婚約者が毎回「太った?」と聞くので、お望み通りたっぷり増量いたします。
レベッカは元々よく食べる方であった。
しかし、婚約者のヴィンフリートはとある食事会の席で言った。
『豚にでもなるつもりか?』
突然の暴言に対する驚きと、ヴィンフリートの軽蔑するような視線。
それ以来、小食を心がけている。
そんなことがありつつもレベッカは美しく手足が伸び、幼い少女からしとやかな令嬢へと育つ。
レベッカは徹底した食事管理のおかげか誰もが憧れるプロポーションになった。
細くくびれた腰に、白鳥を思わせるしなやかな首筋。
レベッカ自身も、完璧を目指して、自分の体を整えていた。
とある舞踏会。ヴィンフリートにエスコートしてもらい、ダンスを一曲踊った後に、ソファーの席に移動して同世代達との歓談に移る。
レベッカはそこに居る貴族たちとは半分以上が友人で、全員が顔見知りだ。
今年の領地の事業はどうだ、魔獣の出現率はああだ、どこの誰が婚約したらしい、そんな情報が飛び交う中、「あ」と思い立ったように、ヴィンフリートはレベッカの方を見た。
それから、少し砕けた笑みを浮かべて、彼はレベッカの目ではなく体を見て、口を開く。
「そうだ……思ったんだけど、君。太った?」
「……」
ヴィンフリートの突然の言葉に、貴族たちの注目が集まって、レベッカは頬を引きつらせる。
それから、カッと頭に血が上る。
「女性に対して失礼では?」
レベッカの友人のテレーゼが、困った様子でヴィンフリートに言った。
「いや、悪い悪い。つい、婚約者だから気が緩んで踏み込んだことを言ってしまった」
「……」
「悪いな。レベッカ、なんだか以前に会った時よりも、太ましくなったように見えたんだ」
「……」
「なんだか、腰回りがな、前にあったときより一回り増えたような」
ヴィンフリートは冗談を言うみたいにカラカラと笑って、悪いと言いながらもレベッカの体型に対する言及をやめない。
じっとレベッカの腹回りを見つめている。
「……そんなはずは、ありません。きちんと節制し管理していますから」
沸騰するような怒りが収まって、レベッカは震える声で言った。
「じゃあ、気のせいか。気のせいなんだろう。いやぁ、それでも聞かずには居られなかったな!」
「……ヴィンフリート様、そうはいっても気にしすぎてコルセットを締め続ければ、体の機能が損なわれる場合もあります」
「たしかに、俺は女兄姉が多いからわかるが、美しさのためにと努力しすぎて体調を崩すことは多くある」
レベッカの言葉に、友人のエリアスが補足を入れる。
「へー、大変なんだな」
しかしヴィンフリートは、首をかしげながらレベッカの腹を見ているだけである。
「将来、あなたを支えるために体は重要な資本です。それを失っては本末転倒、そう思いませんか」
「え、でも。健康を言い訳にされてもな」
「……」
「え?」
「…………」
「私、なにかかとんでもない格言を言っちゃったかな?」
「…………」
レベッカは、それからヴィンフリートとなにも話をしなかった。
気を使った友人達が、ヴィンフリートは今日体調が悪そうだから、とか無理矢理な理由をつけて、彼だけを先に返させた。
この場には、父も母もともに参加している。
エスコートを失ってもさほど問題にはならない。
彼がいなくなるとレベッカはやっと深く息が出来た。
いつもそうなのだ。
彼は。
(今日も聞かれましたね。太ってなんて居ないのに)
ヴィンフリートは会うたびにそうして聞いてくるようになった。
まだ社交界に出る前は、もっと直接的にレベッカが太ることを拒絶する言葉を吐いていたが、こうしてお互い年を重ねて大人に近づくと彼もやり方を変えた。
会うたび会うたび、わざと人の居る場所で、レベッカが増量している疑惑をかけてくるのだ。
それはあまりにも屈辱で、同時に完璧なプロポーションを目指す燃料としていた。
(でも今日わかりました。わたくしはもうこれ以上痩せることは、物理的に難しいんです)
それでも、ヴィンフリートは変わらない。
彼は遠回しにレベッカを貶し続ける。
冗談みたいな顔をして。
健康を害するかもしれないと言っても興味も無い、ヴィンフリートが興味あるのは、レベッカの体、ではなく婚約者の体型だ。
婚約者という関係の女の腹回りの太さ以外に興味が無いのだ。
それがよう、ようやく、完璧に近いプロポーションを手に入れてわかったのだった。
