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落ちこぼれ退魔巫女が殿を務め囚われたら、妖魔軍総大将の龍帝に「誰にも触らせない」と独占されました。  作者: 真黒三太


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龍帝との日々

 それからの日々……。

 龍帝は全ての時間を、舞と共に過ごした。


 例えば、骸羅を名乗る白髪の妖魔と東辰への後続隊を編成する際は、先の長椅子へ舞と共に腰かけながら行っている。

 しかも、これはただ、指揮官として采配を行うだけではない。


「兎にも角にも、最重要種族がこやつら小鬼だ。

 舞よ。

 お前たち退魔巫女からすれば、小鬼などというのは鬼の名を冠しているだけで、野犬にすら勝てぬ無力な種族であると思えているだろう?

 確かに、個体として見れば本当に妖魔なのかと疑いたくなるのが、こやつらだ。

 だが、真価はその数にこそある。

 妖魔というのは、長命である代わり、おおよそ繁殖能力に欠けるものだ。

 だが、こやつらは違う。

 生きるのは、せいぜい10年か20年。

 その代わり、非常に多産であるし、強者の言うことはよく聞く。

 しかも、獣型や無機物型と俗に呼ばれる者たちと違い、言葉を解し実行に移すだけの知性があるのだ。

 これはまさしく、軍団を構成する兵士として最適な性質。

 オレが力で魔界へ繋がる門が安定してこの骨冥城にある以上、今後、小鬼という種族に対する人間側の味方は変わっていくことであろう」


「鬼といえば、鬼族の中でもとりわけ目立つのが大鬼と呼ばれる種族だ。

 体格は20尺にも達し、巨体相応の金剛力を備える。

 その実力は、こうして軍団を構成してみると、単純な戦闘力以上に輸送力で発揮される。

 何しろ、一人あたりが文字通り百人力の荷積み力を誇る上に、牛馬と違い地形を選ばずに運搬可能なのだ。

 軍勢同士の戦いにおいて、この能力は値千金。

 裂羽が率いる飛行隊は身軽さが身上であるがゆえに、必要な物資の調達は略奪に頼らざるを得ん。

 だが、こやつら大鬼が魔界からの物資を輸送してしまえば、東辰の民から徴収する品々は最低限に抑えられよう」


「裂羽から東辰に関する報告を受けて、真っ先に魔界へ参集の命を出したのが河童や人魚たちだ。

 人界においても有名な種族であるゆえ、共に特徴を語る必要はなかろう。

 まさに、水上における万能妖魔と言って差し支えない。

 かの都は、住んでいる人間もそれを活用しているようだが、海に面し、二つの大型河川を備える水運都市だからな。

 元々の統治者一族は確保させてあるゆえ、その都市開発計画を丸ごと引継ぎ、河童たちの能力と合わせてしまえば、オレたち妖魔を受け入れる余裕もできよう」


 このように、いちいち各種族に対する解説を行い、差配の意図についても解説するのだ。

 正直な話、舞からすれば目から鱗という他にない。

 龍帝の言葉は、いずれも妖魔たちを軍として束ね、かつ、今後の統治戦略を見据えた上で語っているもの。

 そうして露わになる各妖魔の特性は、単独の討伐対象としてのみ見てきた退魔巫女の視点では、決して映らないものであった。

 今、瑞光国が置かれている現状は……退魔巫女が臨んでいる戦いは、今までの散発的な調伏とは根本的に異なる。


 ――戦争。


 大史観的な視野と差配が必要とされる局面に、この列島は叩き込まれたのだ。


 そのことを自覚した舞であったが、かといって、囚われの身である己に何ができるというわけでもない。

 いっそ、自害でもすればよいか?

