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落ちこぼれ退魔巫女が殿を務め囚われたら、妖魔軍総大将の龍帝に「誰にも触らせない」と独占されました。  作者: 真黒三太


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3/13

一騎打ち

 今、姉たる輝夜が中心となり、必死にまとめ上げているだろう退魔巫女の軍勢は、ほぼ死に体。

 これに対し、即座の追撃を仕掛け、少しでも被害を増しておかないのは、まさしく慢心の賜物であり、指揮官としては愚か極まりない行為であると言う他にない。

 だが、黒き下草が生い茂る鬼ケ原へと降り立った総大将に対し、不満を抱いている妖魔などただの一体も存在せず……。


 ――おおおおおおおおおお!


 ――おおおおおおおおおお!


 むしろ、素晴らしき余興が始まったとばかりに拳や前足を突き出し、大声を張り上げていたのである。

 なんという統率力。

 あるいは、人気や人望という言葉に言い換えることもできようか。

 これだけ様々な形態と能力を備える妖魔たちが、龍帝の一挙一投足に酔いしれ、熱狂しているのだ。


 これは、人の世においてなら、英雄英傑が成せる偉業。

 龍帝天凱……まさに、妖魔の総大将を担うにふさわしい器であった。


 そのような超大物妖魔が、護衛の一人もつけることなく、舞の正面へと立っている。

 そして、右腕を高々と掲げると、背後の妖魔たちに宣言したのだ。


「――みなのもの!

 分かっていようが、一切の手出し無用!

 これは、この龍帝天凱と、退魔巫女桐島舞との正々堂々たる一騎打ちである!」


 ――天凱! 天凱! 天凱!


 ――舞! 舞! 舞!


 あまりに意外であったのは、自分たちの大将たる天凱の名だけでなく、これから戦おうという舞の名まで連呼されたこと。

 まるで、都の劇場において、役者の名を叫ぶ観客たちのようであった。


「なんなの……?」


 その様に、やや毒気を抜かれた気分となる舞である。

 いや、それだけではない。

 次元の狭間から時折人界へと紛れ込み、悪逆非道を尽くす異形の種族たちから、人間のそれと大差ない感情の働きというものを感じてしまったのだ。

 そんな舞に対し、なおも龍帝が口を開く。


「はっはっは!

 よかったな、若き巫女よ!

 貴様、オレが……」


 だが、その言葉は途切れ、奇妙な間が生まれた。

 どうしてそんなものが生じたのか、一瞬、不思議に思う舞だったが、すぐにその疑問は氷解することとなる。

 かつての神であろうと、今は妖魔たちの総大将。

 その脳裏で紡ぐ言葉というのは、正義の退魔巫女をどこまでも愚弄する邪悪な代物なのだ。


「……オレが、ボロ切れのように焼いた他の巫女たちと違い、こやつらの記憶へ名を残せそうだぞ!」


 舞の心中へ生じつつあった妖魔への共感めいた感情が、たちまちの内に霧散していく。

 それだけではない。


(今……こいつ、なんて言った?)


 一瞬前までは、使命感と勇気によって立っていた舞であったが、そこに混ざってきたのが――怒り。

 確かに、自分のことを疎んでいる先輩たちではあった。

 あるいは、良い先輩ではなかったとみることもできるだろう。

 それでも、殺した張本人から、このように(あざけ)り笑われてよい人たちではなかったのだ。


「――っ!」


 奥歯が砕けるのではないかというほどに、歯を食いしばる。

 同時に、渾身の霊力を符へ籠めた。

 キイ……ン! と、耳鳴りが響く。

 符へ籠められた霊力が鋭く研ぎ澄まされ、周囲の空気そのものを震わせたのだ。


 この霊符で繰り出せるのは、純粋な霊力を叩きつける最も基本的な攻撃術。

 元より未熟者の舞であるから、駆け引きも何もない。

 自分に繰り出せる最大最強の一撃を、最速で叩き込むだけなのであった。


「ふうん……」


 そんな自分を見て、龍帝が目を細める。

 その唇は、またも、自分たちを愚弄するために動くのか?

