第6話:共犯者の概要欄
翌朝。光はアラームの音に、死体のように這い起きてきた。
視力が落ちている彼女にとって、朝の薄暗い部屋は深い霧の中と同じだ。手探りでちゃぶ台のスマホを探す彼女の指先に、俺は鼻先でスマホを押し込んだ。
「……あれ? 鳴ってないのに、画面がついてる」
光が目を細め、至近距離で画面を覗き込む。
そこには、昨夜俺たちが心血を注いだ動画の「投稿完了」の文字が踊っていた。
「……えっ!? なにこれ、YouTube? 投稿されてる……?」
光の顔が驚愕に染まる。当然だ。寝ている間に、自分のスマホから勝手に動画が世界へ放流されているのだから。
「うそ、寝ぼけて私、操作しちゃったの……? ヒゲ、あんた何したのよ」
怪しむ視線を送る光に、俺は「知らねえよ」とばかりに欠伸をして、鏡の前で泥棒ヒゲを整えるフリをした。
光は慌てて動画を削除しようとしたが、ふと再生ボタンに指が触れた。
画面の中で、不格好な泥棒ヒゲを揺らして絶叫する俺と、ぎこちない足取りで鍵盤を叩くキラ。
「……あはは!」
光は思わず吹き出した。
「何これ、ヒゲの顔、近すぎ。キラも一生懸命……。ふふ、なんだか懐かしいな。アイツ(未来男)が、私が落ち込んでる時にやってくれた変なダンスみたい」
光は画面を見つめたまま、削除ボタンから指を離した。
「……いいか。記念に、このままにしておこう。誰も見てないだろうし」
彼女はおぼつかない手つきで、概要欄に文字を打ち込み始めた。誰に宛てるでもない、彼女の独白のような「祈り」を。
【概要欄】
私には、この子たちの未来を治してあげる力がありません。でも、この子たちは、私の見えなくなる世界を、音と笑いで照らしてくれます。泥棒ヒゲのプロデューサーと、足の不自由なピアニスト。私たちの、静かな抵抗の記録です。
彼女は「よし」と小さく呟くと、仕事へ向かった。
――そして、夕方。
疲れ果てた光が帰宅し、何気なくスマホを手に取った。
「……あれ? 通知が、なんか多い」
彼女が目を細めて画面を見る。再生数は「2,100」。朝の「12」から見れば、信じられない飛躍だ。
「えっ……二千? 二千人も見てくれたの? ……嘘、コメントも来てる」
『何このヒゲ猫、笑えるw』
『ピアノ弾いてる子の足、一生懸命で泣ける』
光の瞳に、久しぶりに小さな光が宿った。
だが、その直後。光は届いていた一通のメールを開き、顔を伏せた。派遣会社からの事務的な通知。
「……やっぱり。次の更新、しないって」
派遣先からの「業務遂行能力の懸念」という名目の、事実上の雇い止め。
「あと一ヶ月……。その間に、次の仕事なんて見つかるかな。この目で……」
光の手からスマホが滑り落ちる。
二千再生という小さな希望が、一ヶ月後の「無収入」という巨大な現実に飲み込まれていく。
(……チッ、予想はしていたが、やはり来たか)
俺は落ちたスマホを覗き込み、画面に映る「泥棒ヒゲ」の自分を睨みつけた。
二千じゃ足りない。一ヶ月以内に、この「2,100」の後に「0」をあと三つ、四つと積み上げなきゃならねえんだ。
【次回予告:第7話】
派遣の更新なし。迫りくるタイムリミット。
絶望する光の傍らで、ヒゲは次なる「閃き」を形にする。
海外の動物愛護コミュニティが反応し、再生数はついに万の大台へ。
「キラ、次はただのピアノじゃない。光、お前の『声』が必要だ」
バズりを「爆発」に変えるための、感情を揺さぶる第2の矢。
そして、ついに訪れる――奇跡の10万再生の夜!




