第5話:裸のプロデューサー
深夜二時。ボロアパートの六畳間に、スマートフォンの青白い光が落ちる。
光は疲れ果てて泥のように眠っている。チャンスはこの時間しかない。
俺はちゃぶ台の上に、光が以前使っていたボロい自撮り棒を、ガムテープ(の残骸)と文庫本の束で固定した。即席の三脚だ。そこに、口で咥えて運んできたスマホをセットする。
「ミャ(よし……。パスワードは0310……ロック解除)」
肉球のタッチ感度は最悪だ。だが、作家時代に培った執念でカメラアプリを起動させる。
「ミャ、ミャミャ(おい、キラ。スタンバイだ。中央へ行け)」
眠そうに目をこするキラを、俺は部屋の隅にある「遺物」の前へと促した。
それは、光がかつて趣味で弾いていた、鍵盤がいくつか欠けた古いミニキーボードだ。
「ミャ?(……ちょっとヒゲ。まさかとは思うけど、これって……その……脱がなきゃダメなの?)」
キラが不安そうに身を縮める。俺は思わず前足で顔を覆った。
「ミャア、ミャー(姉貴……。何度も言わせるな。俺たちは猫だぞ。毛深いだけで、生まれた時からいつも裸だよ)」
「ミャ?(……あ、そういえばそうね。納得したわ)」
相変わらずの天然ぶりに呆れながらも、俺は「戦略」を口にする。
「ミャア(いいか、キラ。ただ可愛いだけじゃ誰も見ない。お前の不自由な足……そのハンデが、この鍵盤の上で『物語』に変わるんだ。不協和音でいい、お前の生きてる音を叩け)」
録画ボタンをポチッと叩く。
キラが恐る恐る、引きずるような足で鍵盤の上に乗り上げた。
――ポーン。
静寂を裂く、間の抜けた音。
続いて、キラがバランスを崩してよろけるたびに、重なり合う不協和音。
俺はその横に並び、鏡で絶望したはずの自分の「泥棒ヒゲ」を、わざとレンズの至近距離まで突き出した。
「ミャアアアーーー!!(打つべし! 打つべし!)」
不自由な足で鍵盤を叩く美猫キラと、その横で必死に「叫び」のコーラスを入れる泥棒ヒゲ。
シュールで、滑稽で、だけどどこか胸を締め付けるような映像。
俺の「閃き」が形になっていく。
一千万という絶望的な数字を盗み出すための、俺たちのデビュー作。
夜明け前のアップロード。
黄金の河へ向かって、俺たちは小さな笹舟を放った。
【次回予告:第6話】
再生数は、わずか「12」。
「……戦略が間違っていたのか?」
焦るヒゲの前に、さらなる試練が立ちはだかる。
光の職場でのリストラ宣告。
ヒゲが見つけた「バズ」の真理とは!?




