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落ちこぼれ退魔巫女が殿を務め囚われたら、妖魔軍総大将の龍帝に「誰にも触らせない」と独占されました。  作者: 真黒三太


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再会

「ふ、ふふ……。

 はーっはっはっは!」


 両の腕を、大きく横に開き……。

 顔は天空――真紅に染まった満月を見上げる。

 そして、顎が外れるのではないかというほどに大口を広げた天凱は、笑う、という言葉の真髄を体現するかのごとく大笑していた。


 なんという愉悦!

 なんという喜び!


 なんという僥倖(ぎょうこう)

 なんという――宿命!


 まさに、絆という言葉がふさわしい。

 まさか、現世へと進出したその瞬間に、こうして邂逅することになろうとは!


 ……いや、絆よりも、もっとふさわしい言葉が存在したか。

 そしてそれは、神世の昔に一度、失われているのだ。


「……もう、二度と手放すものかよ。

 もう、誰にも負けるものかよ」


 妖魔の中には聴力へ優れた者も多いため、そやつらに拾われることがないよう注意しながら口の中でつぶやく。

 ならば、そもそも言の葉に乗せなければよかろうものなのだが、滾るこの想いは、なんらかの形で発散しなければ収まらなかったのだ。


「さて……」


 ようやく激情が収まってきたのを感じながら、見下ろす。

 そこに、倒れている者……。

 それは、一人の年若き退魔巫女であった。


 見た目の年齢は、かつてよりもやや若いか。

 いっそ、幼いと言ってもいい。

 少女から大人の女へと脱皮し始めている年代だ。

 ただ、変わらぬのはその愛らしさ。

 肉の器が変わろうとも、魂魄そのものの輝きは、決して色褪せることがない。


 天凱にとって、この宇宙そのものよりも重く愛しい存在は、今、敗者の姿となって鬼ケ原に横たわっていた。

 身にまとっている巫女装束は雷撃によって焼き裂け、もはや、ボロ切れの寄せ集めという表現がふさわしい有様であり……。

 若く健康的で、いかにもやわらかな肌が隙間から露出しているのを見て、幾千年かぶりに昂ったものを感じる。


 かつてと同様の(あで)姿。

 もっとも、あの時は清廉な霊気を発していたのが天凱で、邪悪な妖力を放っていたのはこやつの方であったが……。


「――御見事!

