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馬田未来男  作者: eno
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第7話:猫語の旋律

 派遣切りを告げられた翌朝、ひかりは「最後」と決めたように、押し入れの奥から古びた機材を引っ張り出してきた。

「……最後なんだから、記念にね。ヒゲ、キラ、付き合ってくれる?」

 視力も、家も、仕事も失いかけている。けれど、この子たちと過ごした証だけは残しておきたい。

 彼女が選んだのは、かつて歌手を夢見て挫折した自分への、あてつけのような「猫語」の歌だった。

 

「……にゃ、にゃあ。にゃにゃ」

 最初は照れ臭そうに、ぎこちなく。

 だが、キラが不自由な足で一生懸命に刻むピアノの音と、俺――マダオが目の前で「もっとやれ」と言わんばかりに尻尾を振る姿を見て、彼女の心の中にあった「完璧に歌わなきゃ」という重圧が、スッと消えていった。

「にゃあ! にゃにゃ、にゃあ!」

 意味のある歌詞なんていらない。ただ、今のこの瞬間、愛しい猫たちと音を重ねる。それだけで、あんなに苦しかった音楽が、これ以上なく楽しいものに変わっていった。光の顔に、久しく見ることのなかった心からの笑顔が戻る。

 歌い終わった光は、晴れやかな顔で「投稿」のボタンをタップした。

【概要欄】

私には才能がありませんでした。でも、この子たちが最後に音楽の楽しさを教えてくれました。

パート代だけでは家賃が払えず、部屋を離れなければならないため、これが最後の投稿になります。

私たちの小さな奇跡を見つけてくれて、ありがとうございました。

 それは、彼女なりの清々しい「お別れ」の儀式だった。

 ――1日目の夜。再生数は3,000。

「……あはは、昨日よりは多いね。誰かが見てくれてるんだ」

 光は少しだけ嬉しそうにスマホを置いた。もちろん、収益化の条件にはまだ遠く、通帳の残高は1円も増えていない。

 ――3日目の朝。再生数は3万を超えた。

 おすすめに乗り始めたのか、通知の音が止まらなくなる。

「三万!? 嘘、どうしよう……ヒゲ、これ、どういうこと……?」

 戸惑いながらも、光の頬は紅潮していた。自分の歌が、初めて「数字」として世界に届き始めている。

(……フッ、いい初動だ。だが、これじゃまだ足りねえ。家賃も、キラの治療費も、お前の手術代も。広告審査が通るまでの間に、この熱が冷めちまったら一巻の終わりだ)

 俺は、喜びで瞳を輝かせる光の足元で、冷徹に次の「戦略」を練る。

 ふと、トレンド画面を流れる『お喋りする天才猫』の文字が目に止まった。1000万再生。広告収益だけで、家が建つほどの数字。

(……喋る猫、か。このカード、今はまだ練習段階だが……喉の構造は猫でも、魂で鳴らせば言葉に聞こえるはずだ。こいつを『爆弾』として仕上げる必要があるな)

 俺は鏡の前に立ち、己の泥棒ヒゲを震わせながら、密かに喉を鳴らし始めた。

第8話:予告

じわじわと伸びる再生数。だが10万の大台が見え始めた時、ネットの暗雲が光を襲う。

「……なにこれ。『障害を利用してる』? 『同情商法』?」

突然の誹謗中傷に、光の笑顔が凍りつく。

一方で広告審査は一向に通らず、家賃の支払い期限が迫る。

「ヒゲ、もう……全部消しちゃおうかな」

絶望する光の傍らで、マダオは夜な夜な特訓を続ける。

「オハヨウ」から「カネカセゲ」まで。

そんな中、光の視界にさらなる異変が訪れる。

「ヒゲ……世界が、昨日より白く濁ってる気がするの」

タイムリミット寸前。泥棒ヒゲのプロデューサーが、喉を震わせて放つ「第一声」とは!?



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