人類最強の戦い ~vs毒使い~
いつからだろう。俺に戦いを挑む者達の目が『挑戦』から『無謀』へと変わってしまったのは。いつから私は、誰よりも強くなってしまったのだろう。『人類最強の男』と言われ初めてどれほどの時間が過ぎていったのか。その間に、どれほどの犠牲者を生んでしまったのか。私には思い出せない。思い出せないし思い出そうとも思わない。なぜなら過去には戻れないから。だから俺は、ただ目の前に立ちふさがる敵を倒すのみ。
ああ、つまらない。
■ ■
最強とは一体何なのだろうか。人を葬ることが最強なのか。人を殴り、蹴り、砕き、削り、削ぎ、壊すことが最強の証なのだろうか。少なくとも俺の周りはそういう価値観で物事を図っているらしい。そしてその価値観の中で、俺という存在は最強なのだそうだ。
しかし、考えてもらいたい。人を壊すことなんて誰にだって出来る。どんな人間だって銃を使えば死ぬ。鈍器のようなものをたたきつけられれば壊れる。刀で斬れば部位は崩れ落ちる。道具があれば誰だって最強ということになってしまう。俺は武器を使わずしてその称号を得ているわけだが、そんな俺が武器を持ったら、更に強くなるわけではない。武器を扱う上でプロフェッショナルという存在がいる。つまり銃には銃の、鈍器には鈍器の、刀には刀の、最強という存在がいる。そんな者達と俺が戦えば確実に俺は死ぬだろう。いや、運が良ければ死なないかもしれないが、まず間違い無く負けるだろう。それなのに俺が最強という称号を持ち続けているのは、武器を使用すること自体、弱い者がする行いだと周りが勝手に決めつけているだけなのだ。つまり、武器さえ使えば俺なんて誰でも倒せると、けれどそれは所謂『ルール違反』だと勝手に決めつけているのだ。
勝負の世界に、ルールなんて存在しないというのに。
「お前、人類最強だな?」
その男は俺に突然そうふっかけてきた。男の格好は、まるでこれから放射能が充満した施設に行くような格好だった。顔の部分が黒く塗られているため相手の顔は見ることが出来ない。
「そうだ、それがどうした?」
「うけけけ!ようやくお前を見つけることが出来た。俺はおまえを殺すためにやってきたのだ!」
顔面黒塗り男は口早にそう言った。俺に挑戦するのではなく、殺しに来たのだと。こういうタイプの挑戦者か・・・。俺は顔面黒塗り男に睨みをきかせる。正直戦いなんてしたくないので、睨みで怯んでくれることを願う。
「なんだいなんだい!俺をそんなに睨んじゃって!そんなに早く俺に殺されて欲しいのか?人類最強!?」
うけけけ、と顔面黒塗り男は腹を抱えながら笑う。何がそんなにおかしいのだろう。それとも俺を脅すための演出か・・・?顔が見えないせいで本気の笑いか演技か見分けることが出来ない。だからこういうタイプは苦手なのだ。
「で、あー・・・。お前、名前なんて言うんだ?」
「お?それはあれか?これからおまえを殺すことになる人間の名前を記憶に残しておきたいっていうあれか!?うけけけ!いいだろういいだろう!それじゃあ教えてやるよ!!俺様の名前は宇田 霧さ!覚えておきな!」
顔面黒塗り男・・・宇田は笑いながらそう答えた。ふむ、目測10歩といったところか。俺は宇田と俺との距離を測り、これから始まるであろう戦いをさっさと終わらすための下準備をする。そのためには、宇田にもっと喋っていてもらわないとな。
「俺を殺すって言ってたな。俺の称号をかけて勝負するってわけじゃないのか?」
「ハッ!そんなことするかよ!」
宇田は調子付きながら話し始める。その調子でどんどん喋っていてくれ。
「俺はなぁ、別に人類最強なんてちゃちな称号いらねえんだ!俺の目的はズバリ『実験』だよ!俺の作った化学兵器が果たしてどれほどのものなのか、試そうってわけだ!その実験の対象として選ばれたのがお前ってわけだ!お前にとっちゃあ俺は大事な大事な対戦相手かも知れねえが、俺にとってお前はただの実験体、モルモットってわけさ!ヒャハハハ!」
身長約157cm、体格は着ている防護スーツのせいでよくわからないが、まあ殴っても問題はないだろう。最初から俺狙いで来ているようだし、対策は十分といったところか。そして殺す・・・いや、実験だったか?それで来ているということは、あいつが背負っているあの四角い機械がその道具といったところか。ふむ、まあこのぐらいでいいか。
それじゃあ、戦闘開始だ。
