろ・・・。ゼリュスの巫女だ・・・。」
彼のその呟きは喧騒にかき消された。