 だが、そうではなかった。


「火事場の底力であろうが、よくぞそこまで霊気を練り上げた!

 誇るがいい!

 その一撃ならば、この龍帝天凱の守りを貫くこと、あたおう!」


 嘲る気配は一切なしに告げると、右手を伸ばして見せたのだ。

 瞬間、バチイッ! という音と共に、龍帝の眼前に漂う空気が爆ぜる。

 同時に、龍の化身が右手に握り込みしは、バチバチと弾ける青き雷。

 それは、舞が手にした霊符へ対抗するかのように、威力を高めているようだった。


「さあ、桐島舞よ! かかってくるがいい!

 見事、この身へ傷を与えた名誉を勝ち取るか、それとも、我が現世制覇を彩る花と散るか、試してやろうぞ!」


 龍帝が口にした言葉は、結局のところ、自身の勝利を微塵も疑っていないものだ。

 だが、いっそ挑発するかのように先輩巫女たちを愚弄した先と違い、舞に不快感を与えたりはしない。

 何故ならば、生涯最大の霊気を出し切ってなお、龍帝と自分とに絶対的な差があることは、疑いようもなき事実であるから。

 龍帝はそれを踏まえた上で、舞の力がどこまで届くか試そうとしているのであり、これはむしろ、最大限の敬意を払っているとすら思えた。


 使命感、勇気、怒り……。

 あらゆる余分や不純が、舞の中から取り払われる。

 それは、周囲の景色にしても同じ。


(静かだ……)


 妖魔たちの軍勢も、魔月の夜特有の赤い満月も、鬼ケ原を構成する黒い下草も、視界から消え去った。

 そうして辿り着いたのは、真っ白な世界。

 妖魔と退魔巫女が、一対一で向き合う……錯覚によってのみ迷い込む世界だ。

 だが、向き合う者同士で陥っているのならば、それは錯覚を超え――真実。


 もう、言葉はいらない。

 「こい」という唇の動きに導かれ、踏み込む。

 通常ならば、抜き手のように純粋な霊気を叩き込むのが、この基本攻撃術。

 ゆえに、握った符を放り出し、そこに向けて自身見事と断じられる飛び蹴りを放ったのは、本能的な行動だ。

 だが、これこそ自身の奥義に間違いないと、刹那の中で確信する。

 同時に、この一撃へふさわしく性質を整えた霊気が、緋色へと変色した。


 緋色の――舞踏脚!

 土壇場で編み出された奥義が見習い退魔巫女を一条の流れ星へと変え、迎え撃った龍帝の雷掌が、これと激突する。


 飛び蹴り姿勢のまま、空中で雷と押し合う舞だったが、ついに――押し勝つ。

 まるで、穴の開いた木桶へ水を注いだ時のように……。

 雷掌を打ち貫いた一筋の霊気が、龍帝の頬を掠めて切り裂いたのであった。


 一矢報いたという言葉が、これほどにふさわしい状況もあるまい。

 同じことを千度繰り返したとすれば、999度はあえなく敗れ、龍帝の雷により消し炭となっていたことだろう。

 極限まで高められた集中力は、千に一度の結果を掴み取ったのだ。


 もっとも、その結果というものは、かすり傷を与えたに過ぎないのだけど。


(ああ、口惜しいなあ)


 自然、頭に浮かんだのは、そのような言葉。

 もっと才覚に恵まれていれば……。

 もっと修行を積んでいれば……。

 この輝かしい一瞬は、さらに素晴らしいものとなっていたに違いないのだ。

 だが、そうはならなかった。

 今、目の前で起きていることが全て。


(姉様……)


 霊気の全てを放出し着地した舞は、龍帝の手のひらから放射された雷に飲み込まれ、意識を失ったのである。

 お読み頂きありがとうございます。

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