「なるほど、俺は実験の道具ってことか」
「そうだ!お前は今から俺の作った『遊撃手』によって殺され――」
「そいつはいやだ」
な。と同時に俺は動き始める。水平跳躍をして宇田の目の前にまで跳んだ。なに、10歩歩かなければ届かない距離だからって、跳んでも届かないわけじゃない。突然俺が目の前に近づいてきたからか、宇田は一瞬硬直する。俺はその隙を狙って宇田の腹に軽く殴打を打ち込む。手応えあり。
「グエッ!」
宇田は息を吐き出しながら1m程後退する。そこまで強烈な一撃にならなかったようだ。俺が思っていた以上に、あの防護スーツはよく出来ているようだ。
「くっ、『遊撃手』!!」そう言いながら宇田は背中に取り付けていた機械のスイッチを押した。
機械は起動すると同時に紫色の煙を吐き出した。煙幕か?いや、これは・・・。
「フハハハ!これは少し吸い込むだけで体中を麻痺させる私の最高傑作!これを吸って死ぬまで固まりな!」
なるほど、麻痺性の毒か。宇田の言い方だと、この毒自体に即死性はないみたいだな。
だったら問題ない。俺は紫煙の中に潜り込む。
「なっ、なんだと!?」宇田の様子だと、俺の様子がわかっているらしい。とりあえず後ろの機械を壊せばこの煙も止まるだろう。被害が広がる前に壊しとかないとな・・・。
と思いながら歩を進めると全身に電流が流れるような感覚が起こった。なるほど、これが毒の効果というわけか。まず初めに手が動かなくなり、次に腕が振れなくなった。次第に足元までその効果が及び、ついに私は動けなくなってしまった。なるほど、この毒は、全身の筋肉を、止めるわけではなく、血の流れを止める、毒だったわけか・・・。俺は薄れ行く意識の中で、改めてこの毒の恐ろしさを理解した。そして、目の前が暗くなって―――
■ ■
「・・・『遊撃手』停止!」
宇田は相手が倒れたのを確認して『遊撃手』の電源を落とした。宇田はほっと胸を撫で下ろした。
―まさか、この毒のなかアレほど動くことが出来るとは、まだまだ改良が足りないかもしれないな。しかし、これで証明できた。この毒は人類最強をも殺せる。つまりすべての人類を殺すことが出来ることが確定した。
「フフ・・・フハハ・・・フーッハッハッハッハッハ!これで私は証明した!私の実験は間違っていなかった!私は正しかったのだ!」
宇田はこれ以上ない笑い声を轟かせ続けた。まるで地球のすべてを手にしたかのような、傲慢な笑い方であった。
そんな宇田の笑いを遮ったのは。
「・・・うるせえなあ、少しは遠慮をしたらどうだ?」
誰であろう、人類最強であった。
■ ■
「!?」
宇田は驚愕した。紫煙の中で倒れたはずの人類最強が動き始めたのだから。
―もしや、即効性過ぎて効果が持続しなかった?いや、持続問題は解決したはず、ではなぜ!?なぜ一度毒に蝕まれ、倒れた男が動けるようになっているのだ!?
宇田は無言のうちに再度『遊撃手』を起動させる。背中から吐き出される紫煙に包まれながら宇田は今後どうするべきか模索する。
―どうする?一旦基地へ逃げるか。それとも今度は濃度を上げて更にあいつを追い込むか・・・。
「まあ、考えは良かったよ」
「ハッ!?」
気付けば、人類最強は宇田の目の前にいた。宇田はすぐに後退ろうとするが、人類最強が宇田の両肩をつかむ。その力は強く、動くことができなくなってしまう。
「空気とともに血管に毒を送り込ませて、血液の動き自体を止めてしまおうっていうことか。いくら心臓が動こうとも、血管が血液を流してくれなければ意味は無いからね。即効性があったし、なによりあの毒だったら数十分なれば死ぬことになったんだろうね」
でも、と人類最強は続けた。
「それでもその毒を俺は対応してしまったわけだ」
■ ■
いつだっただろうか。俺が『人類最強』ともてはやされる少し前だったか。俺に挑戦を申し込んで目の前でキャンセルを決め込んだ男がこう言っていた。