 御ン見事にございます!」


 繰り返されたこの光景に満足しているところへ、一人の妖魔が舞い降りた。

 上級妖魔の例に漏れず、一見すれば若き美男子といった姿であるが、尋常な人間と大きく異なるのは、背中から漆黒の翼を生やしていることだろう。


 その翼の、なんとたくましく、艷やかなことか。

 黒という色に備わった高貴さ、美しさ、優雅さのみを抽出し、染め上げているかのようである。

 身にまとっているのは、あちこちが破けた法衣であり、足元は脚絆、手元は手甲によって固められていた。

 これは、人界における一般的な修験者の格好であり、この妖魔もそういった人種と同様、しゃなりと音の鳴る錫杖を手にしている。


 荒々しく整えられた髪の色は、翼と同じ鴉の濡れ羽色。

 人界において、この者の種族はこう呼ばれていた。

 ……天狗、と。


「大げさだ、裂羽(れっぱ)よ。

 龍帝たるオレが、人間の巫女を倒す。

 こんなものは、水が高きから低きへ流れるかのごとく、当然の事象に過ぎん」


 いつも大袈裟に自分を褒めそやす天狗の若長へ、ぞんざいに手を振りながら応える。

 きっとこやつは、目の前で箸を使ってみせただけで大いに感動し、称えてくるに違いない。


「いやいや、天凱様のお手並みは、まさに鮮やかの一言でございましたと――も」


 よく回る舌から放たれるおべんちゃらが、急に止まった。

 天凱の頬を流れる一筋の血……。

 目の前に倒れる巫女が付けた傷跡に、気づいたのだ。


「……それは、こやつが?」


 愚問と分かっているだろうに、裂羽がそう問いかけてきた。

 錫杖を握る右手には、鋼も握り潰せるだろう力が込められており、しかも、石突は舞の喉元へ向けられている。

 返答次第では、それで舞の喉元を潰しかねぬ。

 裂羽がああも盛大に天凱を褒め称えるのは、厚き忠誠心の表れであるのだ。


「そうだ、見事だろう?」


 だが、ようやくにも巡り合えた愛しき女を殺されてはかなわぬので、問いかけながらもがしりと錫杖を掴む。


「天凱様、お放しください。

 御身の貴き肌に傷を付けし者……この裂羽、見逃すわけには参りませぬ」


「まあ、落ち着けよ」


 忠義がゆき過ぎて、肝心の主君が下す命に従わない天狗へ苦笑いを浮かべながら、続ける。


「オレは、最初からただの一撃で勝負を決すると心に決めており、事実、勝敗は一撃で決した。

 もっとも、その渦中で、こやつの底力がオレの頬を掠めることとなったし、こうして仕留め切れずにはいるがな」


「ならば、止めは是非ともわたくしにお任せくだされ」


 なおも、錫杖を握る手に力を込める裂羽だ。

 天凱だからこそ、こうして涼しい顔で抑え込めているが、そこいらの妖魔では錫杖ごと振り回されるほどの剛力である。


「ならぬ。

 言っただろう? オレは一撃で勝負を決すると、心に決めたのだ。

 その一撃はすでに放たれており、二撃目はない。

 そして、自分自身への誓いを破る者というのは、何事を成すこともできぬ。

 ゆえに、こやつは生かしておく」


「人間……それも、退魔巫女など生かしておいて、何になるというのです?」


「それは、まあ、色々よ。

 こちらは、堂々たる決闘に勝利した身だ。

 敗者をいかようにするのも自由であるし、それに対し、他の者が口を挟む余地はあるまい?」


「む……それは、確かに」


 ここで裂羽が納得したのは、勝者が全てを得るという力の論理を説いたからであった。

 魔界……妖魔の世界においては、力こそが全て。

 それに従い、敗者を戦利品として扱うというのは、忠義者の天狗にも納得できるところなのだ。


「……承知致しました。

 また、出過ぎた真似をしたこと、どうかお許しください」


「全て、貴様の忠誠心からしていることと理解している。

 この退魔巫女に対し憤るところがあるのならば、それは、今後の戦いに活かすがいい」


「御意」


 錫杖から手を離してやると、天狗の若長があらたまった姿勢となる。

 そうして見せたのは、妖魔軍大幹部が一人としての顔つきだ。


「して、これからいかがいたしましょうか?

 わたくしが空から見ましたところ、なるほど、退魔巫女たちはなかなか鮮やかな手際で撤退しておりまする。

 なれど、こちらがその気になれば、十分に追撃可能かと」


「そうさなあ……」


 顎をさすりながら思案する天凱であった。

 自分の個人的な悲願は図らずも達成できたが、だからこそ、ここからはより妖魔軍総大将としてふさわしい振る舞いに努めねばなるまい。

 そこを踏まえた上で、出した答えは、だ。


「……追撃はせぬ。

 我が血の昂りは、先の決闘で十分に収まった。

 また、すでに最初の一撃で崩してから、相手方が立ち直るに十分な時間を与えている。

 これまで、我ら妖魔が退魔巫女によって抑え込まれ、魔界から進出できずにいたことを忘れてはならぬ。

 体勢が整っているところへ迂闊に踏み込むのは、危険だ」


「ははっ!

 では、追撃はなしでよろしいですな?」


「うむ。

 とはいえ、血気にはやる者、退魔巫女への恨みに満ちた者の溜飲を下げる必要もあろう。

 そこで、だ」


 ここで天凱は、にやりと笑ってみせた。

 その笑みは、いたずらを仕掛ける悪童を思わせたのである。


骸羅(がいら)をここへ」


「あやつを呼ぶということは……?」


「おうさ」


 ますます笑みを深めながら、答えた。

 どのみち、何処かでこれはやろうと思っていたこと。

 現世と繋がる場所であり、運命の再会を果たしたここは、まさしくその場にふさわしい。


「――築城だ」


 お読み頂きありがとうございます。

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