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復讐というもの

作者: 佐藤コウキ

ちょっと真面目な小説です。

本当の復讐とは何か。そういったことを言いたくて書きました。


 僕は殴られた。

「何をするんですか」

 地面に倒れた状態で不良を見上げた。

 大柄で筋肉質の同級生。そいつはニヤニヤ笑って僕を見下している。

 助けを求めようと辺りを見回すが、校庭の裏では誰も通らない。

「てめえの面が気にくわねえんだよ」

 土を蹴って僕に砂埃を掛けた。目に砂が入って涙が流れる。

「何でこんなことを……」

 上体を起こして抗議しようとしたが、せせら笑う不良。

「理由なんかねえよ。ムシャクシャするからストレス発散ってやつだ」

 顔を蹴られて、また地面に倒れる。

「じゃあ、またな、サンドバッグ。先生に言ったら、ただじゃ済まねえぜ」

 そう言って彼は去って行く。

 顔をこすると手の甲が赤く染まっている。鼻血が出ていた。

 チクショウ。僕が弱いと思ってやりたい放題か……。


 高校に入ってから僕はずっと、いじめの対象になってきた。

 僕が小柄で優しそうな顔をしているから反撃がないと思っているのだろう。実際、怖くてやり返したことはない。

 しかし、弱者でもプライドというものは存在する。それは、弱さ故に通常よりも高いものなのだ。

 僕は復讐を決意した。


 金曜日の放課後、やつを尾行した。

 やつは茶髪の女とゲームセンターに行き、その後はカラオケ店に入っていく。

 ずっと僕は店の前で張り込んだ。

 夜になって、彼と女が出てきた。二人は店の前で別れ、やつは自宅を目指して歩いて行く。

 気づかれないように後をついていき、地下道に入るのを見てバッグから変装用の目出し帽と棍棒を取り出す。

 僕は階段を降りて、地下道を歩いている彼を見つけると足音を立てないように近づいていった。周りに音が漏れているのではないかと思うほど動悸が激しくなる。

 やつは気がついていない。思い切り後頭部を殴った。

「ぐぁ!」

 テレビドラマなどとは違う、聞いたことがない声を上げた。

 うつ伏せになって頭を押さえ、震えている不良。

 やつのポケットを探って財布を抜き取った。それは怨恨ではなく物取りの仕業だという偽装工作のつもり。

 前後を見て誰もいないことを確認すると、走って地下道から抜けた。

 焦る気持ちを必死に押さえて、ゆっくりと歩く。そして、現場から離れた場所のゴミ集積所に置いてあるゴミ袋を開いて目出し帽と凶器を入れた。


  *


 翌週の月曜日、登校すると不良は頭に包帯を巻いていた。

 もしかしたら死んだかなと思い、不安を感じていたが大丈夫だったようだ。ニュースにもなっていない。やつは頻繁にケンカをしているので、いつものことだと思っているのか。


 せいせいした。確かに心が晴れた。しかし、なぜか釈然としない。


 放課後、やつから呼び出された。

 こっそり帰ろうとすると校門で待ち伏せされ、襟首を捕まれたまま裏庭に連れて行かれた。


 やばいなあ。僕が襲ったことがバレたかな。

「ちょっとマネーがねえんだよ。貸してくれないかなあ。無利子で無担保、催促なしの期限なしでよお」

 胸ぐらをつかんで僕を睨む。

 ああ、良かった。バレていない。僕は弱いと思われているから、人を襲うなどということはできないと思っているのだろう。

「なあ、財布を盗られたんで、お前の財布を貸してくれや……なあ」

 襟首をつかんだまま僕を持ち上げる。

 苦しい……。こいつ、レスリング部で腕力だけはあるんだよな。

「ちょっと、頭の包帯に血がにじんでますよ」

「えっ」

 やつの手が緩み、僕はドサッと地面にケツを落とす。彼は包帯に手をやって確認してみるが何も付いていない。

「この野郎!」

 そのすきに僕は走って逃げた。


  *


 やはり、いじめられるのか……。

「とどめを刺しておくべきだったかな……」

 だが、いくらなんでも殺人はヤバい。僕の場合、良心は痛まないだろうが、警察に捕まったら人生の終わりだ。リスクが高すぎる。

 それに、復讐してみても、どういうわけか心にわだかまりがあって胸の中の雲が晴れない。本人に直接攻撃しても足りなかったのか。間接的にジワジワと追い詰めるべきだったかな。