「君は多分、他の誰よりも強い存在になるんだろうね。君が強い理由が腕っ節が達者なわけでも、脚力が異常に発達しているからでもない。どちらかと言うとその力を生み出している体そのものが特別なんだ。君は『火事場の馬鹿力』というものを知ってるかい?自分の家が火事になり、なにか大事なものを急いで運ばなければならないという極限状態の時に発揮される力のことを言うんだけども、君はその力を火事場でなく常に発揮できる能力を持っているんだ。つまり君のちからは常に100%というわけだ。それだけでも末恐ろしいというのに、更に恐ろしいことがある。僕から見れば火事場力よりこっちのほうが特殊で異例なことなんだと思う。それは、君が火事場力に『対応』出来てしまっているということなんだ。火事場力がなぜ火事場にしか出せないのか。理由は簡単だ。常に100%の力を出し続ければ人は簡単に自壊してしまうからだ。人間は常に自分に限界という枷をつけて生活している。なぜならその大きすぎる力を自分で制御することが出来ないからだ。だから人間は日々努力を積み重ねて、少しづつ限界という枷を解いていっているんだ。だけど君は違う。君は初めから枷をすべて外しているんだ。そんなことをしてしまえば自壊する他ないというのに君は、その大きすぎる力に対応してしまっている。君には全てに『対応』してしまう力があるんだ。その力が僕は一番恐ろしいと感じたんだ。つまり君は、後に自分よりも強い相手が現れてもすぐに対応して、そして自分のものにして更に昇華させていくんだろうね。世の人々はそれを『才能』と呼ぶのだろうけれど、僕はあえてこう言わせてもらうよ。君のその力は、才能でもなんでもない。『呪い』だ。君はその呪いと一生付き合っていかなければならない。それこそ死ぬまでね・・・」
あの男が誰だったのか。俺には思い出すことはできないが、その台詞だけは忘れることができなかった。俺の力は、『呪い』だということを。
■ ■
さて、ようやく宇田を捕まえることができたが、これからどうしようか。とりあえず後ろの機械を壊しておくか。
俺は宇田の背中にある機械―遊撃手といったか?―を壊した。その際、右手を離すことになったがまあ大丈夫だろう。どうやっても逃げれそうにないだろうし。
「ああっ!やめて」
宇田の言葉も虚しく、俺の拳が『遊撃手』を一殴りする。すると『遊撃手』は小さな爆発を起こし、紫煙をはかなくなってしまった。完全に機能を停止したようである。
さて、このまま帰してしまえば、宇田は復讐心に燃え更なる兵器を生み出して俺の目の前に立ちはだかることになってしまうだろう。だからできるだけ今のうちに戦意喪失させておきたいのだが・・・。
・・・閃いた。これでいこう。
思うが早いか。俺は宇田がかぶっていた防護マスクをアッパーで振りぬいた。防護マスクは拳上の凹みを作りながら宙に舞っていった。
「あっ」
宇田の正体は女性であった。まあ、途中から一人称を間違えたり、肩を触ってみて大体予想はついていたのだけれど。
「あっ、あっ」
マスク内に変声器があったのであろう。宇田はそれはそれは女性らしい声を上げながら
「あっーーーーーーーーー!!!!!」
叫んだ。と同時に、意識を失ってしまった。仕方がない。紫煙を吐かなくなったとはいえ、俺達の周りには宇田が作った毒が今も宙を漂っているのだから。驚かないほうがおかしいというものだろう。これで彼女も戦意喪失したであろう。まあ、意識を失った時点で戦いがどうこう言えないのだが。
さて、勝負はついたのだから、宇田を助けてあげないと。意識を失っているから、このまま放置するわけにもいかないし。とりあえずこの煙の外に逃げよう。そう思って俺は30m程上昇した。もちろん、ジャンプで。30mほど跳んで、周りを確認してみると、直線距離100mほどの所にマンションがあったのでそこに向かうことにする。指針をそちらに向けようとした時、上から先ほど打ち上げた防護マスクが落ちていくのを確認した。防護マスクは紫煙の中に消え、ちゃんと堕ちたのか確認することはできなかった。
■ ■
空中で何度か蹴りながら―我ながら人間業ではないと思う―マンションの屋上にたどり着く。両腕に抱えていた宇田を降ろし、とりあえずは一段落した。
とりあえず今回も勝てた、といえるのか?別にどうしたら負けなんて決めてなかったし、彼女からしたらもはや戦いですらなかっただろうし。なんとも言えないものであった。
そういえば、宇田が先程から動いてないようなのだが・・・。もしやと思い俺は宇田に近づいて脈を計る。・・・やっぱり、彼女の脈は動いていなかった。血液が完全に止まっていたのである。まあこれも想定済みといえば想定済みなのだけれど。
俺は宇田の胸に両手をつけて心臓マッサージをした。血液が止まったのだったら、ちゃんと流れるほどに心臓を動かすことが出来れば自然に動くのだろう。多分。
