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落ちこぼれ退魔巫女が殿を務め囚われたら、妖魔軍総大将の龍帝に「誰にも触らせない」と独占されました。  作者: 真黒三太


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孤魅九(こみく)

 例えるならば、あれは、熱というものが己の中で生じ、全身の隅々にまで至るかのごとき体験。

 しかも、それは単なる熱ではない。

 どうしようもないほどに思考を白熱化させ、意識と魂というものが、どこか高いところにまで飛び立っていくのだ。


 そして、一度向こう側へ達したのならば、容易には降りてくることかなわず……。

 ようやくにも舞が自我を取り戻した時、広々とした室内には陽光が差し込みつつあった。

 魔月の夜が終わり、清廉なる朝が訪れたのである。

 もっとも、その清浄さを味わえる状態の舞ではない。


「ふふ、やっと目覚めたか」


「うっ……」


 すぐ横を見れば、そこには龍帝のあまりに整い過ぎた顔。

 いや、それだけではない。

 互いの体温が溶け合い、一体化しているようなのでなかなか気づかなかったが、舞の後頭部が置かれているのは、龍帝の二の腕であった。


 そして、何より大事な事実であるが……互いに、一糸もまとってはいない。

 龍帝が身にまとっていた首飾りや、腰布。

 そして、舞が身を隠すために使っていた敷き布。

 それらは、まとめて寝台の下へと放り捨てられていた。


 だが、何より舞の羞恥心を刺激したのは、自分たちの格好ではなかった。


「舞よ。

 かわいかったぞ」


「――――――っ!」


 龍帝のその言葉が、何よりも舞の顔面を赤熱化させたのだ。


「な、何を……!」


 下腹部の奥も奥……熱く、ねっとりとしたものを感じながらも、跳ね起きる。

 だが、退魔巫女の鍛えられた体であっても、下半身はなかなか言うことを聞かず、ぎくしゃくとした動きになった。


「はっはっは……!」


 そんな自分を見て、龍帝が笑う。

 それは、ただおかしいから笑っているのではなく、どことなく、達成感と征服欲が満たされたものであるのを感じられる。

 ただ、その双眸が温かなものであること……これだけは、確かであった。


「さて……」


 龍帝が立ち上がり、寝台を降りる。

 そうすると、どうしても下に下げているたくましいものがぶらりとして目に入り、舞は恥ずべきことながらも、それに視線が吸い寄せられた。

 こうして外にあることが確認できるというのに、まだ、自分の内側に飲み込まれているかのようなのだ。

 もっとも、龍帝は素早く脱ぎ捨てていた腰布と首飾りを身に着けたため、すぐにその恥ずべき感覚は収まったが。


「朝餉にしよう」


 言いながら、龍帝がぱん……と、両手を叩く。

 軽く叩いただけでありながら、その拍手音は矢のような鋭さで部屋の外に放たれており……。

 それを待っていたのだろう者たちが、するりと襖を開けて次々と入ってくる。


 彼女らを一見して評するならば、それは、女中ということになるだろう。

 だが、桐島のお屋敷などで働いていた女たちと大いに異なるのが、その装い。

 腰から上は、やや若さを感じる緑の着物。

 だが、腰から下の装いは、舞が見たこともない様式のものだ。

 ひらりとした丈の短い腰布をまとっており、太ももの中ほどまでくる長さの履き物を履いているのである。

 その上で、汚れ対策だろう純白の前掛けをしているのだが、これもひらひらとした飾り布のようなものが配されていた。

 総じて、働く格好として最低限の機能は備えつつも、何やら先進的な鑑賞物めいてもいる装束なのだ。


「この人たちは……」


 だが、真に驚くべきは、未知なる格好ではない。

 これをまといし少女たちである。

 何故ならば、彼女たちは……。


「全員、同じ顔……?」


 そうなのだ。

 歳の頃は、16かそこらといったところ。

 舞と異なり、主張すべきところは主張しつつもほっそりとした体を先述の装いで包んでおり、明るい茶の髪は、両側頭部で結わえられている。

 顔立ちは、ややつんとしていながらも愛らしさがあり、間違いなく美少女であると断じられた。