 僕は、やつの家を張り込むことにした。まずは、マーケットリサーチだ。敵と戦うには情報収集が必要。


 やつの家は学校に近い。それは築数十年のボロボロの平屋だった。木製の塀はあるが、ところどころ板が抜け落ちていて、中の様子が簡単に分かる。

 その家の隣は空き地で、草が伸び放題。そこに隠れて中をうかがっていた。


 やつが庭に出てきた。

「よーし、ポンタ。お前は可愛いなあ」

 そう言って彼は飼い犬の頭をグリグリとなで回す。その豆柴はキャンキャンと喜んで不良に抱きついた。

「よーし、よーし」

 体をなでると、犬は後足で立ち上がり前足をブンブンと振って愛嬌たっぷりのしぐさで応える。

「アハハ」

 屈託のない笑顔。


 学校では見たことがない笑顔。あのような笑い顔をすることができたのか。

 犬には優しい。でも、僕には冷たい。どうして、そんな風になるのかな。人間には二面性があるようだ。


 翌日、僕は用意をして彼の家に向かった。

 中を覗くと、誰もいないようだ。敷地の中に入り、庭に行く。茶色の小型犬が激しく吠えてきた。

「よーし、よーし」

 不良の言い方を真似て、ゆっくりと近づく。犬は頭を低くして威嚇している。

 僕はバッグの中からビニール袋を取り出し、中のハンバーグを餌皿の上に投げ入れた。

 犬は後退してから、皿に近づきハンバーグの匂いを嗅ぐ。そして、チラッと僕を見てから勢いよく食べ始めた。

「よーし、よーし」

 犬の警戒心を解いたと判断し、僕は近づいて飲み水の容器の中にミルクコーヒーを入れた。それを豆柴はペロペロと飲む。

「あまり、餌をやっていないのかな」

 食べるのに必死な犬の様子を見て、やつの家の経済状況を思う。

 家から出て、近くの公園で時間を過ごした。


 1時間くらい待っていると、辺りは薄暗くなっていた。

 僕は空き地に行って彼の家を覗く。

「おい、ポンタ! どうしたんだよ……しっかりしろよ」

 不良が豆柴の隣で泣きそうになっていた。

 犬は、けいれんして口から泡を吹いている。

「どうした。死ぬなよ、死ぬんじゃないぞ」

 頭をなでるが、意識は失っているよう。

 タマネギ入りのハンバーグとミルクコーヒーは犬に効いたようだ。ネットで調べたとおり、タマネギとカフェインは犬にとっては毒だったのだ。

 やがて犬は呼吸を止めた。

 いじめっこは言葉をなくしてポロポロと涙を流している。

 そんな感受性があるんだったら、弱い者いじめするなよな。


「何をやってんだい!」

 家から太ったオバサンが出てきた。大柄で目つきが鋭い。ボサボサの髪に汚れたエプロン。やつの母親か。

「死んじまったもんは仕方がないだろ。さっさと捨ててきな!」

 その表情は険しくて、愛犬を亡くした息子を気遣う様子は微塵もない。彼が不良になったのは母親のせいだろうか。

「ああ、これで餌代が浮いて良かった」

 母は家の中に入って水槽の熱帯魚に餌をやり始めた。

 やつは犬の側で母の方を睨むが、やがて息を吐いて家の中に入り、黒いゴミ袋を持ってきた。


  *


 翌日、やつは登校してこなかった。

 やはり、愛犬との別離がキツかったのか。

 さすがに僕の良心も痛む。犬には罪がないんだもんなあ。しかし、プライドを踏みにじった彼に対する憎しみの方が大きい。人間はプライドを最も重視する生き物なのだ。

 それに心の雲が晴れない。どうすればスッキリするのだろうか。


 次の日、やつは学校に来た。

 放課後、帰ろうとすると彼から呼び止められた。

「ちょっと待てよ、財布」

 彼の頭の包帯は取れていたが、傷口を縫った後が生々しい。

「今は財政難でよお。マネーを引き出させてくれよ。なあ、ATM」

 こいつは、まだ僕をいじめるのか。大切なものを失ったのに、他人に優しくすることができないのだなあ。