それほど信頼性のない方法ではあったが、効果はテキメンだったようだ。次第に血液は循環し、脈も正常な動きを見せた。
このままほおっておいても良かったのだが、せっかくなのでちゃんと意識を取り戻すか見守ってあげる事にした。特にこれといった異常もなく、宇田は1時間ほどで意識を取り戻した。
「ううっ・・・」
宇田が目をこすりながらムクリと上体を上げた。どうやら現状を把握できていないようだ。宇田はあたりを見回し、そして俺の存在に気付いたようだ、目を見開きながら俺を見つめていた。
「おっ、おっおっ、お前!」
宇田はズンズンと指を突き刺しながら俺に近づいてきた。これほど元気があるんだったら、もう大丈夫だろう。
「お前よくも私の『遊撃手』ちゃんを壊してくれたなー!おまけにアストロマスクまで壊してくれちゃって!!」
「戦いを申し込んできたのはお前だろう・・・そんなもん自己責任だ」
「戦いじゃない!実験!!」
そうきたか・・・。もう無事を確認したのだし早く帰りたいのだが・・・。しかし彼女は俺を逃がす気はないようだ。
「あなたのせいで実験は台無しだわ!せっかく半年かけて作り上げた傑作なのに、あんな呆気無くボロボロにしてくれちゃって!それにあんた最初私のお腹に殴ってきたでしょう!あれほんと痛かったんだから!」
宇田の文句が止まらない。どうやら俺に対する戦意は全然あるらしい。
「そういえば宇田、さっきのうけけけ!とかいう笑いはどうしたんだよ。と言うよりも最初とキャラが変わりすぎな気がするが・・・」
「何よ!キャラ作っちゃいけないわけ!」
キャラ作ってたのか・・・。
「とにかく!今回の責任は必ずとってもらうんですからね!」
そのために!と言いながら宇田はポケットからスマーフォンを取り出す。
「あなたの連絡先を教えなさい!」
「はっ?」
「今回みたいに探すのはめんどくさいから、次はあなたに連絡してあなたの方から来るのよ!」
「どうして俺がそんなこと」
「相手の挑戦は全て受け入れるんでしょ『人類最強』!」
「・・・・・・」
そんなことがあり、宇田霧とメル友になってしまった。押しに弱い俺であった。
「そうだ、あなたの名前なんていうのかしら?」
宇田は俺の教えたアドレスを打ち込みながらそう尋ねてきた。連絡先リストの名前につけるつもりだろうか。
「別に、さっきから呼んでる『人類最強』で構わないよ」
「そんな毎回毎回『人類最強』なんていうのかったるいじゃない。あなたにもちゃんとした名前があるんでしょう?とっとと教えなさいよ。減るもんじゃないんだから」
「そうやって言われると、言いたくなくなるな・・・」
はあ、どうしてこうなったのやら。俺はため息を一つこぼして、
「俺の名前は大危 歩。お前を殺さない男の名前だよ」
そう答えた。
というわけで久しぶりに投稿してみました。
この作品は、今日の0時頃に思いついてその場で書き出し、2時30分ごろに書き終えた突発的なお話です。また、頭がよく回ってない状況で書いているので間違いが多発されていることうけあいですがまあ推敲する気もないのでそのまま投稿します。
さて、久しぶりということもあってこの作品は所謂『リハビリ作品』です。どのくらい文字打ち込めるだろうか。というのと、打ち込みに対する熱意の復活を目的として書かれたお話です。また書きたいなぁと思ったら書くと思います。
人類最強・大危歩のお話です。最強だから結構闘うことになるんだろうなぁ。その中にはイレギュラーとかもあるんだろうなぁという事を考えながら途中から描いていました。歩さんはオッサンだと思う。そして自分の設定では宇田霧ちゃんは高校生です。
書いてる時には、宇田霧ちゃんにはときめいてもらおうかなと思ったんですけど、それだとキャラ変しすぎて面白く無いかなということであのキャラで通させて頂きました。今後そういう展開に書いていくかは知りません。
宇田っていう地名はもう完全に頭の隅から湧いてきたもので、それにゴロが合いそうなものとして出てきたのが霧でした。宇田霧≒裏切りなんて。
大危歩っていう名前は、西尾維新著『悲惨伝』のデザインにあった『大歩危』という漢字を自分が『大危歩』と読み違えたことで生まれた名前です。ちなみに大歩危はオオボケとよみます。自分がボケてんじゃねえかと。
まあそんな感じで見切り発車8割で書いて見ました『最強男』。今後他作品でも出せれば出したいななんて考えています。それでは。