築城
人間の子供とさして変わらぬ小柄な体は、腹ばかりが太鼓のように突き出ており……。
節くれだった手足は、無残に痩せ細っている。
赤銅色の肌を覆うのは、かろうじて巻かれている腰布のみ。
顔立ちは、猿のそれからあらゆる体毛を取り払えばこうなろうかというもので、実に醜く歪であった。
小鬼。
鬼として分類される妖魔の中では唯一角を持たぬ最弱種であり、また、妖魔全体で見た場合でも、間違いなく最も脆弱な種族がこやつらである。
ただし、いかなる種にも長所と短所があろうというもの。
こやつらは、個々の実力が野犬にも劣る代物である代わりに、驚くほど繁殖力が高い。
つまりは、最弱であると同時に、最多の種族であるということ。
ゆえに、妖魔軍において彼ら小鬼へ任じられしは、最下級の歩兵としての役割。
これから先の戦においては、最前線へ立つことを求められるし、平時においては様々な便利屋として働くことを期待されている。
将棋とは神々が人間に与えし遊戯であるが、かつて神の一柱であった天凱からすれば、歩のない将棋とはすなわち負け将棋。
で、あるから、自軍の歩にあたる小鬼たちが伝令としての役割を果たすべく、妖魔の間を縫うようにして走り回っている様を、頼もしく見守っていたのだ。
そして、見事に伝令役を果たした小鬼に引き連れられ、参上したのが一人の妖魔……。
やはり、上級妖魔の例に漏れず人間型の美男子であった。
白髪は真っ直ぐに伸ばされており、同じ色の眉は小さく、それでいて上品に整えられている。
角を持つ天凱や翼を持つ裂羽と異なり、髪と肌の色素が抜け落ちたかのようであることを除けば、人外としての特徴はない。
だが、あまりにも整ったその顔立ちは、ある種、尋常ならざる存在であることの証明か。
着ているものも、惜しみなく布が使われた上等な法衣であり、細縁の眼鏡を着用することにより、高貴な美しさと深い知性とが高い領域で融合を果たしていた。
これなる妖魔の名は……。
「骸羅、推参しました」
漆黒の草原にうやうやしく膝をついた白髪の妖魔が、天凱に頭を垂れる。
そんな忠臣に対し、天凱の言葉は簡潔なものだ。
「おう、骸羅よ。
オレは、ここをその場にすると定めたぞ」
その言葉に……。
――おお!
――おおおおおおおおおお!
様子を見守る妖魔たちが、どよめきを上げた。
妖魔軍大幹部が一人、骸羅。
この者を呼んで吐いた言葉であったから、すぐに、意図するところが伝わったのだ。
「早速ですな」
膝をついたまま、くいと眼鏡を直す骸羅である。
眼鏡の下にある瞳は冷徹そのものであったが、見る者が見れば、若干の喜色が差し込んだことへ気づけた。
鍛えた能力を自在に発揮する喜びは、人も魔も変わらぬものなのだ。
「即断し、即決し、即実行する。
優れたひらめきというものは、百日の思考に勝るものだ」
「ならば、この骸羅。
一世一代の術を披露いたしましょう」
立ち上がった骸羅が、妖魔軍の布陣していない方角に目を向ける。
魔月の夜特有の赤き満月に照らされ見えるのは、鬼ケ原を構成する漆黒の草原のみ。
だが、骸羅は確かに見ているはずであった。
これから、ここへ造り出される代物の威容を、である。
「――唵」
ついに骸羅が一言唱え、同時に人差し指、中指、薬指を複雑に結び合わせた。
そうすることで、全身から発されるおびただしい妖気が形を得て、具現化されるのである。
果たして、この妖術師が具現化させしは――骨だ。
それも、ただの骨ではない。
樹齢数百年の大木が達しようかという太さと高さの骨を、いくつもいくつも生み出し、無人の草原に突き立てていくのだ。
そうすることによりあたりが取られ、他の者にも彼が生み出そうとしているものの全貌が見えてきた。
すなわち、城。
最初、次々と生み出した巨大な骨は、最も重要な支柱としての役割を果たすのだ。
無論、柱だけあれば建物が生まれるというわけではなく、城を城たらしめるには、床や壁などを巡らせることが必須となる。
骸羅の術でそれを構成するのは、当然、骨。
突き立てられた支柱の各所から、次々と細かな骨が生み出され、それらは組み木細工のように組み合わさっていく。
主たるは、人骨を模した骨。
だが、中には鳥類や獣、あるいは魚類や爬虫類の骨も含まれており、およそあらゆる生物の骨が生み出されているのだと推測できた。
それらの組み合わせ方は、隙間一つない精緻さであり、術者である骸羅の計算高さと、何より骨という存在に対する圧倒的な知見を感じさせる。
いや、感じさせるのは、妖術師としての強大な力量もか。
何しろ、天にもそびえるほどの巨大建築物を、たった一人で生み出しているのだ。
戦闘者としては当然ながら天凱が絶対的な存在であるが、術師としての総合的な力量では、この骸羅へ軍配が上がるに違いない。
そうこうしている間に、たった一人での築城作業が、いよいよ山場を迎える。
城という建造物において、なくてはならぬ象徴――天守閣。
それが、ついに形作られていくのだ。
――おおおおおおおおおお!
――おおおおおおおおおお!
観客と化した妖魔の軍勢が、歓声を上げたのは無理からぬことであった。
あっという間に生み出された天守閣の外郭。
それはまさに、この鬼ケ原から遥か地上の彼方まで見渡す天魔の頭部を思わせる意匠だったのである。
「すでに、外観部と内部の大まかな内装は完成してございます」
骸羅が、術を維持した状態のまま振り返った。
恐るべきは、まさしく万人力の術法を行使しているというのに、呼吸の乱れ一つも存在しないことだろう。
この程度は、茶でも淹れるがごときものであると、所作の一つ一つが物語っているのだ。
これこそ、妖魔軍大幹部が一人、定骨の反逆者――骸羅なのである。
「ふふん……惚れ惚れとする出来栄えだ。
骸羅、貴様芸術家としても食っていけそうだな」
「これは嬉しきお言葉を。
御身が天下を掌中に収めし後、隠居後の身の振り方として候補に入れておきましょう」
天凱の賞賛する言葉に、うやうやしいお辞儀で応じる骸羅であった。
「して、天凱様!
城というものには、名が必要不可欠。
ここは一つ、現世侵攻の拠点としてふさわしい名をお与えくだされ!」
「ふうむ。
そうさなあ……」
ややはしゃいだ様子の裂羽に命名をせがまれ、考え込む。
顎をさすりながら考えた果てに思いついたのは、この名であった。
「……骨冥城」
「皆の者、我らの本拠地に名が与えられた!
骨冥城だ!」
裂羽の言葉に、妖魔たちが興奮のざわめきを発する。
「ふふん……」
それを受けて満足した天凱は、いまだ漆黒の草原へ倒れたままの舞へ視線を向けるのであった。
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