「僕は急いでいるんで」

 足早に逃げ出す。

「おい、こら! ちょっと待てや」

 追いかけてきて襟首を捕まれるかと思ったが、その気配がない。振り返ると、やつは学校の方に戻っていく。やはり、気力はなくなっているようだ。

 もう一押しかな……。


  *


 学校を出て、やつの家に行った。

 空き地から家を伺うと、やつの母親が出かけるところだった。

 誰もいなくなったことを確認して庭に入る。犬小屋の側に首輪だけが残っていた。

 庭に面する戸に手を掛けてみるとスッと開いた。いつも鍵を掛けていないのか、不用心だなあ。

 靴を脱いで家に侵入し、居間の壁際に置いてある水槽に近寄った。

 色とりどりの10匹ほどの熱帯魚がのんびりと泳いでいる。

 僕は、鞄から塩素系漂白剤を取り出し、キャップ1杯分を入れた。しばらくすると、魚は狂ったように暴れ出す。見ていられなくて外に出た。


 しばらく公園でボンヤリしていた。

 気が重い。僕は何をやっているのだろう。

 重い足取りで空き地に向かった。やつの家を覗くと言い争いの声が聞こえてきた。

「あんたが、あたしの熱帯魚を殺したんじゃないの!」

 母親のキンキン声。

「知らねえよ! 俺は何もしていないぜ」

 やつは必死に否定している。

「昼までは元気だったのに、そんなに簡単に死ぬわけないよ!」

「だから、知らねえって」

 不良の声が震えている。やはり、母親が怖いのだ。


 思った通り、あの熱帯魚は母親の心の支えだった。

 おんぼろの家で、貧しい生活の中で熱帯魚だけが安らぎだったのだ。


 僕は、帰宅してから自室にこもる。

 やつは僕と同じ母子家庭だった。

 あの母親は魚が死んだことを息子のせいにしているが、本当は違うのだということを分かっているんだろう。ただ、自分の不満を弱い者に八つ当たりしているだけ。そして、彼は自分の不満をさらに弱い僕に八つ当たりしている。

 なんか、やるせないなあ……。

 僕の頭の中では、犬がワンワンと吠えて、熱帯魚がキラキラと舞っている。罪の意識を感じて仕方がない。犬や魚は僕に何もしていないのだ。それなのに、犬たちを殺してしまった。

 でも、僕も何もしていないのに不良からいじめられる。この世界は強い者が弱い者を虐げるのが当たり前になっているのだ。


  *


 翌日、彼は遅刻してきた。

 やつの顔にアザがある。あの母に殴られたのか。まったく、ファンキーな母ちゃんだぜ。

 試しに彼の近くに行ってみたが、僕の顔を見ようともしない。やつの気分は底辺まで落ち込んでいるようだ。

 やっと、いじめから逃れることができた。しかし、僕の気分は晴れない。心の暗雲がいつまでも消えない。復讐したのに気分が晴れやかにならないのはなぜ?


 放課後、教室の掃除をしていると、クラスメートの夕子さんから声を掛けられた。

「どう、調子は……」

 グラマーで美人な女の子。ずっと前から気になっていたのだが、いじめがあったので声を掛ける気分になれなかった。

「ああ、気分? 良いよ、特に問題はないよ」

 声がうわずっているのが自分で分かる。

「あのさあ、私、見たい映画があるんだけど……」

 彼女の頬が紅潮している。そういうことか……。

 心臓が熱くなり血流がぐるぐると渦を巻く。どうしようか、言ってみるか、言うべきだよな。でも、断られたら……。もしかしたら罰ゲームで来たのかも? でも、言うべきだろう。言わなきゃ後悔するような。

「あの、良かったら僕と一緒に映画を見に行こうか、土曜日にでも……」

 彼女の表情がぱっと明るくなり、大きく首を縦に振った。


 僕の世界が色づき、はっきりとした現実感が現れる。

 心の暗雲がサーッと消えていった。


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