それから友人三人とだけ別の席へと移動して、テレーゼが一番最初に言った。
「まったくあり得ないわ」
テレーゼは腕を組んでプリプリと怒った。
「ほんとよ。なんで毎回、失礼だって言ってるのに、同じことを繰り返すの?」
それにベティーナが同調して、本当に困惑している様子で表情を硬くする。それに、エリアスも続いた。
「頭の中が体型のことしか無いんだろうか」
「かもしれません」
エリアスの言葉にレベッカは同意して、それから肩の力を抜いて、トスンとソファーの背もたれに体を預けた。
「それでも、言っていかなければ人は変わりませんわ。あの人はほかでもないレベッカの婚約者だもの」
「そうね。今まで通り、あの人が失礼なことを言ったら失礼だというその事実をちゃんと伝えていけばいいのだわ」
テレーゼとベティーナは、二人で顔を見合わせて、これからもヴィンフリートへの教育を続けていこうと言葉を交わす。
彼女たちとエリアスと、レベッカはそれだけ深い仲で、お互いに起こったことを自分のことのように怒って、時にはレベッカの代わりにヴィンフリートに反論してくれる。
それはとても嬉しいことで、今までヴィンフリートに体型のことを言われなくなるためにレベッカは痩せることで根本的な解決を図り、彼女たちは外からその時々に、レベッカへの失礼発言を諫めて二重の対処を取ってきた。
この三人の友人にレベッカはいつも頭が上がらないし、感謝している。
いつもならば、今日もありがとう、これからもよろしくときちんと言っている。
しかし、今日のレベッカは違った。
「……三人とも、ありがとうございます。わたくしのために怒ってくれて」
「そんなの当たり前ですわ」
「友人だもの」
「だな」
とりあえずお礼を口にする。それから、レベッカは、ソファーの背もたれから体を持ち上げて、しっかりと背筋を伸ばした。
今、胸にこみ上げているのは、落胆でも、諦めでもなかった。
「でも、三人とも、わたくし決めましたわ」
三人は、はて? と首をかしげてレベッカの言葉の続きを待った。
「もう、あの人の為に努力はしません。あの人は、わたくしという人間を見ていない、そんなことよりも胴回りの太さしか興味ないんです」
「……まぁ」
「たしかに」
「だな」
「そして、それを自分の思うがままにしようと、手を品を変え、なんと醜い事かしら」
レベッカは地を這うような声で、怒りに身を焦がしながら言った。
今までヴィンフリートの意見を聞いてきたのは、愛が故の欲のようなものだろうと考えて居た。
美しくいてほしいだとか、太って健康を害してほしくないとか。
そういう、他人を思うが故の欲。
でもそうではない。健康を犠牲にしてでも、レベッカを傷つけてでも、文句を言って胴を細くしようとする。そんなのはまるで、人間扱いしていない。
ヴィンフリートはそうレベッカを扱ってきたのだ。
「姑息な手段で支配して、思い通りに扱って……腹が立ちました」
「そう、だな。……俺も」
「……腹を立てているのは、わたくしも」
「私も」
「でも捨て置くには少々、婚約が邪魔です。なので、ここは一つ最後に意趣返しをしたいのです。そのために少し手を貸してくださらない? 協力してもらってばかりでごめんなさいね」
話ながらレベッカは、怒りのままに頭を回して、ちょうど良い案が思い浮かんだ。
彼は社交界に出るようになって、心配しているみたいな体で、レベッカの体型に言及する技を習得したのだ。
そして、暴言や強要と取られないように、明確には「痩せろ」「太るな」とは言っていない。
なればこそ、そこには余地がある。
「え、なになに? どんなことですの?」
「あの男にギャフンと言わせる、面白い小細工をいたします」
「お、いいなそれ」
「楽しそう!」
そうして三人とレベッカはよりヴィンフリートが、衝撃を受けるように細々とした言葉選びを考えた。
友人達はその後、計画通りに、レベッカのことをヴィンフリートに伝えたのだった。
テレーゼとベティーナとエリアスはそれぞれ別のところでヴィンフリートに友人としてレベッカの情報をもたらした。
『ついに、ヴィンフリート様のお眼鏡にかなうほど明らかに変わった』
『見違えるほど、女性らしく愛らしい体型になった』
『コルセットを作り直すほどらしい。これもヴィンフリートが常々、気をかけていた成果だ!』
