第3話:燃えかすにすらなれねえ
懐かしのボロアパート。だが、以前よりずっと冷たく、湿った空気が漂っていた。
光が仕事に出かけた後、俺は「戦略会議」のために洗面台へ向かった。世界を癒やす美猫作家の誕生を夢見て鏡を覗き込んだ俺を待っていたのは、鼻の下にマジックで書いたような立派な**「泥棒ヒゲ」**模様だった。
「……ミャ(嘘だろ……)」
元作家、馬田未来男。人生二度目の絶望。だが、絶望している暇はなかった。
夕方、帰宅した光は、歩き方のおかしい姉猫を心配そうに見つめると、意を決して動物病院へ連れて行った。俺もこっそり鞄に潜り込み、そこで「宣告」を聞いた。
「……生まれつき、関節が変形しているね。手術をすれば治る可能性は高いけれど、費用は三十万は下らないかな」
三十万。今の光には、あまりに遠い数字だ。帰り道、彼女は暗い夜道で何度も躓きそうになりながら、姉猫を抱きしめて泣いていた。
帰宅した部屋には、弁当屋のおばちゃんからの差し入れと『うちはずっと働いてくれていいんだよ』というメモ。それは、光が職場で「お荷物」扱いされている現実を物語っていた。
絶望の連鎖の中で、光は震える手でタバコに火をつけた。紫煙が立ち込める。だが、その煙は彼女の「諦め」の象徴に見えて、俺の戦略脳が激しく拒絶した。
(ふざけるな。俺の女が、こんなところで野垂れ死ぬのを黙って見てろっていうのか!?)
俺は、彼女の口元にあるタバコを凝視した。イメージは矢吹ジョー。
(内角をえぐりこむように……打つべし!!)
シュッ!!
鋭い左フックがタバコを叩き落とした。「あ……っ!」と驚く光を無視して、俺は姉猫に誓った。俺の演出力で、お前の足を治してやる。猫チューバーになって、この黄金の河を渡るんだ、と。
【次回予告:第4話】
光が持ち帰った一枚の診断書。
そこに記されていたのは、姉猫キラの足よりも遥かに残酷な、光自身の「失明」へのカウントダウンだった。
一千万。
最新治療に必要なその巨額を前に、元作家・馬田未来男の戦略脳が火を吹く。
「……いいかキラ、お前はこの家の一等星になれ。俺は、お前の影として泥を被ってやる」
光から授かった名前――「ヒゲ」と「キラ」。
パスワード「0310(ミキオ)」で解き放たれたスマホを武器に、泥棒ヒゲPの無謀な挑戦が始まる!
第4話:ヒゲとキラ、そして一千万の壁
「……何よ、ヌードは嫌よ?」
「姉貴、俺たちは毛深いだけで、いつも裸だ」