 だが、我ながら生き汚いとは思いつつも、それを実行するだけの思い切りはない舞であった。

 しかも、なんらかの妖術によって鬼ケ原に生み出されたこの骨冥城にあって、自由というものはほとんどない。

 虜囚という立場以上の問題点として、常に龍帝と孤魅九が傍らにいるからである。


 よって、唯一、今の舞が実行できることに全力を尽くした。

 すなわち……。


「つまり、妖魔という種族は個々が強力な能力を有していても、一番重要な物量という点で全く人間に及ばないのですね?

 ええ、小鬼という種族については、よく知っています。

 何しろ、次元に生じた歪みへ入り込んでくる妖魔で最も多いのは、この種族ですから。

 だから、その脆弱さと知恵のほどもよく知っています。

 知っていますか? わたしたち退魔巫女は妖魔を調伏するのがお役目ですが、小鬼の出現で通報されることはありません。

 何故なら、わざわざ巫女やお侍様を呼ばずとも、当たり前の農民が当たり前に退治できてしまうのが、小鬼という種族だからです。

 しかも、知恵のこともたいそう自慢げにしていましたが、しょせんは、猿に毛が生えた程度のものですよね?

 戦いというものは、連携がものを言います。

 特に、百人以上の規模でぶつかり合う場合は、各隊を束ねる指揮官の能力も重要ですが、兵士個々の知性も重要であることは、歴史書を紐解けば明らか。

 あなたは、自分の兵を自慢したがっているようですが、わたしには脆弱さを露呈させているようにしか思えません」


「大鬼といえば妖魔の代表格ですが、わたしたち退魔巫女にとっては、倒しやすさの面においても代表格です。

 何しろ、でかい。

 獣を狩る際と同様、妖魔調伏においても問題となるのが、捜索。

 知性が低い下級の妖魔であっても、知性が低いなりに工夫して隠れ、潜むものですから。

 だが、大鬼退治に関して、それは全く問題となりません。

 それだけの巨体で、どこに隠れるのかという話です。

 そして、一里先からでも姿を認められる巨体というのは、良い的以外の何物でもない。

 かの妖魔を打倒し得るのは、霊符による攻撃術だけではありません。

 この瑞光国には、弓兵隊で大鬼討伐に赴き、見事成功させた武芸者の伝説が語り継がれています」


「河童や人魚を優先して呼び寄せているというのは、わたしから見て朗報の二文字。

 陸においては露骨に動きが鈍くなるか、あるいは、活動すら不可能となるのがかの種族たちですから。

 言ってしまえば、健全な兵たちだけで構成されていた軍隊に、大勢の要看護者を放り込むようなものです。

 そのようなことをすれば、早晩、組織的な動きはおぼつかなくなる。

 介護というものを、したことがありますか?

 動けぬ者一人を万全に世話するというのは、並大抵の労力ではありませんよ?」


 ……憎まれ口であった。

 とにかく、否定的な言葉、あるいは減らず口を吐いて叩いて告げまくる。

 どれだけ自慢げにしてみせようと、その利を語ってみせようとも、この心に響くことは一切なし。

 そう、態度と言葉で示し続けたのだ。


 もっとも、それを憎まれ口……あるいは反抗であると考えているのは舞だけで、龍帝本人はいかほども気にしていないようであったが。


「ふうむ……お前の言うことは、なかなか面白いな。

 いや、実際にお前の視点からすれば、いずれも自明のことなのであろう。

 それを分からなくするのが、立場の違いというものでな。

 素直に認めるが、オレはお前が口にした難点を、認識していなかったのだ。

 盲人摸象(もうじんもぞう)か。

 お前のおかげで、見えていなかったものがはっきりと見えたぞ」


 決まってこのような言葉を返すのが、その証左。

 龍帝は、決して舞を否定しない。

 くれるのは、肯定だけだ。

 落ちこぼれの見習い退魔巫女だった時よりも、よほどそういった種の言葉を貰っている舞なのである。


 いや、貰っているのはそればかりではないか。

 ただ、誓って言うが、これは舞自身が望むものでは断じてない。


「さて……今宵も可愛がってくれようぞ」


 ……龍帝の寵愛などというものは。

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