ヴィンフリートはそんなふうに聞かされて、同性からも異性からも素晴らしいと称される変わったレベッカと会うのを酷く心待ちにした。
何度も手紙を送ってその姿を見せてほしいと懇願するほどに。
けれども、すぐに顔を出してしまってはヴィンフリートの期待を限界まで高めることはできない。
一ヶ月ほどじらしてから、レベッカは同年代の仲間内を呼んだ小規模なパーティーを企画した。
呼んだのは皆、顔見知りで、領地同士のつながりがあったり友人関係があったりする貴族達だ。
主催したのはレベッカの実家フォルステル伯爵家だが、レベッカは参加者の出迎えには現れなかった。
一応主催者となっている父が開会を宣言する。今日の主役が不在の中で、ヴィンフリートにテレーゼが声をかけた。
「ささ、ヴィンフリート様こちらへ」
「俺たちはレベッカから、特等席に案内してほしいと言われてるんだ」
「そうですの。今日はより美しく変わられたレベッカのお披露目パーティーでもありますのよ」
「と、特等席?」
疑問に思いながらも、ヴィンフリートは閉ざされている小ホールの入り口の扉の前へと連れてこられる。
動きがあればパーティーに集まった貴族達はそちらを見やって、会場は社交の場にしては妙に静かだった。
「……こんな大それたことをしなくても、普通に私の前に現れてくれればいいんだが」
「まぁ、まぁ」
「もう参りますわ」
そうして、使用人によって恭しく、その扉は開かれた。
「!!」
途端、ヴィンフリートは目を見開いて、口を開けてぽかんとした。
「は……?」と消え入りそうな声が小さく紡がれる。一方、開かれた扉の向こうに居たレベッカは満面の笑みだった。
カツカツとヒールの音を鳴らしてずんずんと前に進む。
ぷっくりと膨れた頬。首の詰まったドレスに、うどの大木のようなずっしりとした揺るがない腰回り。
今までのレベッカに足音をつけるとしたら、トットットッだったが、今は明らかにのっしのっしという足音だ。
それもそのはず、足は細いのに体は太ましく、重心がぶれていつも通りの美しい歩みではない。
左右に揺れるように、けれども素早くヴィンフリートの方へと向かってきている。
「は?????」
あっという間にレベッカはヴィンフリートの前にやってくる。
目の前にたたれてヴィンフリートは心底、意味不明だとばかりに声を上げた。
その言葉にレベッカは美しい金髪をさらりと揺らして、ドレスの裾を持ってカーテシーをした。
「ヴィンフリート様! ご要望通り、たっぷりと増量して参りました! 見てください、このたくましく包容力のあるウェスト、ボリュームの感じられるヒップ、あふれんばかりの母性をたたえるバスト!」
上から体のラインをなぞって、レベッカは最後に自分の両手を頬に当てて、強調した。
前回、ヴィンフリートに会った時と顔だけは変わらないが、顔の輪郭が変わっている。
シャープだった輪郭は丸みを帯びて、手を添えて強調すると酷く大きく見えた。
「間違いなく、『太りました』。何度も何度も毎回毎回、尋ねていらっしゃったでしょう?」
「っ、は????」
「太った? 太った? 太った? 太った? と、いつもいつも、わたくしの肥大化をあなたは願っていた」
「はぁ????」
「ですからね、わたくし努力いたしました。あなたの望み通りの太ましくたくましく、ぽっちゃりとした愛嬌のある女になるため、必死に努力いたしました」
「…………」
ヴィンフリートはぽかんと口を開けて、言葉も出ない。
酷く間抜けな顔をしている。
しかしレベッカは続ける。
「結果、ここまで大きな増量に成功したんです。素晴らしいでしょう? これが愛の力だと思いませんか、ヴィンフリート様」
「…………」
「あなたの、望みを一生懸命に叶えたんです、皆様拍手を!」
レベッカが高らかに宣言すると、友人の三人がすぐにパチパチパチと手を打つ。
つられてなんとなく会場も拍手につつまれた。
一応納得しての拍手らしい。なんせここにいる貴族たちは知っているのだ。
レベッカがいつも「太った?」となぜか聞かれていたことを。
そのたびに誰が諫めても、体型に言及し続けるその様子を見ていたのだ。
ああそれは、レベッカに太ってほしかったからだったのか、なんとなくそんなふうに納得したみたいな拍手だった。
「さぁ、ダンスを、どうかあなたが望んだわたくしの重みを支えてくださいませ!」
そうしてレベッカはそっとヴィンフリートに手を伸ばす。
「っ、触るな! デブ!!」
