第4話:ヒゲとキラ、そして一千万の壁
翌日、光は自身の定期検診から帰ってきた。だが、その足取りは昨日よりもさらに危うい。
玄関の段差に激しく躓き、壁を伝ってようやく辿り着いたちゃぶ台に一枚の紙を置き、彼女はそのまま布団に倒れ込んだ。
俺はちゃぶ台に飛び乗り、その診断書を凝視した。
『網膜色素変性症:病状の進行を確認。視野狭窄、夜盲の増悪……』
(……おい、嘘だろ。姉貴だけじゃなく、アイツの目まで……)
光が寝静まった深夜。俺はかつての俺の相棒だった古いノートPCを肉球で立ち上げ、必死にリサーチを開始した。
「網膜色素変性症 最新治療」「人工網膜」「手術費用」
検索結果が弾き出した数字は、姉貴の足の比ではなかった。一千万、あるいはそれ以上。
(一千万……。書籍化の印税どころの話じゃねえ。普通に働いてちゃ、アイツの目が消える方が先だ)
翌朝。光が腫らした目で起きてきた。彼女は、俺たち二匹を交互に抱きしめた。
「……ごめんね、暗い顔して。いつまでも名前がないのもかわいそうね」
彼女は、俺の鼻の下の模様をなぞった。
「あんたは……**『ヒゲ』ね。泥棒ヒゲ。でも、なんだか強そうで安心するわ」
次に、姉猫の澄んだ瞳を見つめる。
「この子は……お目目がとっても綺麗。……今日からあんたは『キラ』**よ」
ヒゲ。そして、キラ。光がくれたその名に、俺の魂が震えた。
光が仕事へ出た直後、俺はキラに向かって鳴いた。
「ミャア(キラ、聞いたか。俺たちがやるべきことは決まった。二人の手術代、稼ぎ出すぞ)」
「ミャ?(……何よ、その顔。ヌードは嫌よ?)」
「ミャア(姉貴……俺たちは毛深いだけで、いつも裸だよ)」
「ミャ?(……あ、そういえばそうね)」
俺は光が放置していたボロスマホを手繰り寄せた。パスワードは「0310」。俺の誕生日だ。
(見てろよ。俺は『マダマダオ』じゃねえ。今日から、この女の未来を盗み出す本物の『泥棒』になってやる)
深夜のボロアパート。
一匹のブサ猫が、スマホの録画ボタンを肉球で「ポチッ」と押した。
【次回予告】
深夜二時。眠りこける光の横で、ヒゲの執念の「戦略」が遂に動き出す!
即席三脚にスマホをセットし、目指すは一千万を稼ぐための動画撮影。
しかし、キーボードの前に立ったキラがとんでもない勘違いを……!?
「まさか……脱がなきゃダメなの?」
「俺たちは生まれた時から全裸だろ!」
不自由な足で奏でる不協和音と、画面を占拠する泥棒ヒゲのドアップ。
滑稽で、だけど胸を打つ俺たちの「閃き」が、今、放たれる!
次回、第5話『裸のプロデューサー』。