 そんな少女が、1、2、3、4、5……。

 合計五人も入ってきたのであるが、まるで、鏡に映したかのごとく、五人とも同じ顔、同じ体つき、同じ格好をしているのである。


「五つ子? ううん……」


 さして人生経験が豊富なわけでもない舞であるから、これまでの人生で出会った獣腹は、せいぜいが双子止まりだ。

 ただ、その双子も確かに顔立ちは瓜二つであったが、髪の長さや整え方、あるいは装束の着こなしには微妙な違いがあった。

 何より、似て非なる魂の違いから、確かに別人としての空気をまとっていたものである。


 だが、彼女らにそれはない。

 見た目だけでなく、息遣いや心臓の鼓動に至るまでが、まったく同一であるように感じられた。

 その同一性が、舞の背筋を泡立たせ、退魔巫女としての本能的な危機感を煽るのだ。


 唯一、彼女らがそれぞれで異なるのは、手にしているもの。

 先頭で入ってきた一人は、いかなる状況や要求にも対応できるよう無手。

 続いて入ってきた二人目は、土鍋や茶碗の載せられた膳を抱えている。

 そして、残る三人は、それぞれ様式の異なる着物を手にしているのであった。

 

「ふっはっは。

 こやつの奇異な格好に驚いたか?

 それとも、一様に同じ姿なのが不気味に思えるか?

 だが、こんなものはまだまだ序の口に過ぎぬ。

 舞よ。

 我が骨冥城の住人となったからには、この先、千の未知と万の驚きが待ち受けていると心得よ」


 腕組みしながら、得意げな顔で告げる龍帝だ。


 ――骨冥城。


 抜け目なく、その名を記憶に刻み込んでおく。

 これこそが、今、舞たちがいる場所の名前……。

 現世となんらかの秘術でつなぎ合わせ、魔界に存在する城へ連れてきた?

 だが、神話伝承によれば、魔界とは薄暗き暗黒の世界であるという。

 窓から差し込んでいる陽光は、まぎれもなく、地上の生命を育む太陽のものだ。


 素早く推理を巡らせる舞をよそに、瓜二つ……いや、瓜五つの姿をした娘たちが、ずらりと整列した。

 それから、異口同音という言葉を正しく体現すればこうなると言うかのように、全く同じ間、全く同じ口調、全く同じ声で名乗ったのである。


「「「「「孤魅九(こみく)と申します」」」」」


「「「「「以後、よろしくお願いします」」」」」


 孤魅九を名乗る娘たちが、やはり全く同じ間、全く同じ角度で頭を下げた。

 一人を除き何かしら手に持っているから軽く会釈しただけだが、そうでないなら、深々と腰を曲げての最敬礼をしそうな雰囲気だ。

 気になったのは、全員がただ一つの名を名乗ったこと。

 だとするならば、これは……。


「ふ……。

 こやつこそ、忍びの喜劇役者――孤魅九。

 分身術の妙手にして、魔界随一の女給よ。

 舞、これからはこやつ……というより、こやつらが貴様とオレの世話をする」


 忍びの喜劇役者――孤魅九。

 上級妖魔の中でも特に力ある者は、二つ名を持つと聞いたことがある。

 してみると、かわいらしい女給そのものな彼女も、強力な妖魔。

 事実、分身術の一言で表すには、あまりに高度なそれを披露しているのであった。


 だが、それよりも気になるのは――だ。


「わたしの、お世話?」


「おうよ。

 さしあたって、着替えさせてもらうがいい。

 孤魅九よ、抜かりはないな?」


「「「「「天凱様が好みそうなものを、取り揃えております」」」」」


 言いながら、分身した孤魅九のうち、着物を手にした者たちが前に出る。


「「「「「実際にどれがいいかは、着せてお確かめください」」」」」


「はっはっは!

 朝から()いやつの着せ替えを楽しむもまた、一興!」


「へ?

 ……へ?」


 困惑する舞をよそに、孤魅九の分身たちは寝台へと上がりこんできた。

 実際、真っ裸なので、着替えを提供してもらえるのはありがたい。

 ありがたい、が、これは……。


「あーれー」


 ……かくして、囚われの舞は思わぬ(はずかし)めを受ける羽目になったのである。

 お読み頂きありがとうございます。

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