しかし、ヴィンフリートはバシンとレベッカの手をはたき落として、後ずさった。
彼は、荒く息を吐いて、続けざまに言った。
「このデブッ! おま、お前なに、ふざけるなよ!!! なんだそのっ、そのだらしない体は!! 見苦しいんだよぉ!!」
「……」
「キモい! 汚い! わ、私は汚い豚がこの世で一番嫌いなんだ!! 私より重い女など獣と同義だ!! 節制を知らないのか! 見苦しい! 視界に入るな!!」
ヴィンフリートはヒステリーを起こしたみたいに叫び出す。
その言葉に周囲はざわめく。
レベッカはとても覚めた顔をして、頭を抱えて「デブッ!」「ブス!」と叫ぶ彼をただ静かに見つめていた。
ちなみに言っておくと、彼は、事務官の血筋で、体が小さくまた運動などもしないのでひょろっとしている。
そんな状態の彼よりも体重が重い女は皆獣なんてのは暴論だ。
主に女性から見れば、とてもいやな主張だろう。
すでに、貴族にあるまじき失態でありながらヴィンフリートはまだ、続ける。
「私が太ってほしいと思っているわけないだろ!! そんなこともわからないんだ!! 頭悪すぎるだろ!!」
「……」
「頭おかしいだろ!! 逆だろ! 気にしろよ、気にして痩せればいいだろ!! 気にしてもっと痩せてくれればいいだけなのに!!」
「……」
「なんでそんな簡単なことも出来ないんだよぉ!! デブ!!」
そうして、レベッカが『ではどうして太った?と毎回聞いていたのか』と問い掛けて発言を引き出す前に彼は、ぶちまけた。
周りに居る貴族達の目が明らかに変わってくる。
ヴィンフリートのあの行動は、気に病んで気にしてもっと痩せさせるための嫌がらせだった。
それは、あまりに悪辣な行為で、人として最低である。
それを誰もが理解したのだ。
「ふざけんな!! っ……いや、痩せろよ! すぐ!!」
感情を吐き出しきって彼は、思い立って、ぱっとレベッカの方を見た。
やっとまた痩せればいいと気が付いたらしいが、それにあきれたように笑って返した。
「え? そんなことはできません。それより今は、あなたが私をそんな風に追い詰めようとしていたことが衝撃で、ストレスでお菓子が食べたくなりました」
「……っ、……嘘だろ?」
「なにがでしょうか。お腹が空いたのでたくさん食べたいです。それに、別に痩せなくてもあなたが責任を取るのですからいいのです」
「え?」
「だから、婚約者ですもの。一生、あなたの妙な策略で勘違いで太ってしまったわたくしのことは、あなたが支えるのですよ。よろしくお願いします」
そうして、レベッカは図太く微笑んだ。
ヴィンフリートは、レベッカの図太さに顔を青くして、周りに視線をやる。
しかし周りの人間はレベッカの言葉に納得して、ヴィンフリートに攻めるような視線を送っている。
その視線から逃れるように、彼は駆け出した。
きっと両親に婚約破棄の打診でもしに行くのだろう。
しかしまったくもって婚約破棄の正当な理由がない。
だってレベッカはただ、少しふくよかになっただけなのだから。
婚約破棄お祝いのお茶会はその後しばらく後に行われた。
ヴィンフリートには、婚約破棄をするための相手の有責の証拠もなければ、レベッカもそれに同意していないということで、一度は両親に諫められた。
しかし、太った女性と結婚したくないという理由だけで、レベッカの悪口を言い回り社交の場で行きすぎた言動をした。
その慰謝料としてヴィンフリートは多額の和解金を支払って婚約破棄となった。
お金で今までの苦労が解消されるかと言われるとそうではない。
しかし、和解金を受領するということは相手が悪かったと言うことを証明するものであり、だからこそ次に進める。
それもこれも友人三人の協力があったからだ。
だからこそ一杯もてなしたいと提案したが、なぜかエリアスと他二人の強い提案で、エリアスの実家であるメルダース侯爵家でお茶会をすることになってしまった。
彼らの謎の団結に作為的なものを感じつつも、楽しくお茶会をしてしばらくすると「じゃあ後はお二人で」「楽しんでくださいませ」そういってテレーゼとベティーナは早々に帰っていった。
「……」
「……」
残されたのはエリアスとレベッカだけ。
レベッカは、考えながらほお杖をついてエリアスを見つめる。
その頬はもうパンパンではなく、腹や肩周りのサイズも以前同様に戻っている。
