もしも婚約破棄されたのが空気の読めない脳筋令嬢だったら Case1 アナスタシア・ウェストミンスターの場合(または空気は読めないが剣は達人級の辺境の侯爵令嬢の場合)
「アナスタシア・ウェストミンスター侯爵令嬢、貴様との婚約を破棄する」
学園の卒業パーティーで高らかに宣言したのは、この国の第一王子、クリミナー・ギルティー殿下である。
一方、婚約破棄を宣言されたアナスタシア・ウェストミンスター侯爵令嬢は会場中央の飲食物取り放題コーナーからくるりと振り返った。
右手にはなみなみとつがれたジョッキいっぱいのエール、左手には人の顔ほどもあろうかという骨付き肉を持った上程で有り、両方のほっぺたをリスのように膨らませてモキュモキュと何かを咀嚼している。左手のお肉に食いちぎったところがあることから、彼女が今現在食べているのはその巨大なお肉の一部なのであろう。
そうしている間にも、クリミナー王太子は片手にピンク頭の御令嬢をぶら下げたままアナスタシアを糾弾した。
「アナスタシア、貴様はこのキャンディーに暴言を浴びせ、数々の嫌がらせをし、あまつさえ池に突き落としたり、制服を切り刻んだりしたそうではないか。貴様のような女はゆくゆくは王妃となる私の妻に、王家にふさわしくない。よって貴様との婚約を破棄し身分剥奪の上西の魔の森へ追放とする。どうだ、分かったか。なんとか言ってみろ」
立太子もしていないクリミナー第一王子と結婚しても王妃になるかどうかは決まっていないのに、この王子はいささか考えが足りないようだ。
しかし、短慮、視野の狭さ、考えの至らなさではアナスタシア・ウェストミンスター侯爵令嬢も負けていなかった。
口の中のお肉をゴキュン飲み込むと右手のジョッキをゴフゴフと一気に飲み干し、空のジョッキを後ろ手にテーブルへドスンと置き、ドレスの袖で口を拭った。左手には骨付きお肉を持ったままである。
そして、おもむろに口を開く。
「つまり殿下は、私に決闘を申し込むと言うことですね。よろしいですわ。その決闘、受けて立ちましょう」
そう言うと空間魔法を発動させ、右手に愛用の直剣を取り出した。
殿下とアナスタシアの間に居たパーティー参加者はズザザッと瞬間で左右に分かれて道を空ける。
アナスタシアのウェストミンスター家は魔の森からあふれてくる魔獣の討伐で功績を挙げて侯爵まで爵位をあげた戦闘民族なのである。そこの第一子であるアナスタシアは学園入学前には剣を極め、学園では剣術の教師を片手で五秒もかからずに制圧するほどの腕前であることは周知の事実である。更に彼女の性格は基本善人なのだが、自身を攻撃する物に対しては魔獣だろうが人だろうが全く容赦が無く、思い込んだら一直線ということも知れ渡っていた。
そんなアナスタシアが抜き身の剣を利き腕に持ったのである。戦闘力の無い一般人が瞬時に身の安全を確保するために道を空けるのも納得である。
アナスタシアは、参加者が空けた道を悠然と歩き、クリミナー第一王子の方へと歩みを進めた。左手にはお肉を持ったままである。
「さあ、殿下、勝負いたしましょう。決闘で白黒つけるのです。何ならその腕にぶら下がっているどこぞの御令嬢と二対一でもかまいませんし、後ろの側近の方々と組んでも問題ありませんよ」
「まて、誰が決闘だなどと言った」
「ああ、剣をお持ちでないのですね。ご安心ください。私、予備の剣ならいくらでも持っていますので」
アナスタシアは王子の言葉など全く聞いては居ない。
左手の骨付き肉を空間収納にしまうと、即座に予備の剣を取り出し、それをクリミナー王子に向かってひょいと投げてよこした。
とっさに王子は両腕で受け取ろうとして鋼の剣の重さに後ろへと飛ばされる。左腕にはキャンディー嬢をぶら下げたまま無様に尻餅をついた。
「殿下!」
すぐに4名の側近が賭けより王子を助け起こした。
「さあ、殿下。いざ尋常に勝負です」
アナスタシアが剣を正眼に構えた。
瞬間側近4名とキャンディー嬢は殿下から距離を取る。
「こら、お前達、何故逃げる。俺を守るのがお前達の仕事だろう」
王子は叫ぶが、アナスタシアの腕前を知っている側近達は首をぶんぶんと横に振る。
「無理です」
「いくら殿下でも心中はしたくありません」
「だいたいわれわれの話を聞かずに婚約破棄を強行されたのは殿下じゃないですか」
「だから止めましょうと言ったじゃないですか」
側近たちはじりじりと後退しながら決闘への参加を拒否している。
「と言うことは、決闘参加者は殿下とそこの御令嬢のお二人と言うことでよろしいのですね?」
アナスタシアがニコリと微笑むと、キャンディー嬢それまでつかんでいた殿下の左腕を放り出し、脱兎のごとく会場の出口へ向かって走り去った。
「あら、一対一になってしまいましたね」
「いや、だから違うと言っているだろ。話を聞け」
「さあ、構えてください。早速やり合いますわよ」
「止めろー」
王子の叫びもむなしく、アナスタシアはジリジリと距離を詰めていくる。
王子は恐怖から、仕方なく剣の柄をつかんだ。アナスタシアの骨付き肉の脂がべっとり付いた柄だ。
「ウェ」
その握り心地の悪さに思わず声が出る。しかし、その情けないうめき声が、クリミナー王子のこの世で最後のお言葉となった。
アナスタシアの上段からの一閃が、剣ごと王子を真っ二つにしたのである。真っ向唐竹割り。見事な太刀筋であった。
真っ二つになった王子はもちろん即死した。
婚約破棄などする物ではないという教訓とともに……。
後日この件を知った王と王妃は、アナスタシアを王子斬殺の主犯として裁こうとしてウェストミンスター侯爵家の返り討ちに遭い、ここにウェストミンスター王朝が始まることとなったのだがそれはまた別のお話……