それは、また自分を高めるために過酷なダイエットをしたから……というわけではない。
単純にそもそもレベッカは太ってなんか居なかったのだ。
綿を詰め込んで肉感を演出し、頬の内側にも詰め物をして豊満なボディーを演出していただけである。
いくらヴィンフリートを見返すためでも、そのために自分の体型を崩すのは自分にも苦しみを伴う。
自分をおとしめて嫌な思いをさせた人間に復讐するために、そんな労力をかけてやる暇なんかどこにもない。
せいぜい、小細工で騙して自滅させる程度がちょうどいい塩梅なのだ。
と、言うわけで、いつも通りのレベッカに戻っていたが、実は全盛期よりも少しだけ太った。
「……」
なにやら緊張した様子で、話し出さないエリアスを待つ間、小皿に乗せられたクッキーを手に取る。
気軽に口に運んで、食べてもまったく罪悪感を感じない。甘くてバターの香りがふわりと後味に広がる。それがなんとも心地いい。
嬉しくてもう一枚と手に取った。
以前は、強い意志と強迫観念に駆られて、手を伸ばすことがなかった菓子類も、適量を考えて気にせず食べることができる。
そんな日々が嬉しくて、痩せ過ぎだった頃より健康的な体つきになり、以前の全盛期よりほんの少しだけふっくらした。
「……昔、君はそうだったよな。割と、なんでもおいしそうに食べる方で」
サクサクと、クッキーを食べていると、エリアスは静かな声で言った。
「そうですね。食べることが好きでしたから」
「それが……なんだかいつからか、食が細くなって、食べているところを見ることが減って」
「ヴィンフリートからの言葉がありましたから」
「うん。……でも、俺は男で君は女性で、体格差もあって、なんだか成長していくたびに君がどんどん縮んでいるみたいに感じてさ、俺」
言われて、思い浮かべてみる。
たしかに彼からしたら、小さくなっているように見えたかもしれない。
子供の頃から一緒に居るので、もとは似たような体格だったのに、体格差が開いていくのだから縮んでるみたいに思えなくもない。
「このまま、倒れて消えてしまいそうだなって、ずっと思ってたし。俺は無責任に女性に、色白が美しいとか、細さが大事だとか、そういうものを押しつけるのが嫌いだ」
「まぁ、好いているとは思っていませんでしたが、嫌いですか」
「ああ、だから、君の婚約者に憤る気持ちはそこから来る嫌悪感だと思ってた」
「はい」
「……でも、こうして婚約者から解放されたレベッカを見ていて違うと思い知った」
エリアスは、なんだか苦しそうな表情をしていて、眉を八の字にして笑った。
「本当は、君が、好きで腹に据えかねてただけらしい。現に今、君がクッキーを食べてるだけで、なんか熱い気持ちになる」
「……」
サクサクと咀嚼してゴクリと飲み込む。
エリアスの発言は少々謎だった。
クッキーを食べているだけで胸が熱くなると言われても、レベッカにはどうしようもない。
「つまりその、俺と付き合ってほしい。君が楽しげに食事をしているだけで俺はめっぽう幸せみたいだから。婚約を申し込みたい」
「…………」
「どうだ?」
探るように問い掛けられて、レベッカは少し考えてから素直に言った。
「食べているところで女性を好きになるとは、また変わった趣向ですね」
「へ、変態と罵ってくれてもかまわない」
「変態なんでしょうか……まぁ、いいですわ」
そして、適当に良いと言った。
「! ほ、本当か」
「ええ、外見ばかり重視する人よりはよほど」
「も、元婚約者と比べないでくれ、あんなのは論外だ。世界に二人と居ない屑の極みだ」
「あなたって案外面白い人ですよね」
『世界に二人と居ない屑の極み』などという謎のワードセンスに、レベッカはエリアスのことをそう言い表して少し笑う。
今まではただの友人、それも異性で長年の付き合いとは言え距離があった。
しかし彼から詰めてきた、そして断る理由もない、そうすると友人では見えてこなかった部分も見えてくる。
「面白いことは言ってないが?」
「ふふっ」
真面目にそう返す彼に、レベッカはクスクス笑った。
まだ甘酸っぱくもないような二人の始まりだが、これが恋に変わるまでにそう時間はかからないのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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